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WONDER WORLD  作者: こと
3/8

第三章 ドラゴンバトル

アンディルの街の東にそびえ立つリルーツ山脈。人が通る為の道はあるが、頻繁に使われていないせいか道はでこぼこになっていた。緩やかな坂道が続く山道を、レイナ達は歩いていた。

「はぁ…ま、まだ、か、な…」

登り始めてからずっと歩いていたせいか、レイナは大きな溜息を吐いた。

「もうすぐ山頂じゃないですか」

「旅をしているっていう割には体力が無いな」

レイナと反対に、カリルとスーマは疲れを見せていないようだった。

朝に街を発ち、今は日が西へと傾いていた。

「だって…登ってる間、何度魔物や盗賊に襲われてるか…」

「でも、盗賊はお前の顔を見るなり逃げ出す奴もいなかったか?」

「あ、あれは…、や…山に入った時から魔物を倒してるからだよ…きっと。気迫とか、そんな感じ?」

レイナは焦って、スーマから視線を反らす。

「口ごもるな、何か隠してるな?」

「か、隠してない!」

レイナとスーマは互いの顔を背けていたが、スーマの一言にレイナは立ち止まり振り返った。

「俺は剣術に詳しい訳じゃないが、腕は悪くないと思うぞ?違和感はあるがな」

「…そ、そう」

挑発されたと思っていたレイナは、またもスーマの一言できょとんとした。

「レイナもスーマの言葉に乗らないで。何か見えてきましたよ」

それまで、二人の後ろを歩いていたカリルは、レイナの肩に手を置くと、まっすぐ前を指した。

木々の間から、茜色の光が漏れている。

「本当だ」

何かを見つけたレイナは再び歩いていく。

「扱いに慣れてるな」

スーマは、レイナに聞こえないようにカリルに言って笑った。


山頂には、木々に囲まれている小さな村があった。

「え…?スイル洞窟じゃない?」

「日も傾いていますね。村の人に話を聞いてから宿を探しましょう」

村の入口から辺りを見回すと、端に他の家より一回り大きな家が目に入る。三人が歩いていると、ひそひそと声がスーマの耳に入る。

「おい、旅人だ…剣士か…?」

「…本当だ…可哀相に」

スーマは直接顔を見る事はしなかったが、村に住んでいると思われる二人は、顔を近づけて何かを呟いてこちらを見ていた。

「可哀相?」

足を止める事は無かったが、スーマは何か疑問を抱いていた。

スーマに気づかないまま、レイナは民家の戸を軽く叩く。少しして、中から出て来た人に案内されていた。

スーマもその後を追って中に入った。

家の中に案内された三人は、入ってすぐ目の前に置かれていた木製のテーブルに腰かけた。日が傾いて寒くなっているのに、暖炉のお陰で身体を冷やす事は無かった。

部屋の洗い場らしき場所から、一人の老人が四つの小さな陶器を持って現れる。老人は、それぞれに陶器を置くと、腰を曲げて空いている椅子に座った。

「こんな小さな村によく来てくれた。お嬢さんの言うように、この村の外れには、昔盗賊がすみかとしていた洞窟があるんじゃが……ああ、所で、お嬢さん達は剣は扱えるかのう?」

老人は陶器を持って、レイナに話し掛ける。陶器の中には温かい飲み物が並々と注がれていた。

「はい…一応三人とも使えますが…」

レイナは二人が頷いたのを見て、老人に答えた。突然、剣の話を持ち出され、僅かな疑問を抱く。

「実はその洞窟には、数年前から剣を使う盗賊が住み着いておって…誰も近づかなくなったんじゃ」

「……」

陶器を持ったまま考え込んだ。カリルとスーマも同じ考えを抱いていた。

温かい飲み物が陶器を伝って、少し冷えた手を暖める。

「この話は止めよう…山道を歩いて疲れたじゃろう、もうすぐ日も暮れる。宿があるからゆっくり休んでください」

老人は話を切り替え、村の自慢や農作物の話を始めた。


村の外れに、道とは言えない道があった。生い茂る草木を掻き分けると、さらに道が険しくなっている。

レイナ達は先に宿の手配を済ませ、先に洞窟を見に行こうと話し合っていた。

「先程、村の人達に聞きましたが、スイル洞窟にいる盗賊は幾つかの街から指名手配されているみたいです。そして、賞金稼ぎや旅人が退治しようと洞窟に向かうのですが、誰一人帰って来ないそうです」

