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WONDER WORLD  作者: こと
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第七章 光の未来へ

ラムサールの街は、何事も無かったように一日が始まった。

しかし、街の中心にある教会はターサの姿は無い。教会の扉には鍵が掛かっておらず、レイナ、カリル、マーリは教会の中に入っていった。

祭壇の左側に地下に降りる階段があり、三人は階段を降りる。階段を降りたそこには、一枚の扉があった。

「結界が張ってあるな」

最初に呟いたのはマーリだった。

スーマからはマーリとディリス両方呼ばれていたと聞き、レイナとカリルはどちらを呼ぼうか考えたが、ディリスはあくまで人間界での名前だからマーリでいい、と本人から付け足されていたのだ。

「二重結界になっていますね」

カリルは、扉の前に見える薄い膜に手を触れた。結界は弾かれる事も無く、三人は結界の中に入り扉を開けた。

部屋の中は狭く、周りには木箱や麻袋が幾つも積まれている倉庫のような場所だった。

その部屋の真ん中には、茜色の魔法陣が描かれていた。

「これが結界…」

「結界は、恐らく部屋の前にあったものを指していたんでしょう。これは転移する為の魔法陣ですね」

「城に戻るのか」

マーリは溜息を吐いて、魔法陣の中に足を踏み入れる。レイナとカリルも、マーリと同じ様に魔法陣の真ん中に立った。

マーリは右手を上げて、言葉を発動させる。

「空の彼方、竜の城。我が名はマーリ…その扉を開け!」

マーリの言葉に、魔法陣に描かれていた文字が輝き出した。瞬時に空間が歪み、三人はその場から姿を消した。


空間が戻ると、レイナ達の目の前には巨大な城があった。空が曇っているせいか、不気味に見える。

レイナとカリルは辺りを見回して、城を見上げた。

「ここは幻精郷?……っ!!カリルっ!」

カリルの顔を見ようとしたレイナは、カリルの異変に驚いた。カリルの背中には、魔法で隠してある片方の翼が生えていた。

「ここは補助系魔法が無効化されるんだな」

マーリはカリルを見ると、直ぐに踵を返して門の前まで進んでいく。鈍い音を立てて、扉を開けた。

中に入っていった三人は真っ直ぐ続く道を歩き、中心部の階段を昇っていく。

階段を昇り、目の前に見える扉を開くと、そこは部屋全体が青く染まっていた。床も壁も部屋の奥に見える螺旋階段も、全てが青だった。

部屋の中心には大きな水晶が浮かんでキラキラと光っている。

「蒼流空間は変わらないな。ここは俺の部屋、というか…俺の領域だな」

それまで前を歩いていたマーリが、後ろを振り返って苦笑いをした。

「凄い…!」

「誰かいますね。誰ですかっ?!」

カリルは気配を察して気配の元を辿った。レイナも辺りを見回し、それに気づいた瞬間、目を見開いて言葉を失った。

「あ、………あ…」

レイナの瞳が潤む。それもレイナに気づくと、目を見開いて驚いた。

「ティム…?」

驚きよりも嬉しさがこみ上げてくる。

レイナと同じ位の背丈、髪はレイナより色素が薄く、少しだけ幼く見える。右手には革のような鞭を握っている。

「姉さん…?」

レイナとほぼ同時に口を開いた彼女は、以前、闇の精霊シェイドが幻術で見せた少女と酷似していた。

「姉さん…久しぶり。やっぱりここに来たんだ」

「ティム?!生きてたの…?」

レイナを見て、ティムと呼ばれた少女は驚いていたものの困惑している。レイナの表情は青ざめていく。

レイナ前に立つマーリは、ティムを見ると声を荒らげた。

「獣王っ!俺の部屋で何をしてる!?」

「ビーストマスター?」

聞き慣れない言葉に、レイナとカリルは首を傾げた。

「決まっているじゃない。裏切り者の水竜と姉さんを倒す為よ」

「裏切り者?俺は最初からロティルを信用してない!」

マーリはティムを一瞥すると、鼻で笑った。それに腹が立ったのか、ティムも見下すように鼻で笑う。

「ロティル様の為にも、ここから先には行かせない!」

ティムは握っていた鞭で足元で鳴らした。すると、ティムの周りに幾つもの魔法陣が浮かび上がり、そこから獣の形をしたものが現れた。長い体毛に尖った牙と耳、こめかみには太い角が生えている。それはデビルデーモンだった。

「行け!!」

ティムが鞭を振り、デビルデーモンに合図を送った。そして、持っている鞭を空で切ると、鞭は瞬時にして弓と矢に姿を変えた。

ティムは直ぐに弓を構え、矢を放つ。一本の矢が分裂して、レイナだけを狙った。

「レイナ!危ない!」

カリルがレイナの方を向くよりも早く、レイナはカリルとマーリと離れる形で矢をかわした。

「今だっ!!」

ティムの合図と共に、数体のデビルデーモンはカリルとマーリに襲いかかった。

「カリル!マーリ!」

「姉さん」

レイナがカリルとマーリを見ていると、ティムの声が聞こえた。レイナの前にはティムが立って身構えている。

先程まで弓と矢を持っていたはずだが、その手には黄金色に光る不思議な物体がティムの腕に絡みついていた。

ティムの視線に耐え切れないレイナは俯き、小さな声で問いかけた。

「どうして…どうしてティムが生きてるの?に、二年前の事故でティム達は…」

「事故?やっぱり姉さんが犯人だったのね!だから今でも…その腕輪を身につけているのね!」

「違う!!私は…あの時、何も知らないっ…!」

レイナは顔を上げてティムを見つめた。その表情はティムに怯えているようにも見える。

ティムは真っ直ぐな瞳でレイナを睨む。

「ラグマ様達に助けて貰った時から、あたしは…ついていく事にしたんだ。例え…姉さんでも容赦はしない!!」

何か違和感がある。何かに気づいてティムの右手を見ると、黄金色の物体は剣に変わっていた。

レイナが気づいた時にはティムは両手で剣を握り、レイナに切りかかっていた。

「でやあぁぁーーーーーーーっ!!」

「!!」

レイナも腰に下げていた剣の鞘を抜いて、ティムの剣を受け止める。

剣と剣がぶつかり、互いの力が押し合う。

「怖いでしょう?あたしが生きている事が!!」

「ティムは間違ってる」

「炎に包まれたあの日…あたし達を見捨てて、姉さんは逃げた!!」

「………………」

姉妹の顔が近づく。ティムは力を加えていくが、レイナは力を振り絞りティムの剣を弾いた。

無言のまま両手で握っていた剣を左手に持ち替えた。

「…ティムの言いたい事は分かった。けど、私達の問題にカリルとマーリを巻き込まないでほしい!」

レイナの右手には青い光が生まれた。光は次第に大きく膨らみ、言葉を発動させた。

「フリーズシェイキング!」

青い魔法球を地面にぶつけ、地面に潜り込んだ。潜り込んだ氷の球体が再び地面に現れ、ティムに向かって加速した。

ティムは何か呟くと、氷の球体を塞ぐように地面に剣を突き刺した。すると、剣から炎が吹き出して、ティムを炎で囲んだ。氷の球体は炎で蒸気に変わり、炎を見たレイナはその場に剣を落とした。

