モフモフ犬の私が恋を成就させるには。
間が空きましたが、短編『モフモフ犬になった俺の相棒に愛の手を。』のミーリア視点です。
前作を読まなくても、大丈夫です。
「危ない! ミーリアっ!」
最後の1人の敵の攻撃を避けようと、一歩後ろに下がると、そこは崖だった。
(油断した!)
体のバランスを崩し、落ちると思った瞬間、全てがスローモーションに見えた。
ロイドが攻撃を仕掛けた最後の敵にとどめを刺しながら、私に向かって手を伸ばす。
手首を掴まれたと思ったら、ぐいっと引き寄せられ、ロイドの胸に強く抱き締められる形になった。
2人とも激しく肩で息をする。抱き合ったまま、息が整うのを待つ。
「……危機一髪。流石の俺もダメかと思ったぞ」
「……ありがとう」
(うん。私も死ぬかと思った)
普段は王宮警護の私達だが、今日は王太子の護衛の任務で、他の護衛チームと共に視察に同行していた。
その帰り道、刺客に襲われたのである。
「ともかく、お前が無事で良かった。本当に……良かった。お前は俺の大事な相棒なんだから」
抱き締められたまま、背中を大事そうにぽんぽんと叩かれる。
ふとロイドの顔を見上げると、間近に優しく見つめるマロンのような茶色の瞳。
抱き締められて改めて実感する。
騎士にしては細い方かもしれないが、しなやかな筋肉のついた体。
明らかに女のソレとは異なる。
(昔は同じような体格で同じくらいの背丈だったのに、ロイドはいつからこんなに〝男〟になってしまったんだろう)
胸がキュっと締め付けられる。
―――きっと、これが私がロイドを男として意識した瞬間だった。
それからの私は変だった。
「暑いなぁ」
そういって、首元を緩める仕草。ちらっと見える喉仏。
そんなさりげない仕草に、意味もなくドキドキするようになってしまった。
「ん? ミーリア?」
無言で見つめる私を不審に思ったのか、ロイドが首を傾ける。
(私、ロイドにトキめいている!?)
私がロイドに初めて会ったのは、12歳の頃。
魔法省の長官を務めるほどの魔力の持ち主である父の娘である私は、例外なく魔力が強く、子供の頃から魔法騎士を目指していた。
魔法騎士になるべく、12歳で騎士養成学校に入学。そこでロイドと知り合った。といっても、最初は単なるクラスメイトの位置付けであったが。
特別仲良くなったのは、14歳で初めて攻撃系魔法を得意とするタイプと補助系魔法が得意とするタイプに分かれ、自分と異なるタイプと2人1組でペアを組んでの訓練を行う時のこと。
自分で相手を探して組むのだが、女である私は皆から避けられ、なかなかペアを見つけられないでいた。
そんな時、声を掛けてくれたのが、ロイドだった。
「ロイドは私で良かったのか?」
「お前の魔法、練習の時見たけど、無駄がなくて、俺は好きだと思ったんだ。俺とお前となら、きっといいコンビになれると思う。よろしくな」
ニカッと少年らしい笑みを浮かべ、手を差し伸べてくれた。
ロイドの言う通り、私達はいいコンビになった。息がピッタリで、学園でのコンビを組んでの勝ち抜き戦でも、常に上位に入れるほど。
そこからよく話すようになり、私達はすぐに友達になった。私達はよく気が合った。
今では信頼できる唯一無二の友と言っていい。
それなのに邪な気持ちを抱いてしまう。
(これが恋というやつかな。面倒な感情)
私は彼が女性にうんざりして、避けているのを知っている。
侯爵家の嫡男。華やかさはないものの、誠実そうな整った容姿。騎士という職業。
これだけ条件が揃えば、女性にモテるのは仕方がない。社交場に行けば、必ずご令嬢に囲まれている。
その中の一部のご令嬢が何やら強引な手口を使ったらしく、彼はすっかり女性不信になってしまった。
ちなみに、結婚に興味のない私は、社交場でも騎士服を着用することが多く、一部のご令嬢から人気が高い。女の私が女にモテても仕方ないけど。
(折角相方として、友として、信頼を得ているのに、こんな私の邪な気持ちを知って、絶対嫌われたくない)
私は自分の気持ちを誤魔化して、ロイドのそばにいることを選んだ。
あれから2年。私は18歳になった。
王宮の魔法省長官の父の部屋。仕事終わり、何やら父に呼び出された。
「ミーリア。お前、今日の王宮の舞踏会もサボるつもりだと報告を受けたぞ。お前は本当に結婚相手を探す気がないのだな」
父が呆れ気味に言う。
「別に結婚なんて必要ありません。一生働くつもりなんで、父上には迷惑かけませんよ」
「何てことを言うんだ! 死んだ母様が悲しむぞ。お前が見つける気がないのなら、こちらで決めるからな」
