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プロローグ

 ―――なんで、こんな事になったんだ……。

 俺は普通に生きて大学に行って好きな事を勉強して、サークルで息の合う友達と会ってくだらない事をやったりして先生に怒られたりもした。彼女さえいなかったけど満足と楽しみがあった人生だった。胸を張って言える自信がある。

 誰かを助けるのは好きだった、偶にボランティアに参加して感謝されるのは悪い気分なんてしてなかった…。人の笑顔を作る為の仕事をするのもいいかな、なんて思って進路の一つとして考えた事だってあった。それなのに……どうしてこんな事に……。


「げぷっ。随分と経験を積んでるな、人間一人とは思えない食い応えだ」


 込み上げてきた物を敢て隠さずに出して満足げに上を見上げる。大きく膨らんだ腹部を擦りながら、口角が少し上がっている事を自覚しながら手を合わせた。


「ご馳走様でした。お前さんの故郷だとこう言うんだろ、お前の命を頂いて俺の命に代えさせて貰う。悪くねぇ言葉じゃねえか……これからも使わせて貰うぜ」


 食後の感謝の言葉を初めて口にしてみたが、中々如何して悪くない物がある。自然の象徴とも言える森の中に響き渡る感謝の言葉に木々の枝が揺れていく。弱肉強食が心理である自然は弱い物が強い物に食われるのは至極当然の事、ただ生きる為に喰らうのであってそこに感謝など無い。しかし、改めて考えてみると相手の命を貰って自分が生きている事を考えると感謝という物をするのも悪くは無いと思う。


―――例え、その周囲が鮮血で赤く塗装され咽帰るほどに濃密な匂いが充満していたとしても。


「良い味だったな……最後の晩餐って奴に相応しい一品だったぜ」


 血で染められて草らの上に座りこみながら未だに口の中に残っている味に酔う。今回の食事で最後にするつもりだった、元来食事を終えた者は本来食事をする必要など無かった。だが喰う事が出来るのに喰らわないのは意味合いは異なってしまうし、第一舌で感じられる娯楽を捨て置くなどそれに対する冒涜に等しい。そしてその娯楽の全てを喰らい尽くした故の最後の食事、それは襲い掛かってきた動物を狩って食すという物だった。


 森の中を気の向くまま、風が吹くままに歩いていた。時折擦り寄ってくる動物達の相手を軽くしながら気儘放浪の道すがらを楽しんでいた。楽しみながらもう食事はする事も無いだろうと思いながら、最後の食事はどんな物を食べたものかと悩ませていた。世界各地を放浪しあらゆる物を食べ尽くした、中には口に合わない物や絶品と言うに相応しい物まで様々な物があった。人間の知恵と技が作り出す技巧の極地、それに感心ながら味わい尽くした。


 味わい、尽くした……。もう食べなかった物はないと、分かるほどに長い時間を食の探求に費やした。また一つ、分野の終局を見据えた瞬間だった。


 極めて長い時を生きる魔族。長い寿命と異形の姿、溢れ出す生命力に漲り魔力を有する世界で最も繁栄している種族。その中でも永劫の時を生きると言われている『ドレイク』という種族に属する者。神とされ世界を創造したとされる龍の血を継承し続ける魔族、魔族でありながら神聖な種族と言われている。無限の時間の中を生きる事を定められている種族。


 そんな寿命を如何使うべきかと種族の皆は考える、神たる龍に尽くす道を選ぶのか。魔族として闘争の中に身を投じるのか、ただただ漠然と時間を過ごすのか。様々な生き方を選ぶ者がいる中でこの者は思ったのである。


―――永劫の時の螺旋の中にいる自分達を心底満足させる物がこの世にあるのだろうか?