瞳は潤み、冷や汗が流れる。

「やっぱり炎が怖いんだ!」

ティムの周りを囲んでいた炎が矢に形を変えて、レイナを襲う。

炎に怯えていたレイナは、魔法で防御壁を作る事に僅かに遅れ、加速した炎に包まれた。

「ぅあああぁぁぁーーーーっ!!!」

炎の勢いに押されて、レイナは後方の壁に吹き飛ばされた。特殊な繊維で作られているマントや衣服が燃える事は無かったが、肌は黒ずみ全身に火傷を負っていた。

炎と壁にぶつかった衝撃で閉じていた目を開けた。

ティムは笑っていた。

「今度は冷やしてあげる!」

ティムの左手から青い光球が生み出される。光から無数の氷柱が飛び出すと、動けないレイナを襲う。

「!!」

氷柱はレイナにぶつかり、冷えた空気が広がる。やがて冷気が引いていくと、そこには氷漬けにされたレイナが立っていた。

その顔は恐怖と悲しみに満ちていた。


デビルデーモンに囲まれたカリルとマーリは、二人の一部始終を見て焦っていた。

「早くしないとレイナが…」

「お前、火系呪文は使えるか?」

「…はい」

ティムの命令で襲いかかるデビルデーモンの攻撃を避けながら、魔法を撃っていく。

マーリはカリルと距離を縮め、耳打ちするように呟いた。

「あの水晶の周りに、何か火系の印を結べ。デビルデーモンは俺が引きつけておく」

視線だけで水晶を見てからカリルの顔を見た。

カリルはデビルデーモンの攻撃をかわしながら、ティムに気づかれないように水晶に近づいていく。マーリはティムからカリルを見せないように、広い範囲に魔法を放った。

二人の思惑に気づかないティムは、鞭を地面に鳴らしてデビルデーモンを召喚する。

「マーリ!出来ました!急いでください!」

デビルデーモンの唸り声や魔法で気づかなかったが、カリルは水晶の周りに赤い印を結んでいた。

「分かってる!久しぶりに腕が鳴るぜ!」

マーリは目を閉じると意識を集中し始める。

何かを呟くと、水晶から白い霧が吹き出した。白い霧は次第に形を変えて、一匹の竜になっていく。

「いっけーー!!」

マーリの一声で、水晶に集まった白い竜が動き出した。

「何…?この変なのは…」

空間を自由に旋回する白い竜は、ティムを避け、デビルデーモンとレイナを包む。包まれたと同時に全てのデビルデーモンが絶叫して倒れていく。

デビルデーモンが次々に氷に包まれて倒れていく。

「カリル!レイナに向かって魔法を発動させろ!!」

「レイナに!?」

「早くしろ!」

「分かりました」

マーリとの距離を縮めたカリルは、レイナに向かって魔法を発動させる。

「フレアブレスッ!」

カリルの言葉に水晶の周りに描かれた文字が赤く光り、水晶から蒸気が吹き出した。

蒸気はレイナを包み、瞬時に氷は溶けていく。

意識の戻ったレイナは上手く呼吸が出来ず、その場に膝をついて咳込んだ。

「はぁぁ…はあ……死ぬかと思った…」

「蒸発が早いな…」

自ら竜を召喚して、カリルに魔法を促したマーリは少しだけ疑問を抱く。

「な、何で?何で氷が溶けるの!?ここは蒼流空間でしょ!」

「知りもしないくせに、蒼流空間を口に出すんじゃねえ!後はレイナに聞け」

ティムは、目を大きく見開いて驚いた。マーリはティムを睨んでだまま答える。

マーリに睨まれただけで、視線を反らさずにはいられないティムはレイナを見つめた。

レイナは少しだけ笑っていた。

「氷の魔法を出せば分かるよ」

「だ、だったら…出してあげるわよ…!」

挑発のようなレイナの口調に、ティムは怒り、再び魔法を放った。

ティムの手の平から青い光球が現れ、光から生まれた氷柱がレイナに襲いかかる。

氷柱が近づいているが、レイナは呪文を唱えず腕輪が見えるように左腕を前に出した。

腕輪が光り、レイナの周りに赤い壁が生まれると氷柱はレイナの目の前で蒸気に変わった。

「ぼ、防魔壁!?火の…?」

ティムは腕輪の力に驚いた。

「この腕輪にはめられている宝石の属性は火。二年前のあの日…あの時の宝石でこの腕輪を作った。過去を忘れないように…」

レイナは悲しい顔で腕輪に触れた。

「そんなの信じられないっ!!」

空間にティムの声が響く。ティムの持っていた鞭が再び剣に変わり、剣を振り上げた。

レイナも足元に転がっている剣を拾い上げ、ティムの剣を受け止めようとした。

しかし、ティムの剣を受け止めた瞬間、レイナの剣は音を立てて折れてしまう。

「剣が……っ」

「覚悟!!」

僅かに間合いを取ったティムが再び切りかかる。

しかし、ティムの剣は横から放たれた魔法によって弾かれてしまう。

ティムは舌打ちをして、横を振り向いた。そこには右手を前に突き出しているカリルが立っていた。

「僕達が居る事を忘れないで下さい」

「獣王!痛い目見ないと分からないみたいだな」

ティムは額に汗を流しながらも、三人を睨んで身構える。弾かれて床に転がる剣は、液体の様に形を変えてティムの手の平に戻っていく。

「あたしは…負ける訳にはいかないんだっ!」

黄金色の物体は鞭に変形し、ティムは宙で鞭を鳴らした。

すると、再び幾つもの魔法陣が地面に描かれ、そこからデビルデーモンより一回り以上大きな獣が姿を現した。

「こ、これは…ダ、ダークデーモン!?」

「腕が鳴るぜ」

マーリは焦ってはいるが、強気な笑みを浮かべていた。

「…来る」

レイナの呟きと、ティムの鞭の合図が同時だった。

鞭の合図と共に、ダークデーモンはレイナ達に向かって突き進み、レイナ達を囲んだ。

「さっきより数が多い…!それに魔法が効かない!」

魔法を撃ちながら、レイナ達と壁との距離は縮まり追い込まれていく。

「ダークデーモンはデビルデーモンと違って、生命力が高く圧倒的に強い…」

「魔法も僅かなものしか効かない…だが、ダークデーモンは光と闇の属性に弱いはず。だったら…」

カリルとマーリの手の平から、光と黒い魔法弾が生まれ、それを両手で投げるように撃つ。

カリルとマーリの声が揃った。

『倒れるまで叩く!!』

魔法を受けたダークデーモンは次々に倒れて塵と化していくが、一握りのダークデーモンは、腹に傷を負ったまま起き上がった。

ダークデーモンが威嚇するように吠えると、レイナ達に向かって口から光線を吐いた。

光線が当たる前に、カリルは呪文を唱えて防御壁を作り、攻撃を防ぐ。

「効いていない?確かに攻撃は当たったはずなのに…」

防御壁が消えると、カリルはマーリを見た。カリルもマーリも僅かに驚いているように見える。

「あいつ…調教したな」

違う事を考えていたマーリは、攻撃を止めず再び黒い魔法球を作り始めた。

ティムは無言で、握っている鞭を地面で鳴らした。

ダークデーモンの数体が、マーリに襲いかかり、マーリは目の前のダークデーモンに魔法を放った。しかし、背後から襲いかかるダークデーモンに気づかず、鋭い爪がマーリの腹部を裂いた。