父からの最終通告。
「ちょうどホルマン侯爵から縁談の申し込みが来ている」
「え!? ホルマン侯爵って、あのハゲで変態の? 私と一体いくつ離れていると思っているんですか!?」
「たったの18だ。まだ36歳だそうだぞ。ホルマン侯爵は魔力も高いし、お前達の子供はきっと優れた魔術師になる」
「父上は本当に魔力のことしか考えていませんね!」
「お前だって、いつまでも独身という訳にはいかない。お前が結婚しなければ、弟のヨハンの縁談にも差し障る。今年中には結婚を決めてもらう」
「い、嫌です! 私には心に決めた人がいるんです!」
「誰だ、そいつは? 嘘を言っても、すぐバレるぞ。お前の交友関係は調査済みだ。お前と関わってる男なんて、サスキットソン侯爵の嫡男、ロイド君くらいだ。しかも、そのロイド君は女嫌いで有名だ。お前のことは男扱いで、友達としか見てないのは、一目瞭然。どうせお前の妄想だろう?」
「ち、違います! ろ、 ロイドとは別の他の騎士仲間です!」
必死に反論するが、父には胡散臭そうに見られた。
「そんなに言うなら、賭けをしよう」
「賭け?」
「そうだ。お前に真実の愛の魔法をかける。お伽話でよくあるだろう?もしお前が愛し、相手もお前のことを愛してくれている人がキスをしたら、お前は人間に戻れる。キスされなければ、永遠に犬のままだ」
そう言って、父は容赦なく私に魔法の呪文を唱えた。
「いつでも降参してくれて、いいんだぞ。その時は、お前はホルマン侯爵の婚約者だ」
(絶対嫌〜!!!)
それから王宮を彷徨っていると、雨が降ってきた。
項垂れて歩いていると、舞踏会の広間が見えた。
煌びやかな世界。女を捨てた私には無縁の……。
(ロイドは参加してるのかな。ロイドなら、助けてくれるだろうか……)
なんだか全てに疲れてきて、廊下から庭園へ続く階段下でうずくまる。
(ずぶ濡れだし、最悪。なんかもう、悲しくなってきた。ハゲ変態オヤジと結婚するしかないのかなぁ。ロイド……)
そんなことを考えていると、雨の匂いに混じって、ロイドの匂いがした気がした。
さすが犬の嗅覚!
顔を上げると、ロイドの姿が見えた。
「ワンワンっ! ワンワンっ!」
(ロイド、私に気が付いて!)
「お前、どこの子だ?」
ロイドがそっと背中を撫ぜてくれ、抱き上げられた。
(ロイド、私だ! ミーリアだよ〜)
私の訴えは、甘えたような鳴き声になる。
やはり気が付いてもらえない。
それどころか、そのままロイドの屋敷に連れて行かれ、一緒にお風呂に入ろうとする。
(ロイドの裸なんて、絶対無理! 勘弁して〜!)
私は慌てて暴れて何とか逃げようとしたけど、結局、ロイドの全てを見ることになってしまった。
(嫁入り前なのに〜)
すっかり私は固まってしまう。
「そんなに水が恐いのか? 俺が綺麗にして、気持ち良くしてやろう」
(け、結構です!)
私はブンブン首を横に振る。
「お前、まるで言葉が分かるみたいだな」
ブンブン首を縦に振ってみる。
(ロイド、私だよ〜! 気が付いてよ〜)
「まさかな。さ、さっさと洗って、湯船に温まろう。雨に濡れて、冷えただろう?」
ゴシゴシ洗われる。今の自分は犬とはいえ、男の人に、しかも好きな人に体を洗われるなんて、パニックである。
(もう恥ずかしくて、死ねる……)
抵抗する気力もなく、私は脱力してしまった。
私はロイドに抱きかかえられたまま、一緒に湯船に浸
る。
ロイドと直接触れ合う素肌の感触が生々しくて、私はただただ固まるばかりである。
ロイドはほっと一息ついているが、私はそれどころではない。頭の中は当初の元に戻るために協力してもらうという目的も忘れて、グルグル大パニックである。
(嫁入り前の私が、好きな男と一緒にお風呂……。変態ハゲオヤジと結婚させられる不憫な私への、神様からの最後のプレゼントですか!? ていうか、全然嬉しくないっ)
「……お前は一体、どこの子だ? 毛艶は良さそうだし、顔立ちも可愛いし、野良犬ではなさそうだ。明日、王宮で一緒に飼い主を探してやるからな」
ロイドに優しく撫でられると、ついついうっとりしてしまう。
思えば、ロイドとはいつも対等な男同士の友達のような関係。こんなに優しく撫でられたり、声を掛けられるのは初めてである。なんだか、胸がとてもくすぐったい。
(ロイドも恋人ができたら、こんな風に接するのかな)
少し胸がツキンとするのを感じつつ、いつもより甘い瞳のロイドを見つめる。
すると、何を思ったか、ロイドの端正な顔が私に近づいてくる。
(えっ!?キスされる!?)