 そんな好奇心から生まれた興味から世界を巡る放浪の旅へと出発した。ある時は一つの街に数十年住み付いて人間を観察、人間に雇われる傭兵として、子供を育てる孤児院、王宮付きの学者、様々な分野の事柄を積極的に行ってあらゆる物を吸収して行きながら自らの糧として行った。満たされる物を探す放浪の旅の途中、食を極め次の物を探そうとしていた時に襲われた。


『魔族だな……平和の為に、その命をもらうぞっ…覚悟!!』


 魔族は人間と対立している。正確に言うなれば魔族という存在は人間が生活する上で如何にも障害になる場合が酷く多い。田畑を荒らす、運搬中の荷物を襲う、人間の味を覚えて人間を殺す。様々なタイプの魔族がいるが、それらは知識が無く会話もしないものに限られており人間と交友する魔族も存在する。が、一部の国は魔族は人間を滅しようとする邪悪なる存在、だと宣言して魔族を徹底的に排除しようとしている。この人間も恐らくそんな国の影響で魔族は敵だと思い込んでいるのだろう。


 攻撃されたのであれば当然反撃する。無限のような寿命を持ってはいるが不死という訳ではない、まだ死にたいとも考えた事も無かったので人間に対して反撃を行った。結果としては人間は敗北し、魔族の腹に収められた。しかし戦いの最中、気になる言葉を吐いていた。


『俺はこの世界に平和を齎すんだっ……その為にこの世界にやってきたんだっ!!』


 言い方からしてまるでこの世界の住人ではないような言い方に興味が沸いた、四肢を圧し折った後に心臓を抉って仕留めて、こいつを喰らい最後の晩餐にしようと思い至った。魔族の中には相手の能力や記憶、感情さえ読み取り捕食する方法が存在し、それを使用してその人間の全てを取り込む事を決めた。


 喰らった人間の記憶、それらを全て堪能した。この世界とは全く違う世界、科学という物が発展し魔法や自然の神々が起こす物事が人間たちの手でも起こせる、解明された世界。そんな世界から来た来訪者がこの人間だった。魔王によってこの国は幾度も被害を蒙って危機に瀕しているから助けてくれ、転移の原因を作った王家の長の言葉を要約するとこういう事になるが馬鹿馬鹿しくて何も言えない。


 魔王は存在する、魔族が統治しその土地を治める魔族の王がいる。しかし魔族の国が他国へと侵攻する意味は無い。魔国は土地が魔族たちの影響で肥沃で潤い、様々な資源が豊富にあるので態々他国へと侵攻する意味が全く無い。寧ろ魔国は各国にとって自分達の国に取っては貴重な資源などを流通させてくれる有難い存在、貿易大国とも言える場所なのである。


しかし、そんな魔国を征服し全てを独占する事を画策した国は異世界から人間を引き寄せる禁術を執り行った。過去にも異世界から人間が来訪したという例があるが、その来訪した者達は全て尋常ではならざる力を宿していた。その国もその力を国の為に使わせ、魔国を手に入れようとしたのだろう…。


愚かな事だ。仮に魔国を落とせたとして各国から非難を浴び、下手したら全世界の国を敵に回し出兵される可能性とてある、それほどに魔族は人間と上手くやっているのだ。そう考えると喰らった人間も哀れとしか言いようがない…しかしあの様子では話した所で理解もしなかっただろう、そのままにしても自分が死ぬから応戦するしかない。これを異世界では"正当防衛"と表現するらしい、向こうが殺そうとして来たから此方もそうした。うむ、良い言葉だ。そして、魔族の一部は未だに人間を普通の動物の一種として食べる事がある、今いる魔族もその一つだ。


「さて……この人間の記憶、面白いな…。異世界の知識と異世界の血肉を得た俺……これを媒介にすれば新たな事柄に挑戦出来るかもしれんな」


 不敵に笑いながら血塗れになった場所から足早に去って行く。やりたい事が見つかった、食を極めた後にする事が見付かった。そう―――異世界の知識と情報を得てみよう、それだ。

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