「ぐあぁぁーーーっ!!」

マーリは避けようとしたが、後ろに倒れる前に膝をついた。マーリは左手で腹部を押さえているが、指の隙間から血が流れている。

「カリル…マーリに治療魔法を。その間に私がダークデーモンを倒す」

レイナの表情を見て、カリルは小さく頷いてマーリに近づいて呪文を唱える。マーリの傷が塞がっていくが、レイナ達とダークデーモンとの距離は縮まっていた。

自分達を囲むダークデーモンを気に止めず、レイナは呪文を唱えている。

「…光は闇の中に、闇は光の中に。光より暗き光よ…!」

レイナの言葉によって、三人の頭上には黒い球体が幾つも浮かび上がる。そこから金属と金属がぶつかり合うような音を発している。

「ダークレイーッッ!」

黒い球体から、細い光が放射状に広がる。

『!!!』

黒い光線がダークデーモンを貫いて、一瞬にして塵と化した。

レイナの額には汗が流れ、乱れた呼吸を整える。

カリル、マーリ、ティムはレイナの魔法に呆然と立ち尽くしていた。

「レイナ…その魔法はいつ取得したのですか?」

「これ?うん…カリルと会う前…かな」

問いかけるカリルの顔を見て、レイナは少しだけ答えを濁す。

呆然としていたティムは、レイナの声で意識をレイナに移した。

「ティム…質問させて。二年前のあの時…私はどんな格好をしていた?」

「どんな?決まってるじゃない。父さんが作ってくれたお揃………」

断言していたティムの言葉が止まった。

「で、でも…あの時、さっきみたいな魔法…あたしに見せた姿は…。……っ!」

ティムは何かを思い出した。

記憶の一部が欠けて、全てが繋がらない。

レイナは苦しい顔をして、首を横に振った。

「やっぱり何かが違ってたんだ…。ティム、あの時…私はこの格好だった」

レイナの言葉に、ティムは耳を疑った。

記憶と思考が混乱する。

カリルとマーリは、二人の過去の話を黙って聞いている。

「ねえ、何があったの…?二年前、ティムの目の前で何があったか教えて!」

レイナが今にも泣き出しそうな表情で、ティムに近づいていく。

「いや…怖い、怖いよ……」

ティムは視点が定まらず、不安と混乱でその場に座り込んでしまった。

「ティム…」

「近寄らないで!!嫌ぁ…ぁ…助けてっ…助けてっ………ラグマ様ぁーー!!」

混乱で自分を見失ったティムは涙を流しながら絶叫した。

『ラグマ!?』

ティムの口から出た名前に、カリルとマーリは過剰に反応した。

その言葉と同時に、ティムの頭上に黒い穴が広がった。

「…え?」

黒い穴はティムを飲みこみ、ティムの姿は跡形も無く消えてしまった。

「ティム!!」

黒い穴も消えて無くなり、静寂に包まれた蒼流空間に二つの足音が聞こえる。

扉と並行に並ぶ螺旋階段から、誰かが姿を現す。

白銀の長い髪、黄金色の瞳は切れ長の瞳をさらに冷たい印象に見せた。左目には切り裂かれたような傷痕がある。

ローブを纏った姿は美しく見えるが、マーリを睨みつけた瞳は、冷たく見下していた。

「ラグマ!」

その姿を見たマーリは、声をあげた。カリルの横では、俯いていたレイナが顔を上げた。

レイナが怒っている。

「ティムをどうしたの!!」

怒りと苛立ちを抑え切る事が出来ず、呪文を唱え始めた。

しかし、ラグマの言葉に詠唱が遮断された。

「貴様らに話すほど、愚かでは無い」

怒りや憎しみ、哀しみが入り混じった感情は消えなかった。

「許せないっ!」

「勘違いをするな。私は貴様らに興味は無い」

三人の姿を見たラグマは鼻で笑い、踵を返す。

しかし、何かを思い出して立ち止まり、後ろを振り返った。

「しかし…それなりの持てなしをしてやらないとな…」

ラグマの視線はレイナだけを見ている。

ラグマは顔だけで後ろを振り返り、誰かの名前を呼んだ。

「マリス」

ラグマの声を受けて階段から足音が聞こえる。

薄暗い階段から降りて来たのは、肩まで伸びた黒い髪と蒼い瞳、少し幼さが残っている少年だった。

ショルダープレートと黒いマントから見えるのは、漆黒の翼だった。

マリスの姿を見たカリルは、目を見開いて驚いた。

「有翼人の異端児…!?」

ラグマに呼ばれたマリスは、階段の端に移動してラグマが通る道を作った。

「後は任せた」

「はい」

そう言い残し、ラグマはその場から瞬時に消えていった。

マリスは翼を広げて、階段から地面に降りた。右手の親指には黒い指輪が光っている。

「ロティル様達の邪魔をする奴は、俺が殺す」

マリスが一歩一歩三人に近づく。

マリスは何も持っていない。

ある事に気づいたマーリは、マリスに聞こえないように二人に呟く。

「俺の合図でお前等は上に行け。こいつは俺に任せろ」

「でも……」

微かに冷静さを取り戻したレイナは、マリスの威圧に怯まずマーリを横目で見た。

「ここは俺の領域だ、心配するな。…いくぞ」

マーリの合図で、レイナとカリルは階段へと駆け出した。マリスの横を通り過ぎて階段を駆け上がるが、マリスは後ろを振り向こうともしなかった。