次の瞬間、私は額に唇の柔らかな感触を感じ、胸がバクバクする。
――――ボンっ!
大きな音と共に、私の身体が煙に包まれる。犬から人間に戻ったようだ。
(え!? 戻った? 真実の愛のキスを貰った訳でもないのに!? 一体どういう条件で戻るの!? あのクソ親父めっ)
私がゆっくり顔を上げると、ロイドが口をパクパクさせている。
(そりゃ、驚くよね……って、わ、私、裸じゃないっ!)
「み、ミーリア!?」
「ろ、ロイド、これには事情があって……」
(とりあえず、今のこの痴女のような状況を説明しないと!)
焦って説明しようとしたが、全て言い終わる前に、浴室の扉が開く。
「ロイド様っ、大丈夫でございますかっ?」
大きな音に心配したメイドが、執事を呼んだようである。
執事が浴槽の中で、私とロイドを見て、思わず扉をそっと閉めた。
(絶対、誤解されている〜!)
「み、ミーリア。とりあえず、俺から離れようか。その……、胸が当たって、健康な男である俺は非常にヤバイ」
確かに私の胸からロイドの固い胸板の感触をはっきり感じる。そして、太ももあたりに何か異物が当たっているのも……。
(ギャ〜っ!! )
心の中で叫んで、ロイドから飛び退く。
私は慌てて自分の胸を隠すが、もう遅い。
コンプレックスの胸。普段は押さえつけて、なるべく目立たないようにしているが、この人より豊かな胸があるがために、どれだけ嫌な目に遭ってきたことか。
ロイドには言っていないが、上官にセクハラ紛いの発言されたり、ロイド以外の同僚が冗談で触れてこようとしてきたり、本当に女であるということが嫌になる。
ロイドは私のことをそういう対象で見ないで、いつも同性のように扱ってくれた。それにどれだけ救われたことか。
そんな彼でも、流石にこの状況はまずいか。
いっそのこと、このまま私がロイドを襲って、抱いてもらえば、元に戻れるだろうか。
恋する人に抱かれるのなら、結婚できなくても本望である。
(あ、でも、いくら私が一方的にロイドを想っていても、ロイドが私に愛を込めてキスをしてくれないと魔法は解けないか)
女体を武器にして襲ったりしたら、ロイドに一生嫌われ、いや恨まれそうである。それは辛い。
そんなことをいろいろ考えていると、ロイドにシャツを渡された。
「とりあえず、俺のシャツを着て?」
(やっぱりロイドは、私が裸で胸を押し付けても、例えそれでロイドの体が反応しても、私をそういう対象としては見てはくれないか)
ほっとすると同時に、落胆してしまう。
それから、私はメイドが用意してくれてロイドの妹のドレスに着替え、ロイドと共に応接室に移動した。
そして、ロイドに簡単に状況を説明する。
「それが、父上と結婚について喧嘩になって……。ほら、私もそろそろ結婚適齢期の終盤だから。で、無理矢理、爵位と魔力だけは高い、変態ハゲオヤジと政略結婚させられそうになって、思わず愛する人と結婚するんだと喚いたら、そんな相手いないくせに嘘をつくなと怒った父上が私に魔法をかけてしまったんだ」
ロイドが心配そうに見つめてくる。
肝心な部分を言わなければならない。私はゴクリと唾を飲む。
「その魔法とは、真実の愛のこもったキスを誰かにしてもらわないと、人間に戻れない……。父上に頭を下げて、気に入らない相手と結婚するなんて絶対嫌だし、頼れる相手は友であるロイドしかいないんだ!」
この魔法を解くには、私が愛するロイドからのキスしかダメなんだとは流石に勇気がなくて言えなかった。
ロイドが私を愛してくれたらなんて、欲張りな夢は見てはいけないと分かっている。
伝えられない想いを込めて、ロイドを見つめる。
「ん? では今、 なんで人間に戻れたんだ? 俺は犬に対して可愛いなと思って額にキスをしただけだぞ?」
「多分、もうすぐしたら犬に戻るかも……」
そういうや否や、私は元の犬に戻ってしまった。
ロイドのご家族にはすっかり誤解されるというハプニングもあったが、その後、ロイドの部屋に移動した。
ロイドは再び魔法を解こうとキスをしてくれたが、ダメだった。
どうも少しでも気持ちがないと魔法は発動されないようである。
ロイドは私の犬の体ををワシャワシャ撫で回し、ぎゅっと抱きしめた。
