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衝撃的な告白の後、私は自習室に逃げ戻った。心配そうな顔をしているサユリに、怖くてあんまり聞きたくもなかったけど聞く。
「ごめん、サユリちゃん。私ね、学校でのあさひってあんまり知らないの。ちょっとどんな様子か教えてください」
「あんなに有名なのに知らないことにびっくりです、先輩。いいっすよ、あいつの悪評と
かくさるほどあるんで」
賢くて魔法の才もある女装の美少女、ただその才能を悪用しまくっているので、同級生の誰も彼を止められない、というのが実態らしかった。普段は主に仲の良い男子に被害が向かっているためまだいい。たまに難題や、意味のわからない指示を出してくるため、迷惑している、とのこと。
「どっから聞いたのか、旅行先で入手困難な土産を買ってこいなんてこともありますよ。去年の夏だったかなあ、その子朝から三時間並んで安眠のお香買ってきたんですよ」
「安眠のお香?」
「はい、ロード・フェアリーっていう有名店の、一日百個限定でクラリセイジって期間限定の香りで、容器もガラスの小瓶でかわいいデザインのやつなんです」
そういえば去年の夏、あさひが同級生から貰ったとかでお香をくれた気がする。その年は暑さで寝苦しくて、ナッツ系の甘い香りのお香にかなり癒された。なんの香りだったか忘れたけれど、ガラスの小瓶にオレンジのリボンがついた変わったデザインだった。気に入ったので、今も寝室に飾ってある。
あぁ、あれって脅して買わせたやつだったんだね。知らずに使っていた身としては、買ってきてくれた子に非常に心苦しい。この時点でけっこう辛かったのだけれど、これ以上知らなかったではいられない。ハッキリ確かめないと、安眠は訪れないことは分かりきっている。
「あの、他にそういうのってないよね」
「ありますよ。北の雪人形とか、限定もののナッツアイスとか。うわ、あげるとキリねぇな、やっぱ一回しめとくかあいつ」
ごきごきと拳を鳴らすサユリは、得意な科目が近接戦闘、つまり物理なのだと言っていた。
話を聞けば聞くほど後ろめたさが増してきて、私はサユリの目を見ることができない。プレゼントは嬉しい、でも無理矢理買わせてきたものなんて全く嬉しくない。むしろ苦労して買ってきたのに全然知らない先輩に持っていかれる後輩たちがかわいそうだ。
いたたまれない、あさひ、どうしてそんなことをしたの。あぁ、どうせ「お姉ちゃんにあげたかったから」の一言で済まされるんだろうけれど。
「先輩、なんで泣いてるんです?」
「ごめん、私のせいなんです。あさひと一緒に謝ってまわったら許してくれるかな」
どれだけ被害を被った後輩がいるのか考えるに恐ろしいが、これは私の監督不行き届きだ。年下のあさひに頼りきりになって、彼の周りがなにも見えていなかった。
手で目元をごしごし擦っても、あとからあとから涙がでてくる。にじんだ視界の先で、サユリが困惑の表情を浮かべているのにまた悲しくなってきた。
「えぇと、話が見えないんですけど。先輩のせいってどういうことですか?」
「お姉ちゃん、傷つきます。擦らないでください」
あさひの困った声がして、フリルの袖に手首を掴まれる。顔をあげたら青い目の美人が唇をへの字に曲げて、眉尻を下げていた。かがんでこっちを見る彼の銀髪が揺れている。あさひ。名前を呼んだら、彼は少し口元を緩めて返事をした。
「はい、お姉ちゃん。悲しませてごめんなさい」
「あさひ、ダメなんだよ。ヒトに迷惑をかけるのはやっちゃいけないことなの」
「はい、知っています。だからお姉ちゃんに内緒でやりました。俺、お姉ちゃんの笑った顔が好きなんです」
「そんなやり方されたって嬉しくないし、苦労して買ってきてくれた子に申し訳ないの!」
それくらい自分で気づいてほしかったが、気づかなかった私も悪い。泣きながらおこるのはどうにも格好がつかないけれど、涙が止まってくれない。ぐずぐず鼻を鳴らす私の手を両手で包んだあさひは、また困った顔になる。落ち着かないのか、私の指をゆっくりとなぞっていた。
「そんなこと言われても困るよお姉ちゃん。俺、あなたの笑顔想像しただけで喜ばせたくなるんだ。俺のしたことであなたが喜んでくれるって。あなたが俺だけを見てくれるのが、すごく安心する」
えぇ、言われて困るのは私のほうなんだけど。ちょっと背中が寒くなったのは気のせいじゃないと思う。さっきまでは悲しかっただけなのに、今は少し怖くて泣けてきた。助けを求めて向こう側に座るサユリを見たら、かなり引きつった顔をしていた。
お姉ちゃん。呼ばれて仕方なく視線をあさひに戻すと、安心したように微笑むあさひと目が合った。接し方間違えたかな、私。
「お姉ちゃん、卒業したら結婚してください。それで、小さな村で二人で暮らそう。約束してくれたら俺、同級生に迷惑かけないように努力する」
「結婚って、唐突すぎるよ」
「お姉ちゃんが他のやつと卒業まで会話しないならそれでもいいんだけど、それって現実的じゃないしな」
さらっととんでもないことを言ってくれる後輩に頭が痛くなってきた。懐かれているとは思っていたけれど、これは重症かもしれない。どうしてこう、この子は極端な考え方をするんだろう。
「あさひ、まずその子たちに謝ろうよ。結婚とか約束しなくても、私離れていかないから。それじゃあダメ?」
「ずっと?」
「えっとたぶん」
「今はそれでいいや。大好き、ヒイラギおねえちゃん」
嬉しそうに抱きついてくるあさひを受け止める。いくらかわいい女の子に見えても十四歳の男の子、私よりしっかりした体つきをしていて重い。その背中をおそるおそる抱き返した。
かわいくて面倒なこの後輩と一緒にいれば、また同じようなことが起きるかもしれない。それでも一緒にいたいぐらいには、あさひが好きみたいなので。