「余裕だな。俺がいない間に随分と偉くなったな」

マーリは皮肉を込めてマリスを罵った。

「わざわざ裏切り者から始末してやるんだ」

「俺の領域で?馬鹿馬鹿しい」

攻撃してこないと予測したマーリは、部屋の中心の水晶に近づいた。

水晶に触れると、まるで水の中に手を入れるように水晶の中に右手が入っていく。

徐々に手を引いていくと、青みがかった白銀の柄が出てくる。次第に刃が見えて、まばゆいばかりに輝く剣が現れた。

剣を構えたマーリはマリスを挑発した。

「さっさと片付けるか!」

「俺よりランクが低い奴に言われたくない」

マリスは、腰に下げていた小さな布袋の口を開いて逆さまにした。布袋の中から、白く光る粉が流れ落ちて、それを右手で受け止める。

白い粉は翡翠色の剣へ形を変えていく。

「相変わらず、調合術が得意だな」

「お前も余裕があるようだな」

蒼流空間に静寂が走り、互いに呪文を唱えずに魔法を放った。

「ホーリーウインドッ」

「白き精霊よ!」

マリスの放った輝く竜巻と、マーリの放った幾多の白い精霊が激しくぶつかり、互いを押し合う。

しかし、竜巻は白い精霊を包み、マーリは竜巻に吹き飛ばされる。

「ぐうぅ…っっ!!」

マーリは膝をついて体勢を整えるが、それよりも早くマリスが頭上から切りかかる。

マーリは両手で剣を握り、マリスの剣を受け止めた。

剣と剣の交わる金属音が続き、互いに剣で押し合い、睨みつける。

「一体ロティルは何を考えてる!?」

「答える必要は無い。…エアーランス!」

マリスは剣を片手に持ち替えて、左手で魔法を放つ。いくつもの風の槍がマーリを狙う。

「……?!」

瞬時に風の槍をかわしたが、何か懐かしい風を感じてその場に立ち止まった。

「これは…」

マーリの脳裏に一人の人物が浮かび上がった。


「神竜?そう改まるな。スーマで良いさ」


一人の人物が浮かび上がった。

さっきまで笑っていたあの人…。

しかし、戦いの意識は再び現実へと戻した。

「もしかして…」

「何か気づいたか?ああ、この剣が何で出来ているか教えてやる」

マリスは柄を強く握り切っ先をマーリに向けて、嘲笑する。

「神竜の牙と翼だ」

マリスの言葉に、再び意識はその人を浮かび上がらせた。


「あのジジイの?マーリ…お前も短気になるなよ?」


記憶の中で笑うその人は意識から消えていく。

それと同時に、抑え切れない怒りが込み上げマリスに切りかかろうとする。

しかし、思いとは裏腹に肩の力が抜けてその場に膝をついてしまう。

「あ………」

右手を動かそうとしても、脳と神経が上手く動かせない。マリスを睨みつけるのがやっとで、言葉を出す事さえ出来なかった。

「竜族の馬鹿にしか効かない薬が、こんなに早く効くとはな」

マーリは、立ち上がろうとするが、上手く立てずにしゃがみ込んでしまう。

身体が痺れて動かないマーリを見下しながら、マリスはマーリに近づいていく。

漆黒の翼とマントが揺れている。

「風で…薬を飛ば……したってこ、とか…」

「まだ喋るか…これで終わりだ」

マリスはマーリの喉元に切っ先を当てて、嘲笑している。

マーリは俯いたまま、何とか喋ろうとした。

「まだだ…俺は、お前を許さ…ない!」

突然、マリスの後ろで何かが光った。部屋の中心に佇む水晶が強い輝きを見せる。マリスは思わず後ろを振り返り、水晶を見た。

気づいた時には、マーリは切っ先を避けて立ち上がって、何か言葉に出来ない音を発した。

マーリと水晶の周りに、次々と白い霧が広がり始める。それは次第に人の形に変わり、マーリと同じ姿に変わっていく。

「俺より…ランクが、低いって言ったな…。だから…甘いんだ!!」

いつしか十二人のマーリがマリスを囲んでいた。

マリスは周りを見回して、微かにうろたえる。そして、ある異変に気づいた。

階級を表す黒い指輪の位置が変わっている。右手の中指にあった筈の指輪が無い。

「ランクが変わっているだと!?」

指輪は右手の親指にはめられている。

「俺と同じ?」

「ああ…俺のもう一つの称号を教えてやるよ」

複数の声が重なる。

「俺は…精竜士、マーリだ!!」

「小賢しいっ!エアロボム!」

マリスは小さく舌打ちして、瞬時に魔法を放った。

マーリは風の球体を地面に投げつけた。地面にぶつかると爆発を起こし、白い霧と混ざり視界を遮った。

霧の中で金属の音が重なって、何かを弾く。

霧が晴れてくると、そこには十二人のマーリが剣を構えていた。

「ここは…俺の領域だ!」

マリスが呪文を唱えるよりも早く、マーリがマリスに切りかかった。

「行くぜーーっっ!!」

十二人のマーリがいっせいにマリスを突き刺した。確かな手応えを感じたはずだったが、マーリが突き刺したのはマリスのマントだった。

天井を見上げると、全身に傷を負ったマリスが漆黒の翼を広げて飛んでいた。

肩や腹部の衣服は破れて、血が流れている。左腕を押さえ、呼吸は乱れている。

「外した、か………」