「でも…そんな所に居るのが、竜の子孫なのかな…」

緩い斜面は無くなり、道の無い道を進んでいく。林を抜けたその場所には、ぽっかりと穴が開いた岩山があった。洞窟というには程遠かった。

日は沈みかけ、辺りは薄暗くなり始めている。

「ここが洞窟…?」

「嫌な気配を感じますね」

三人は警戒しながら中へと入っていく。岩山の中は、穴が広がり自然に通路となっていた。それが幾つも続いて単純な構造に思えたが、足元は薄暗く歩きにくい状態だった。

先に入ったレイナは、目を凝らして壁に手を当てながら辺りを確かめていた。

「……ファイア」

一番後ろを歩いていたカリルは、小さな声で呪文を唱えた。

カリルの手の回りには、魔法で作られた炎が現れ、辺りを明るくした。

「レイナ、これなら大丈夫でしょう」

「う、うん…」

レイナは後ろを振り返る事無く答えた。それから三人は奥に進んで行く。

通路に分かれ道は無く、足元を確かめながら歩いていた。途中で足元に何かがあることに気づいてレイナはつまづいてしまう。

「ん?何かある…。っと……ア・ライト!」

レイナが呪文を唱えると、右手から光が溢れて丸い形になる。その右手を足元に向けた。

「ひぃっ!!」

足元にある物を見た途端、思わず小さな悲鳴が漏れた。それを聞き付けた二人は駆け寄ってきた。

「どうかしましたか!?」

足元には、無残にも全身を切り刻まれた死体が転がっていた。

「酷いな。…ん?」

転がっている死体の上に、何かが見えた。スーマは薄暗い壁を見ようとする。

「おい、壁に何か無いか?」

カリルが炎の明かりを壁に近づけると、血で書かれたような文字で何か記してあった。

「…ヴィースに気をつけろ?」

「ヴィース?」

「何かの名前でしょうか?」

壁に書かれていた血文字を頭の隅に残したまま、三人は進んでいく。奥に進むと、道幅が広くなっていたが、切り刻まれた死体の数は増えていった。

「酷いな」

「いや…」

レイナは微かに怯えながら、カリルとスーマの間を歩いていた。ふと光が目に入り、光に気づくと、先頭を歩くスーマの後に続いた。

光りの先には、広い空間があった。その空間の奥に少年が何かに腰かけていた。少年の衣服や肩の甲冑は返り血で汚れていた。

少年が腰かけていたのは幾つもの倒れている人の山だった。

「お?見かけない顔だな?こいつらが噂の三人か」

目を閉じていた少年は、目を開けるとにやりと笑った。

「貴方がここに住み着いたという盗賊ですね?」

「盗賊?そんな小さなものじゃねえよ!俺は赤竜士ヴィースだ!」

少年はカリルの言葉に腹を立てたのか、足元の大きな岩を蹴り飛ばした。大きな岩は壁に叩きつけられて砕けてしまう。

『赤竜士?!』

ヴィースの言葉に、カリルとスーマは僅かに驚いたがレイナの反応は二人とは違っていた。

「ねえ、赤竜士って何?」

「…千五百年前にあった聖魔戦争は知っていますか?」

「うん…それなら古い書物で読んだ事がある」

落ち着いたのか、カリルは説明を始める。

目線をヴィースに向け、恐れるように話し出す。

「その聖魔戦争の時に…魔族の中でたった一人で他の種族を滅ぼしたのが…赤竜士ヴィースです…」

「へへへ…カッコイイだろう?」

冷や汗を流して睨みつけるカリルに対して、ヴィースは自慢げに笑っていた。

「その赤竜士がどうして…」

「それは、お前等を皆殺しにする為さ!!」

ヴィースは、いきなり鞘から剣を抜き出し両手で構えると、カリルに向かって素早く切りかかる。

「でやあぁぁーーーっ!!」

「!!」

