空想
大人はいつも、つまらない現実を暴力的に僕らに押し付ける。
僕らが普段、どんな思いでそれに耐え忍んでいるかだなんて知らない。僕らが現実に押し潰されているのは、大人達にとっては非現実なのだ。
僕らは大人達の圧倒的現実性論を前に屈する他道はない。
こんなことを考えるのは僕だけだろうか。
他のみんなは、もやもやした霧を抱えてなどいないのだろうか。
…次の電車は3分後。ふと前を見る。僕と同じようにコートを着込み、ポケットに手を突っ込んで寒そうにマフラーに顔を埋める少女がいる。
彼女は、考えるだろうか。大人達の、僕らへの不当な扱いについて。僕となんか違って、彼女の人生は明るいのだろうか。
僕と同じだと思いたかった。
あと2分。
仲間が欲しかった。大人に言えないたわいない事を愚痴ったりできるような仲間が。
線路を2本跨いだ先の彼女にそんな期待をしてしまうなんて。彼女が知ったらどう反応するだろう?まぁ、知り得ないのだが。
あと1分。
ふと、ここで死んでしまえばいいのではないかと思った。
彼女の目の前で僕の死を演じる。そしたら、彼女はどう思うのだろう?彼女の記憶の中に留まることくらいは出来るんじゃないだろうか。
…パァン…
電車が近付いてくる。安易な感情だが、死んだって後悔はない。ここはいっちょ、勇気を出そう。
もうあと…
30m…
20m…
10m…
地面を蹴って、飛び込んだ。
…と、思ったのは僕の心だけで、体は置いてけぼりに立ち竦んでいた。
目の前でドアが開く。数人の降車客が、まだ動けずにいた僕を疎ましげに睨め付けては後ろに流れていく。
後ろにいた乗車客に押されて、転びそうになりながら車内に入る。ドアの脇の空間を陣取って壁に背を預ける。
こうやって、結局僕は死ねずにいる。
彼女も同じならば、、、いつか生存者同士語り合える日がくればいいな。そんな事を思いながら、僕は日常に戻っていく。