マーリはふらついて、再びその場に膝をついてしまう。

「はぁ……はあぁ、ぁぁ…覚えて…いろ…」

力が抜けたマリスが空から落ちそうになる。

しかし、その瞬間、どこかに消えてしまう。

蒼流空間にマーリだけが残され、十一の精霊は白い霧に戻り消えていく。

身体を大の字に広げたまま倒れて、呼吸を整えようとする。

荒い呼吸だけが空間に響く。

「はあ…ぁぁ…カリル、レイ、ナ…すまない……。まだ…動け、そうに無い…」

目を閉じて、意識が薄れていった。



蒼流空間を出たレイナとカリルは、魔法で宙に浮かび上がりながら長い階段を昇っていた。

マーリの合図で階段を駆け上がってから、どれくらい時間が過ぎたのだろう。

ティムと再会したのも束の間、ラグマの魔法によってティムは消えてしまった。妹を助けられなかったことと冷たく見下したラグマに苛立ちを感じていた。

「こんなに長い階段なんて……誰かの罠でしょうか?」

「あーっ!!苛々する!」

長く続く螺旋階段の彼方に、一筋の光が差し込んだ。それは、階段から廊下にかけて配置してある照明の光だった。

階段を昇った二人は地面に足をついて歩いた。廊下の奥に大きな扉を見つけて扉を開く。

鈍い音がしてゆっくりと扉が開かれる。そこは蒼流空間よりも広い空間だった。

「ここではないみたいですね」

「奥に階段がある!行こう」

レイナは階段を指差し、階段に近づこうとする。しかし、カリルがレイナの前に立ってそれを止めた。

「プラズマアースッ!」

カリルが階段に向けて魔法を撃った。

両手から生まれた電流の波は、階段の手前で壁のようなものにぶつかり、音を立てて消えてしまう。

「結界!?」

カリルの後ろでレイナが驚いた。

「出て来たらどうなんですか!!」

カリルは辺りを見回して叫んだ。

すると、突然、二人の前にラグマが姿を現した。

「あの時の有翼人か。これ以上、我々の邪魔をしないで欲しい」

ラグマは表情を変えずに二人を見下した。立っているだけなのに、首を絞められているような衝動が襲ってくる。

頬に伝う汗を隠し、カリルは叫んだ。その後ろでレイナが俯いて何かを呟いている。

「貴方と話し合いで解決しようとは思っていませんよ」

いつの間にか、三人のいる空間が冷えていた。それを察知するよりも早く、レイナの魔法が完成した。

「メガダスト!!」

両手から生まれた青い弾を、ラグマに向けて投げつけた。弾は冷気を包んで、ラグマの前で弾けた。

ラグマの前で視界を遮るように吹雪が巻き起こる。

一瞬、レイナとカリルの後ろで何かぶつかる音が聞こえたが、二人は察知しただけで動じる事は無かった。

吹雪で見えにくいが、二人の周りには結界が張られていた。

「何…?」

「偽物で僕達を引きつけて、後ろから攻撃する…」

カリルは後ろに立っているであろうラグマに向かって、口角を上げて笑った。

その時、結界の形が変わり、槍のようなものが幾つも現れて突き出した。

レイナが次の魔法を作りだす。

「ウインドスピアーッ!」

結界から突き出した風の刺は、背後に立つラグマの身体まで伸びる。ラグマはそれを避けようとしたが手に傷を負ってしまう。

「ティムの仇…絶対に許さない!」

結界は消えて、二人は振り返った。レイナとカリルは、怒りを抑えることができなかった。

「妹の敵討ちか…。もう一度だけ言う。これ以上、我々の邪魔をしないで欲しい」

ラグマの姿と声から、怒りでも悲しみでも無いオーラが漂う。

「僕は貴方も恨んでいるんです」

ラグマに怯む事無くカリルは睨み返す。

カリルを蔑んだラグマは、小さく溜息を吐いた。

「愚かな。…ラトメテオ!」

ラグマが右手を上にかざすと、天井から炎に包まれた隕石のような岩が降ってくる。

『!!』

二人は驚いた。

扱うのも困難な高等魔術を、ラグマは呪文を唱えずに発動していた。

攻撃に耐えようと結界を張ろうとするが、ラグマの魔法によって結界は破壊され、二人は隕石に押し潰されてしまう。

灼熱の炎に、声を上げる事も出来ない。

「赤き神々よ…」

かざしていた手を下ろし何かを呟くと、地面から幾つもの炎が巻き起こる。

空間が紅く染まり炎に包まれた。

やがて、炎と煙が消えていくと、結界を張った二人が傷だらけで立っていた。

肌は黒ずみ、カリルの翼も黒く焦げていた。レイナの両足は震えている。

「まだ立っているか…。しかし、ロティル様が手を下す前に私が殺してやろう」

呼吸を整えるレイナは、カリルにそっと近づいて呟いた。

「カリル…ごめん、少しの間…あいつを、引きつけて…くれる?」

「…何か考えがあるんですね…。分かりました」

レイナの顔を見て小さく頷いたカリルは、ラグマに向かって魔法を放った。

その間に、レイナは腕輪を外した。左手で握り右手は腕輪に添える。

腕輪の回りから紅い光が輝き出した。

一方、カリルは、ラグマと魔法の撃ち合いを続けている。しかし、身体や翼に傷を負っているカリルは、ラグマの魔法を受けて倒れ込んだ。苦しむカリルに近づいて見下すラグマは笑っている。