そして、じっと見つめられる。
犬に対してだと分かっているけど、撫で回されギュッされるだけで、わたしのドキドキは止まらない。
トドメに額に口付けされ、私の胸のトキメキは最高潮である。
(人間の時も、こんな風にされたい……)
はしたなくも、そう思ってしまった。
私は全裸であることに気が付き、はっとして、ロイドのベッドの布団の中に潜り込んだ。
私が途方に暮れていると、ロイドが1つの提案をしてきた。
「お前は嫌かもしれないけど、人間のお前にキスしてみてもいいか? 」
「えっ!?」
驚いてロイドを見ると、ロイドの真剣な眼差しとぶつかる。
「正直、お前は大事な相棒で友人だと思ってきたが、……それも一種の真実の愛だろ? それに俺はいわゆるご令嬢を好きになれないし、女性の中ではお前が一番好きだぞ」
(女性の中では一番。恋愛対象でなくても、嬉しいと思ってしまう私はどれだけ馬鹿なんだろう)
そのレベルの愛のキスでは完全に元に戻らないかもしれない。それでもいいと思った。
「試しても、いいか?」
ロイドが私に近寄り、頰にそっと触れた。
時間がとてもゆっくり流れるように感じた。
(えっと、キスされる場合は目を閉じるんだよね!?)
私は覚悟を決めて、目をギュと閉じる。
「た、頼みます……」
私は恥ずかしくて、消えそうな小声で言うのが精一杯だった。
ロイドの吐息を感じ、顔が近づいてくるのが分かる。
そして、押し付けられるように、私の唇にロイドの柔らかい唇を感じた。
(私、ロイドとキスしてる……。もうこの思い出と共に、一生犬でもいいや)
ロイドが懸命に想いを込めてくれたのか、唇からほのかな魔法の力を感じる。
(こんな私のために、ありがとう……)
そんなロイドの想いに感謝の気持ちで一杯になる。
ここで終わりと思ったら、緩んだ私の唇を割って、ロイドの舌が入ってきた。
驚いて目を開けると、情欲に満ちたロイドの視線とぶつかる。
普段見たことのない、その求められる瞳に、胸がキュンと締め付けられる。
「んんっ」
頭が痺れるやうな気持ち良さに、思わず甘い声が出てしまう。
どのくらい続いただろうか。恋愛初心者の私には一杯一杯で、すっかり頭がフワフワしてしまう。
ロイドの熱いキスに夢中になって、もっと欲しい……そう思った時、部屋の扉がいきなり開いた。
バンっ!!!
「お兄様!!!」
扉を見ると、ロイドの妹と両親が飛び込んできた。
「やっぱり連れ込んでたっ!」
「ロイドっ! 結婚前のお嬢さんになんてことを!」
「で、どちらの家のご令嬢かしら?」
こうして周りに流されるまま、私達の結婚話はどんどん進むことになる。
魔法が解けた後、私はロイドを連れて、父のいる魔法省の執務室を訪れた。
「騎士の同僚とか言っていたが、やっぱりお前の言う相手はロイド君だったか。お前がずっとロイド君を好きであることなんて、私にはお見通しだったぞ」
ロイドが驚いて私を見る。
「ミーリア、俺のこと……」
「い、いーから!」
顔が赤くなるのは許して欲しい。
「私の魔法は、いい刺激になっただろう。ほっておいたら、お前達はいつまでも進展なさそうだったからな。援護射撃だ。もちろん、ホルマン侯爵の縁談話は嘘だ」
「う、嘘〜〜!?」
空いた口が塞がらない。
「ごめんね、ロイド。こんなことになっちゃって」
申し訳なさそうに、上目遣いにロイドを見る。
ロイドは首を横に振りながら、そんな私を優しく見つめ返してくれた。
「俺はお前にキスをしてはっきり分かった。お前のことを愛している。今まで女性という存在自体が嫌いで、そういうことを考えないようにしていたけど……、お前となら一生、一緒にそばにいたい」
「!?」
「親に言われたからでない。俺と結婚してくれないか」
ロイドが照れ臭そうに、私の両手をそっと握った。
「はいっ」
嬉しくて瞳に涙が滲む。
私はロイドの胸にしがみついた。
そんな様子を父が、生暖かい目で見つめているのに気が付いたが、そんなことは私にはもうどうでも良かった。
ロイドが私の頰に触れ、そっと唇に口付ける。
中途半端ではない、お互いの愛のこもったキス。
きっと今度こそ魔法は完全に解けたことだろう。
読んでくださり、ありがとうございました!




