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魔法はほぼ出ない。
全寮制の学校に入学して四年、私は十五歳になっていた。時の流れははやい。残念なことに性格のせいで友人は少ないし、授業の成績だって常にギリギリ。同級生から陰で落ちこぼれ、なんて言われて隠れて泣いたのは一回や二回じゃない。
そんな私がこの学校でやっていけるのは、ルームメイトで後輩のあさひがいるからに他ならない。
「お姉ちゃん、プリン作ったんです。一息いれませんか」
「ありがと、あさひ」
はい、どうぞ。お盆を持って微笑むあさひに、強張っていた私の表情も自然と緩んだ。最近ちょっと身長が伸びてきたけれど、中身は相変わらず気遣いのできる優しい子だと思う。腕を持ち上げて銀色の頭を撫でると、目元を赤らめていた。なにこのかわいい後輩、癒される。
しばらく後輩の頭を撫で繰り回した後、私は机の上の勉強道具をまとめて寝室へ片づけた。近くにあると気が休まらないからね。
戻ってきた私の目に飛び込んできたのは、机の上に並べられたティータイムセット。割れかけた卵の殻を模した器に入ったベーシックな色のプリンと、青い薔薇模様のこじゃれたティーセット。カップの受け皿には小さな銀のスプーンがのっていて、ちょっとしたカフェに来た気分になれるから気に入っている。
空いた場所に足を崩して座ると、腕時計を見ていたあさひがポットを持った。トポトポ、紅茶を注ぐ姿がよく似合っていて、こういうときにあさひが美人だと改めて思い知る。
「はぁ、生き返る」
「お姉ちゃん、頑張っていますもんね。試験、明日でしたよね」
「んー、まあ」
いい結果が出てくれるか自信がないけど。喉から出そうになった言葉を紅茶と一緒に飲み込む。この後輩は気遣いのできる子だけど、だからこそあんまり弱音を見せたくない。周りからの評判はすこぶる良くない私だけれど、せめてあさひの前では頼れるお姉ちゃんでありたい。
「お姉ちゃんの勉強は教えられないですけど。なにかできることがあったら言ってくださいね。お手伝いします」
「ふふ、ありがとね。あ、プリンおいしいよ」
「わぁ、本当ですか! うれしいです、今日のは自信作なんですよ」
「うん、見た目もすごくきれい」
幸せそうに笑うあさひを見ていると、こっちまで顔が緩んでしまうのはいつものことだ。気恥ずかしくて、隠すようにカップに口をつけた。甘いプリンと砂糖なしの紅茶の組み合わせはいい。
「あさひ、ありがとう」
「お姉ちゃんに気に入ってもらえて嬉しいです。また作りますね」
「うんうん、期待してます」
軽口を叩いて、かわいい後輩といつものティータイムを楽しんだ。
「ああ、疲れた。あの教授判定厳しい」
「そうですよね、及第点もらえて良かったです」
翌日、試験をなんとかパスした私は、後輩と寮へ続く石畳を歩いていた。空はすっかり暗くなっていて、二人分の足音が人気の無い夜道に響く。
こんな時間まで待たせてしまったことに申し訳なさが湧いてくるのだが、口にはしない。私がそれを言うと、この後輩はいつも眉尻を下げて返すのだ。
「お姉ちゃんを一人で帰らせるほうが心配です。なにかあったらどうするんです」
あさひがそんなに心配しなくとも、寮と校舎は目と鼻の先にあるのに。むしろあさひのほうが変なやつに声をかけられるんじゃないか心配になる。
けれど、年下のあさひが心配してくれるのが嬉しくてつい断れないでいた。
いつものように試験の出来を話して、あさひからこうすれば良くなるんじゃないかとアドバイスをもらった。一学年下のあさひだけれど、聡い子だからけっこう私の気づかない点を指摘してくれるので毎回助かっている。
そうして寮の入り口まで来た私たちは、そこで足を止めることになった。制服を着崩した男子生徒が数人、入り口でくつろいでいるのだ。全員緑色の腕章を付けているからあさひと同学年か。全員半透明の画面を見ていたり雑誌を読んでいる。
そのうちの一人が、私たちに気づいて声をかけてきた。
「よ、あさひちゃん。こんな時間になにしてんだい」
その声をきっかけに、一斉に視線が私たちに集まる。驚いて、私は思わずあさひの袖を掴む。だってどう見てもガラ悪い人の集まりなんだもの、怖い。
「帰りが遅くなったので送っていました。すみません、通してもらえますか?」
私の前に立ったあさひが穏やかな声で対応するのにほっとするのと同時、気落ちした。後輩がこんなに落ち着いているのに、私はなにをしているのか。
「はぁ? 送った? 怪我人にも容赦ないお前が? めっずらしいこともあるもんだな」
あさひの肩越しに男子生徒がのぞきこんでくる。その目は好奇心にキラキラ輝いて見えて、どうにも居心地が悪い。悪意が無いのは分かるのだけれど、私は動物園のパンダではないのだ。というかキミはあさひの友人か。
「キミ、あさひの」
「この人とはルームメイトです。今日は疲れているので早く休ませてあげたいんですが」
初めて見る後輩の友人と話そうとしたら、あさひ本人にさえぎられてしまった。私のことも知らないみたいだし、好い子そうだからちょっと話したかったんだけどな。
「なんかお前、しゃべり方変じゃねえ。いや、目は相変わらずコエーけど」
「はやく」
「はいはい悪かったよ、ほらお前ら場所あけろ」
ばたばた移動する後輩たちを眺めていると、袖を掴んでいた手をあさひに握られた。
「さぁ、はやく戻りましょうお姉ちゃん」
「うん、そうだね」
いつものように笑うあさひに手を引かれて、私たちは寮に戻った。