「あの時の有翼人が生き残っていたとは…」

ラグマの右手から魔法球が生まれる。

ラグマとカリルの距離は近くはなかったが、カリルは動く事さえ必死だった。

緊迫した空気が流れる。

「カリル!強力な結界を張って!」

額から噴き出す汗を気にせず、レイナが叫んだ。カリルは何か察知して、意識を集中させて自分の周りに結界を張った。

「無駄な事を。…喰らえ!」

ラグマは右手に輝く魔法球をレイナに向けて撃った。

レイナは腕輪を握ったまま、詠唱を続けている。

「光は闇に葬られ、闇は光を包み込む。…紅き光は全てを包み込む…!」

腕輪にはめられている宝石が、黒く光った。

「ダークフレアーッ!!」

腕輪が紅く光り、炎と光がラグマに向かって放たれた。

ラグマも魔法を放つ。

レイナとラグマの魔法が激しくぶつかり合う。しかし、ラグマの魔法はレイナの魔法に押されて消えてしまう。

ラグマを飲み込んだまま、壁にぶつかり大きな穴が開いた。

「ロ…ティルさ……ま…」

壁が崩れてラグマは瓦礫に飲み込まれてしまう。瓦礫の山が動くことはなかった。

階段の前にあった壁はゆっくりと消えていく。

カリルが警戒しつつ結界を解いてレイナを見ると、レイナはその場に倒れていた。

「レイナ!?」

カリルは乱れた呼吸を整えるレイナの上半身を起こして、抱きかかえた。

「大丈夫…。さ、早く…ロティルを、探そ、う…」

今までの魔法の消費と、戦いで負った傷から疲労と痛みが積み重なっているように見えた。

城に来てから緊迫してした様子のカリルが、レイナの前で悲しい表情を見せる。

「駄目です!!さっきから魔法の使い過ぎで体力も魔力も消耗しているはずです……。動かないで…」

カリルはレイナの上半身を抱えながら、呪文を唱えた。淡い光がレイナを包み、身体や顔の傷が瞬時に塞がっていく。

「立てますか?」

「うん…ありがとう。さ、行こう」

カリルは自分自身にも魔法を施して傷を癒す。

疲労や痛みが全て消えたわけじゃない。けど、立ち止まれない。

二人は階段を昇っていった。


二人は再び長く続く階段を飛行呪文で昇っている。しかし、廊下や扉は見当たらず、無限に続く階段に違和感を覚えていた。

二人は並行して飛翔していたが、レイナの速度は落ちていた。カリルはレイナの後ろに回り、レイナを支える。

「大丈夫ですか?」

「……うん。なんとか大丈夫…」

答えるまで何か躊躇っている。

疲れが抜けていないのはカリルも同じだった。

「すみません…」

何かを考えたカリルは、レイナの身体を抱きかかえて、飛行速度を速める。

「えっ?!カ、カリル?」

レイナは頬を赤らめた。カリルは真剣な眼差しで階段の先を見つめた。

少しだけ耳が赤くなっている。

やがて長い階段を昇りきると、広い廊下が見えた。廊下の壁の明かりは点いている。

まるで、誰かが通る事を知っているようだった。

カリルとレイナは魔法を解いて、レイナを降ろした。

廊下を歩くと直ぐに扉が視界に入ったが、扉を開ける前から今までとは違う気配が漂っていた。

「この奥にロティルがいる…」

扉に飾られた赤い宝玉を見つめてから、扉を開いた。


そこは先ほどの部屋よりも広く、清潔感があった。

扉から直線状に敷き詰めた赤い絨毯、その先には誰かが足を組んで座っている。

その前に誰かが立っていた。

『!!?』

二人は言葉を失った。

二人の目の前には、レイナと全く同じ人物が立っていた。

髪の色、顔立ち、着ている服まで全てがレイナと一緒だった。

「ようこそ」

レイナと全く同じ人物の影から何かが動く。

白のローブに長い黒髪、顔は前髪で隠れているが、微笑んでいた。

「おや?精竜士の姿が見えないな」

玉座には男性が腕を組んで座っている。

「貴方がロティルね!?」

「レイナが二人…?」

レイナはそっくりな形をした自分と向かい合い、戸惑っている。

「あれはお前だ。最も…本人は気づいていないようだな。さて…、先ずは一人でこれと戦ってもらおうか?」

「………え?」

ロティルの言葉に理解出来ず、レイナは小さく呟いた。

カリルは、最初はレイナと偽物を交互に見ていたが、今はロティルを睨みつけて、今にも呪文を唱えそうな勢いだった

「お前達が竜族や魔族を倒したなんて、信じられなくてね…」

「フリーズランス!!」

ロティルを声を遮って、レイナの魔法が発動した。

レイナの両手から、無数の氷の矢が飛び出してロティルを狙う。

氷の矢がレイナの偽物をすり抜けようとした瞬間、レイナの偽物は無言で炎の槍を生み出した。

「!!」

炎の槍は次々に氷の矢を溶かしてしまう。

「レイナは火系魔法を使えないのに!?」

普段からレイナを見ているカリルは、偽物が火の魔法を使ったことに驚いていた。

「やってやろうじゃない!…ボルトアース!!」

氷の矢を溶かした間も無く、レイナは次の魔法を発動させた。

雷の塊が、レイナの偽物に降りかかる。

しかし、偽物が右手を天井に上げると、風の結界が生まれ、雷を弾いた。

「はぁぁ…はぁ………ぁ……」

額に汗を流し、激しい息切れと共に、レイナはその場に膝をついた。

カリルが何かを叫んでいるが、何を言っているか聞こえない。

「………………」

偽物は少しずつレイナに近づいていく。左手には赤い光球が作り出された。

その時、レイナを中心に魔法陣が床全体に広がる。

レイナが禁じられた言葉を発動させた。

「クエイクハウトーーッ!!」

「!!」

床に描かれた魔法陣が黒く光り、偽物を包むと瞬時に塵と化した。

レイナは顔を上げると血を吐いて倒れてしまう。

「レイナッ!」

カリルはレイナに駆け寄って、脈を確かめる。

気を失っているだけで、脈は動いている。

カリルは胸を撫で下ろして何かを唱えると、レイナの周りに防御壁を作った。

「なんだ…この程度か」

ロティルは呆れ返り、玉座から立ち上がった。意識を失ったレイナの前に立ったカリルはロティルを睨みつけた。

「レイナには触れさせない」

「無能な有翼人が殺されに来たか…。貴様もあいつの後を追うんだな」

ロティルは、瞬時に作り出した魔法の弾をカリルに向かって撃った。それに対して、カリルは何かを呟いていた。目の前に壁のように魔法陣が描かれ、ロティルの攻撃に耐えようとした。

