第三話 コウ
「いいでしょう、冬彦。今日はお父様とお母様と一緒に誕生日のお祝いなの」
「何度目のお祝いか忘れてしまったけど、お母様とお父様、おばあちゃんおじいちゃんになっても、やってくれるって」
「いいでしょう、冬彦、羨ましいでしょう」
「お母様とお父様はね、死ぬまで私のお祝いをしてくれるのよ」
「そう、ずっと死ぬまで」
「あなたとは違うのよ、冬彦」
ああ、嫌な女の声だ。オレの境遇を知っているからこそ、嫌がらせに粘着質にオレへ絡んでくる。
放っておいてほしい。どうせオレなど家族にも見捨てられるような存在なのだから。
忘れてほしい。こんな言葉など。どうせ思い返したところで何もならないのだから。
早く目を覚まさせてほしい。どうせこんな悪夢を見続けたところで意味はないのだから。
「ずいぶんな顔だね、冬彦」
「ああ、お前が直接来るということは、ろくな状況じゃないのだろう」
都内の病院に移されて個室の寝台で寝ていたオレは、見舞いにやってきた金髪の青年に苦々しく告げた。あの悪夢としか思えない事件のあと、オレは病院へと移された。警察からの事情聴取もあったが、オレの治療が最優先ということで外から隔絶された場所で、こうして入院という名の軟禁状態にあった。
「相変わらず酷い態度だね、冬彦」
「オレの名前を軽々しく呼ぶな、コウ」
そう返事するとコウは無表情にふんと鼻を鳴らした。
「せっかくマスコミやら邪魔なものから隔離させてあげたのに、その言いぐさはないんじゃないかな?」
「オレの望んだことじゃないが……だが感謝する。しかし、マスコミということは……」
「そうそう、警察からの事情聴取である程度は察したんじゃないのかな? 今の君はマスコミからしてみれば格好のターゲット。なにせ大量殺人事件の唯一の生き残りなんだからね」
「……」
オレは口をつぐみ、顔をそむけた。
「全員死んだのか、あのキャンプに来ていたサークルメンバーは」
「そうだよ。君以外はね」
あっさりと言いのけるコウにオレは顔をしかめた。
「何が起こったんだ」
「そんなの、僕が知るわけないでしょ?」
呆れたように返事をしたコウにオレはため息をついた。
「言っておくがオレも知らないぞ。だから何を聞かれても答えられない」
「安心しなよ。君には何も期待していない。秋久にいわれて保護した君の様子を見に来ただけだよ」
その言葉を怪訝に思い、オレは尋ね返す。
「今回の事件に対して何も思わないのか? あんな……明らかに異常なことが起こったのに」
「ああ、大体こちらはわかっているからね。君に説明しようと思わないだけで」
「まさか……お前たちが?」
「それは誤解だよ。そこまで僕たちは暇じゃない」
そこでコウは嫌な笑みをオレに向けた。
「可哀想だね、鬼なのに贄にされるなんてさ。どんな冗談なのだろうね」
「贄? どういうことだ?」
問いかけたがコウは答えない。そのまま「とにかく元気そうで安心したよ。しばらくこの部屋でゆっくりしてね。騒動が落ち着くまで」と返答して部屋を出て行った。
「おい!」
呼びかけて彼の出て行った扉まで駆け寄ったが、扉には鍵がかけられていて外には出られない。
「くそ……」
だがオレはすぐに寝台に戻る。結局、オレは山を出ても、山の住人からは逃れられないのだ。
オレはどうしたいのか。このまま閉じこもりたいのか。
――本当に大丈夫?
