精霊のペンダント
「あれが、ダンジョンの一階層に生息する唯一の魔物、スライムです」
ソフィアは、透明なビニール袋の中に水が入っているだけのように見える魔物を指で示す。
「スライムはどのくらいの強さなんだ?」
「スライムは靴で踏むだけで倒せますし、一切攻撃してくることはありません。スライムは一階層だけでなく、ダンジョンの全階層に生息しています。スライムの水分には、豊富な栄養が含まれているので、主に魔物の餌となっていますね。スライムを倒すと、死体がスライムの水が入った試験管に換わります。スライム水に害はなく、一食分の栄養と満腹感が得られます。ダンジョンを探索するための必需品ですね」
スライムについての説明を聞いた結斗は、スライムを掌の上に乗せてみた。
(冷えているな……)
スライムの感触を確かめた結斗は、ダンジョンの壁にスライムを投げつけた。
スライムは壁に衝突した瞬間に弾け、スライム水が入った試験管だけが地面に残った。
試験管を拾い上げた結斗は、ダンジョンを探索するならば、絶対に飲む必要があるというスライム水を飲んだ。
(……自動販売機で売っている水のような味だな)
「スライムしか生息していないなら、一階層は安全なのか?」
「はい。しかし、魔物の討伐が滞ると、二階層以降の魔物が一階層に上ってくるようになり、この一階層に到達した魔物は、基本的に精霊がダンジョンの外へ出しています。例外は、この世界に出てくると多大な影響を及ぼす魔物です。その例外の魔物を不用意にダンジョンの外へ出さないように、精霊がダンジョンの出入り口を塞いでいるので、《転移》という瞬間移動のようなものを使って、この世界とダンジョンを行き来します。本当は全ての魔物をダンジョンの中から出したくないのですが、そうすると、塞いでいるダンジョンの出入り口に非常に大きな負荷がかかり、塞いだ出入り口を破壊されて、溜まっていた魔物が一斉にダンジョン外へ出ることになってしまうので、苦渋の決断として、基本的に魔物をダンジョン外へ出すことにしています」
「人間も魔物も、ダンジョンに出入りするときは《転移》を使う必要があるということか?」
「その通りです。だから、《転移》のスキルがついたペンダントを支給します。あとはダンジョン探索のための武器と防具です。二階層から本格的な魔物が生息するので、生身の人間だと即死です。武器の種類はどうしますか?」
「そうだな……ダンジョンの構造は洞窟だけか?」
「稀に森林型や草原型の階層などがありますが、ほとんどの階層は洞窟型です」
「……使いやすそうな長剣にする」
「わかりました」
ソフィアは、虚空から狼の意匠が施された長剣、鎧、盾を取り出して、地面に置いた。
「この武器と防具は、二階層に生息する狼の魔物を倒すと得られる物です。ダンジョンの深い階層に行くほど魔物は強くなりますが、装備による身体能力強化の恩恵も大きくなるので、階層ごとに武器と防具を新調してください」
「わかった。次は三階層で新しい武器と防具を揃える」
結斗が階層ごとに装備を更新することを承諾したのを受け、ソフィアは、青く澄んだ鮮やかな宝石を黒と白が入り交じった装飾が囲む美しいペンダントを虚空から取り出した。
「では、《転移》のスキルがついているペンダントの説明に移ります。このペンダントは『精霊のペンダント』と言い、《転移》以外にも《異空間倉庫》というスキルがあります。そのスキルを使えば、装備や道具などを異空間に収納することができます。異空間に収納すれば、重さもなく、嵩張ることもないので、これもダンジョンを探索するなら必需品になるでしょう」
ソフィアは結斗の正面に近づき、手にしている『精霊のペンダント』を結斗の首にかけた。
「『精霊のペンダント』は、私たち精霊が生涯に一つしか生み出せない貴重な物です。精霊は多くの人間にダンジョンについて説明しますが、その中から一人、気に入った人を選んで、このペンダントを渡しています。これは、より多くの魔物を倒してもらうためです」
「そうか……ありがとう。このペンダントは大切に扱わせてもらう。ペンダントを持っていない人達はどうやってダンジョンを行き来するんだ?」
「スライムを倒すとスライム水の代わりに、転移水が出ます。その水を飲めば、ダンジョン内だとダンジョンに入る前にその人がいた元の場所へと戻り、ダンジョン外だとダンジョンの一階層に移動します。装備品や道具に付加されている《スキル》の使い方は、《鑑定》と同じような方法です。ダンジョン探索、頑張ってください」
「ああ、ソフィアも頑張れよ」
結斗の声に、ソフィアは結斗に向かって微笑み、消えていった。
(家に帰って、携帯に連絡が来てないか確認しないとな……)
「『異空間倉庫』」
結斗は、ソフィアがくれた武器と防具を異空間に収納した。
「『転移』」
――ダンジョンから結斗の家の寝室に一瞬で移動した。
結斗は机の上に置いてある携帯を手に取り、親や友人から連絡がなかったか、確認する。
(……大学の講義の連絡事項くらいか。行方不明とかいう状態になっていなくて良かった……)
二ヶ月ある夏休みの最中だったおかげで、騒ぎにはなっていないようだ。
テレビには、世界中で起きた揺れの後に行方不明者が大勢出て、その行方不明だと思われていた人達が突然帰ってきた、という内容があった。
そして、その人達がダンジョンに居た、と発言をしていることから、ダンジョンに行っていない人達の中で憶測が飛び交っていた。
結斗はテレビから視線を外し、自分の日常生活の中にダンジョンの探索を含めた計画を立て始めた。