次々に魔法を作り出して、カリルの作った魔法陣を壊そうとする。

「やはり無知だな」

空いている片方の手で別の魔法を作ると、カリルに向けて放った。弧を描いた魔法球はカリルの魔法陣を破り、カリルの身体に直撃する。

「ぐあああぁぁぁぁーーーっ!!」

カリルはそのまま後方の壁に吹き飛ばされてしまう。衝撃で壁にひびが入り、カリルは床に座り込む形で落ちていった。

カリルは鉛のように重く感じる身体を起こして立ち上がった。額から血を流し、打撲や擦り傷で衣服やマントは汚れている。

「…ぁ…はあ……彼女だけは守り抜く!」

カリルは間合いを取りながら、ロティルの攻撃をかわし、ロティルは接近しつつ魔法を放つ。

「一体何が目的なんだ!?何を企んでいる?!」

この城に来てからカリルは変わっていた。

「………」

「何故、レイナに関わる?!」

「死ぬ間際に教えてやろう…。力だ。あの力は我々にとって邪魔な存在でしか無い」

ロティルは右手を前に掲げて、魔法を放つ体制をとった。

「さあ、終わりだ…」

「そうですか…。けど、僕は相手の話を聞いてるほど甘くないんです!」

カリルは両手で印を結ぶと、ロティルの真下に幾つもの青白い光が浮かび上がり、魔法陣を描いていく。

「…神は言った。全ては滅びるもの…全ては無に帰すものと……ルーイーーン!!」

両手を重ねて前に突き出すと、魔法陣から炎が吹き上がり、ロティルを激しく包み込んだ。

轟音が響く。

「流石は印術を得意とする有翼人…この高等魔術を扱うとは…」

炎の中からロティルの声が響いた。紅蓮の炎が歪み、衝撃波のようなものが炎を掻き消してしまう。

傷口から血が流れ、火傷も負っているが、呼吸一つ乱れていなかった。

「駄目か…」

カリルは平静を装っているが、魔力の消費で呼吸は乱れていた。

「これで終わりか?」

突然、カリルの目の前にロティルが現れ、視界に入った。カリルがそれに気づくよりも早く、魔法を生み出してカリルに放った。

「な………っ!?」

不意を突かれたカリルは体勢を崩してしまう。

ロティルの赤い瞳がカリルを睨む。

「死ね」

「リヴァイアーーッ!」

『!!!』

その時、どこから現れた水の蛇が宙を舞い、ロティルの身体を締めつけた。

「これは…」

二人の目の前に傷だらけのマーリが姿を見せた。マーリは瞬時にカリルの近くに移動する。

「待たせたな。…レイナ、やっぱり限界が来てたんだな」

マーリは後ろに倒れているレイナを見てからカリルを見た。

「精竜士、見ての通りだ。貴様では何も出来ない」

ロティルは力を加えると、きつく締めつけている水の蛇を掻き消した。

「俺はどんな事があっても…お前を許さねぇ!!」

マーリの後ろに大きな魔法陣が浮かび上がり、青く光った。再び水の蛇が現れて、ロティルに向かって突き進む。

「リヴァイアーッ!!」

「同じ手は通用しない」

ロティルは小さく呟き、自分に襲いかかる水の蛇を消そうとする。

マーリがにやりと笑う。

「ブレイクー!」

ロティルの目の前で、一匹の水の蛇が八匹に分裂した。七匹はロティルに襲いかかり、残りの一匹はレイナの体内に入り溶け込んでいった。

それまで意識を失っていたレイナが、意識を取り戻した。

「レイナ…!?」

「カリル……?マーリ…?」

マーリの攻撃を防いでいたロティルは、意識を取り戻したレイナに驚いて視線を移した。集中力が途絶えたせいか、七匹の蛇に飲み込まれてしまう。

七匹の蛇をかき消して、ロティルはマーリを睨んで威圧した。

「不思議か?確かにお前らに、俺の能力は言ってなかったはずだ。この城に来てから、レイナはかなりの魔力を消耗してる…いつ死んでもおかしくない」

「そうか…魔力を与えたという事が。だが、それでもレイナと有翼人は瀕死状態…貴様一人では私に勝てぬぞ」

マーリの言葉を理解しただけで、動揺せず傲慢な笑みを見せる。

それにつられるようにマーリも笑った。

「ああ、俺一人ではお前に勝てない。けど…俺の力を分け与えたのがレイナ一人だと思ったか?」

マーリの言葉で察知したか、ロティルは不愉快な顔で舌打ちをする。

「カリル、お前も動けるだろう?」

マーリは後ろを振り返ると、カリルの傷は癒え、鉛のような怠さはなくなっていた。レイナも立ち上がり、カリルとマーリに近づいた。

「ロティル!あれは一体何なの!?」

レイナは自分と酷似していた偽物について疑問を投げかける。

「フフフ…あれは、お前に近い人物の細胞だ」

「…ティムのことね!!」

レイナは呪文を唱えると両手から魔法が生まれる。風の塊を地面に叩きつけた。

「ウインドボムッ!」

「リクトッ!」

レイナの魔法と同時に、カリルの魔法も完成した。ロティルの真下に魔法陣が描かれる。

レイナの放った風の塊は、地面に消えていくとロティルの真下に現れて爆発した。さらに魔法陣が輝くと、まばゆい光がロティルを包む。

風と光が混ざり合い、白い光が消えかけるその時、マーリの攻撃が続く。

「アクアブレス!!」

マーリの目の前に魔法陣が浮かびあがり、幾つもの水の泡が螺旋を描く。

全てが混ざり爆発した。

霧の中を見つめた瞬間、隣に立っていたマーリが倒れようとしていた。

マーリの後ろを見ると、身体を濡らし、傷を負ったロティルがマーリに向けて魔法を放っていた。

『マーリ!!』

目の前の白い光が引いていくと、そこにロティルはいなかった。

「後二人…」

「いいや、偽物だ!」

倒れているマーリを見ると、形が崩れて水に変わっていく。

ロティルの後ろで、マーリが魔法を放つとロティルもその場から消えてしまった。

「うわああぁぁぁぁぁぁーーーっ!!!」

レイナが咄嗟に声が聞こえた方を振り向いた。

横に居たはずのカリルが、口から血を流して倒れている。

ロティルが瞬間に移動して、カリルの背後から魔法を撃っていた。

「カリルーーッ!!!」

「精竜士の考えは浅知恵だな」

マーリが走りながら、呪文を唱えた。空間の空気が冷えて、マーリの両手には氷の塊が作り出されている。

それをかわす事無く、ロティルは片手を前に突き出した。

片手から炎の塊が生まれ、接近しているマーリを包む。

「ぐああああぁぁっっっ!!」

マーリの作った魔法は打ち消され、マーリは全身に火傷を負って倒れてしまう。