「ああ、くそ」
心配してくれた女性の名前すら、いまだに思い出せない。
◆
あれから数日たったが暇を持て余している。
スマホはあるが電波が通じないため役に立たない。
新聞やテレビといった外部の情報収集手段もない。
山の住人は徹底してオレに余計な情報を入れさせたくないようだ。
ほとんど寝て過ごしてばかりで、時間の経過感覚すら鈍くなる。看護師から与えられる食事に睡眠薬が入っているのか昼間は寝てしまい、朝と夜を無意味に繰り返していた。
そして今日も、いつもと変わりばえのしない夜を迎える。
――しかし、ガサリと物音がした。
はっと音のしたほうを見ると扉の下に何かが突っ込まれている。
週刊誌の1ページのようだ。オレは寝台から起き上がると、ゆっくりと週刊誌を抜き取った。
「そこに誰かいるのか?」
呼びかけたが何の反応もない。誰からの差し入れなのだろうか。
望んだものではないが、その行動には意図があるはずだ
オレは週刊誌のページを広げた。赤い丸で囲まれた記事がある。それを読めということらしい。
その記事には、一人の大学生が無惨な姿で殺されたと書いてある。首を切り落とされていたため、身元の確認には時間がかかったが、その結果とんでもない事実が判明したと面白おかしく書いてあった。
「なんだと?」
殺された大学生はオレと同じ大学だ。しかも同じサークルだった。幸運にもキャンプに不参加だった大学生は、不幸にも何らかの事件に巻き込まれて殺されてしまった。その記事は、大量にキャンプ場で虐殺された事件との関わりを報じていた。
――つまり唯一の生き残りであるオレが事件に関わりあるのではないかと。暗にオレが犯人、もしくはそれに近しい存在なのではないかと疑いを持って書かれていた。
サークルに強い恨みを持つ人間の仕業である可能性が高いとも。
ところがオレはこうして軟禁状態だ。オレの仕業ではない。
だが――
「くび……を……」
大学生は首を切り落とされていた。
オレの脳裏に魔法陣のような血塗られた場所にオレの首が飾られていたことが浮かびあがる。
「関係が……あるのか……?」
このまま放っておけばオレの大学のサークルに関係する人間が殺されるというのか。荒唐無稽な妄想だが、そう思わせてしまうには十分な記事だった。
この記事を差し込んだ何者かは、オレにそう推理させるために?
ふ、と一人の男の姿が思い浮かんだ。
緑慶助。オレのサークルに所属している助教だ。
まさか、彼も危険な状態だというのだろうか。
「……」
このまま部屋に閉じこもっていればオレ自身は安全だろう。だが、本当にそのままでいいのだろうか。
別にあんな男がどうなろうが関係ない。だが、このまま知ってしまった情報を無視するのは気持ちが悪い。
オレは寝台の横にある机に置かれたスマホを眺めた。
「……警告するだけだ。これも何かの縁だしな」
まずは電波の通じるところにいかなければ。
問題は鍵のかかった扉だ。
看護師が食事を運んだときだけ、あの鍵は開けられる。
そこで申し訳ないが、朝、食事の世話にきた看護師には眠ってもらうことにした。女性を殴ることには抵抗があったが仕方ない。このときしかチャンスはない。
女性を寝台の上に寝かせて布団を被らせた。これで誰が寝ているのか、外からはわからないはずだ。とはいえ、いつまでも看護師が戻ってこないのだ。あまり時間はない。
別にこの病院から逃げるつもりはない。ただ電波の通じるエリアまで移動するだけだ。
下手に走ったりすると怪しまれる。扉から廊下に出たオレは歩きながらもエレベーターの場所を探す。
さすがに受付の辺りなら電波は通じるだろう。ここが病院のどの棟なのかわからないが、オレは一階まで降りることにした。
エレベーターはすぐに見つかった。周囲を見渡したが、人の気配がない。拍子抜けしたが、ずっと大人しくしていたため警戒も緩んでいたのかもしれない。
自嘲してしまう。ここ最近、無気力だったことが、こんなときに幸いするとは。
奇跡的に誰とも会わずエレベーターに乗ったオレは状況を整理する。あの週刊誌の記事にはオレの所属していた民俗学サークルに強い怨恨を持つ何者かが、宗教の儀式めいたように偽装して猟奇的大量殺人を行った。
記事ではキャンプ場で生き残ったオレが有力容疑者のようだ。一人では不可能であるため、同じく怨恨を持つ仲間を引き入れ、事件を起こした。どうやらサークルには元々、ある研究題材を中心としたもめ事が起こっていたらしい。
「もめ事? そんなものオレは知らなかったが……」
聞いていたことといえば、不気味なサイトにアクセスしたことで気持ちが悪くなり、気晴らしをしたいという話くらいなものだ。
エレベーターが開き、一階につく。
オレはスマホを取りだして電波を確認しようとして――
電話が鳴った。
まさか向こうからかけてくるとはな。
しかし、こうして電話がかかってくるということは。
「慶助?」
「冬彦……」
切羽詰まったような声で話してきたのは、オレのサークルに所属している助教。
あの卵にまつわる事件でも深い関わりを持っていた青年、緑慶助だった。