「マーリッ!!」

「これで終わりだ!」

直線状に立つレイナを冷酷な瞳で睨みつける。赤い瞳が笑っていた。

ロティルは片手を前に掲げて、何かを呟く。

怪しく光る巨大な塊が宙に浮かび、ロティルが手を降ろすと、光の塊が放たれた。

光から奇怪な音が聞こえ、レイナに近づいていく。

「(誰か……助けてっ!)」

魔力の消費で身体が動かない。光の塊がどんどん迫ってくる。

レイナは心の中で叫び、諦めたように瞳を閉じた。


一秒がこれほど長く感じるのか。


瞳を閉じても何も起こらない。

魔法を受けていない。痛みも感じない。

レイナは恐る恐る目を開いた。

眩しい光を堪えながらゆっくりと開いていくと、レイナの目の前には、いつか見た女性が結界を張って立っていた。

闇の精霊シェイドの魔法に陥った時に会った女性だった。

「あ、貴女はあの時の……!?」

レイナとロティルの間に立つようにして、女性はそこにいた。

ロティルも女性を見て、信じられないものを見るような顔で驚いている。

「久しぶりね」

女性の瞳は前髪で隠れて見えにくいが、とても優しい表情だった。

女性が作ったと思われる結界が解かれ、ロティルの放った魔法は既に消えて無くなっていた。

「ユルディス……!?」

ユルディスと呼ばれた女性は悲しい顔でロティルを見つめる。

「もう会わないとは思っていたけれど…」

ロティルを見つめながら、背後にいるレイナに呟いた。

「私も協力します…もう一度、あの魔法を使いなさい」

「でも……っ!これ以上力が…」

レイナは即座に否定をした。

禁呪を使ったことのあるレイナは分かっていた。体力と魔力の消費が大きい。次に禁呪を使ったら吐血だけでは済まないだろう。

「大丈夫…私がついています」

何度も禁呪を使う事は死に繋がる恐れがある。

しかし、ユルディスの言葉を聞いて、不思議と安心感が込み上げてくる。

レイナは立ち上がり、ユルディスと並んだ。

「…古の鎖を解き放たれし孤独の王…」

「古の鎖を解き放たれし孤独の王…」

レイナとユルディスは両手を前に突き出して、ユルディスに続いて呪文を唱え始める。

二人の声が重なる。

「闇より目覚めし聖なる輝き、今、汝の力により…ここに示せ……」

二人の手の平から巨大な光が生まれる。

ロティルは何かを感じると、顔を歪ませて呪文を詠唱した。

「二人まとめて葬ってやる!!」

ロティルの両手から魔法が生まれ、二人に向かって放つ。

その間に、二人の魔法が完成した。

『アースクエーーイクッ!!』

二人の放った光の魔法球は激しく光り、ロティルに向かう。

ロティルの魔法を掻き消してロティルを飲み込んだ。光の魔法珠はそのまま壁に衝突して壁を貫いた。

突然、ドンという激しい音が聞こえて城が激しく揺れ始め、上から瓦礫や土砂が降ってくる。

「城が崩れる!?」

地面が揺れて、レイナの膝が震えた。

「ユルディスさん、早く逃げましょう!!」

しかし、レイナの言葉にユルディスは首を横に振る。

「いいえ、私が魔法で貴女達を移動させます」

「でも…」

穴があいた壁の回りから崩れ、床は所々抜け落ちていく。揺れが強くなっている。

「私は一度死んだもの……もう戻らなくてはいけません」

「…え??」

逃げなきゃいけない。そう思いながら、ユルディスの言葉に耳を疑った。

ユルディスが何か聞き取りにくい音を発すると、三人の周りが白く光り出した。

マーリ、カリルはどこかに消えていく。

ユルディスはレイナを見つめる。

「もう二度と会う事は無いと思います」

すると、ユルディスは白く光りだしたレイナを抱きしめた。咄嗟の出来事で、レイナは驚いて何も出来なかった。

「こうして、大きくなった貴女を抱きしめる事が出来るなんて……」

ユルディスの声が微かに震えている。

やがて、レイナの身体を離したユルディスは、にっこりと微笑んだ。

レイナの足元から徐々に消えかけていく。

「さようなら…私の可愛い娘…レイナ…」

「……え!?」

レイナが気づいた時には、ユルディスの姿は見えなかった。



幻精郷の丘に爽やかな風が吹く。

傷だらけの三人は、身体を広げるように倒れていた。

風に吹かれて、レイナの意識が戻る。身体を動かさずに、首だけを動かして辺りを見回した。

「ここは……幻精郷……?あっ……私、生きてる」

レイナは瞳を閉じて、先程の出来事を思い返した。


「さようなら…私の可愛い娘…レイナ…」


その時のユルディスの表情は、大切な人を見るような穏やかな顔をしていた。

レイナは瞳を開いた。

「(…ユルディスさんが私の…お、お母さんだったなんて…)」

レイナの思考は、隣から聞こえる声によって現実に戻される。

「レイナ」

上半身を起こして、声が聞こえた方を見た。

レイナの横にはカリルとマーリが横たわっていた。

ほっとしたのか、三人は互いに目を合わせて笑った。

「カリル、マーリ…終わったね」

「ええ、僕の願いも叶いました」

カリルは起き上がり、片方の翼を広げて空を見つめた。

「結局…ロティルの計画は何だったんだろうな」

マーリも立ち上がり、城があったと思われる方角を見ていた。

ふと、マーリは視線を戻して二人に問いかける。

「なあ、お前らはこれからどうするんだ?俺は、自分の城に戻ってのんびり過ごすが…」

「僕は…ここに残ります」

カリルは苦笑してから、レイナを見つめた。レイナも立ち上がって二人の顔を見る。

「…私は、また旅をしようかな」

自分で言った言葉に、レイナの表情が曇り始めた。

それは、三人がもう会えないということだった。

「皆、離れ離れになるね…」

「別に二度と会えない訳じゃないだろ?」

マーリは覗き込むようにレイナの顔を見て、小さく頭を小突いた。

「会おうと思えば会えますよ」

二人の笑顔を見て安心したレイナは顔を上げて微笑んだ。

「また…いつか会おうね」

「ええ」

「俺の城に来たら持てなしてやるよ」

三人は背を向けて、それぞれ違う方角へ歩き出す。

幻精郷に穏やかな風が吹いた。










『いつか………きっと…』

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