カリルも腰に下げていたショートソードを抜いて、間一髪で剣を受け止めるが、力は明らかだったた。主に魔法を使用するカリルにはショートソードは護身用に近いものだった。

「ぐぅっ……」

剣を握る力は強くなり、ヴィースとカリルの顔が近づく。

「…お前…人間か?」

何かに気づいたヴィースはカリルにしか聞こえない小さな声で呟くと、犬歯を見せて笑った。

カリルは驚き、ぶつかり合う剣の反動で間合いを取った。体勢を整えようとするが、突然、呼吸が苦しくなり胸に痛みが走る。両足は震え片足を地面についた。

「カリル!!」

「そのバスターソード…魔剣ですね…」

「骸霧も知っているのか?これは人の生気を吸い取る力がある。それだけじゃないけどなっ!」

ヴィースはその場で勢い良く剣を振り下ろすと、鎌のような空気の刃がレイナを襲い、レイナの左肩から腹にかけて切り口ができて、一瞬にして鮮血が吹き出す。

「レイナー!」

その場に倒れ込んだレイナは、見る見るうちに顔が青ざめて呼吸が荒くなる。レイナを抱き抱えたスーマはヴィースを睨みつけた。

「ヴィース!!」

「別にこれで切りつけただけだ。…ああ、思い出した。骸霧には猛毒の効果もある。その女はもうすぐ死ぬだろうな!先に言っておくが、ちょっとした治癒呪文じゃ治らないぜ?」

ヴィースの言葉に、カリルは怒りを抑え切れない顔で睨みつけた。ヴィースはそれに動じる事無く平然としている。

「解毒薬なら持ってるが…俺を倒さないとな」

「…………」

「ただし、そっちは手を出すんじゃねえぞ!」

振り回していた剣の切っ先をスーマに向けると、剣を構え直した。

同じようにカリルは立ち上がり、ショートソードを持ち直した。

剣が交わり、金属の擦れ合う音が続く。

押し合いまた離れ、再び剣は交わる。

しかし、カリルの動きは鈍くなり、ヴィースは少しずつ確実にカリルに傷をつけた。

「どうした!どうした!?」

「………っ」

動く事さえままならないカリルの呼吸は荒くなる。力で押され、壁にぶつかり倒れ込んだ。

顔を上げ立ち上がろうとするが、カリルの首筋にはヴィースの剣先が光り、自由を無くす。

「こんなもんか…」

「はあ…はぁ……」

ヴィースが切り掛かろうとした瞬間、後ろから魔法が生まれた。

「フリーズダスト!!」

細かい氷の粒が風に乗って舞い、血の臭いで充満した空間を、凍える吹雪が包んだ。

ヴィースは僅かに驚いて後ろを振り返ると、スーマが間合いを読んで呪文を唱えていた。

「手を出すなって言っただろ!」

魔法で受けた傷に動じる事無く、ヴィースはスーマに向けて素早く剣を振り下ろした。

スーマは避けきれず、レイナと同じような衝撃で足元を奪われる。

「ぐっ……!」

「だから手を出すなって…さ……」

カリルに向かって、剣を振り下ろそうとしていたが、カリルはヴィースの剣先を払い、ショートソードを構えていた。

「よそ見は…駄目…ですよ?」

「…ああ、すっかり忘れてた」

ヴィースは持っていた剣をカリルの頭上の壁に突き刺すと、ゆっくりと後退る。

「はあぁぁぁーーーっ!」

ヴィースが吠えると、全身から炎のような蒸気が噴き出す。蒸気で姿が隠れる中、瞳は獣のような形に変わり、牙や翼も生えていく。

蒸気が消えると、カリルの目の前には自分より何倍も大きな竜が姿を現した。

「これが…本来の姿なのか…?」

巨大な竜を見上げ、カリルは驚いた。

何かに気づいて横を向くと、レイナを抱えたまま苦痛の顔で見つめるスーマと、目を閉じて動かないレイナがいた。

「(レイナの呼吸はある…早くしないと)」

「最初から、この姿でやれば良かったな」

ヴィースは呆れている様子で溜息を吐いた。

互いに睨み合いが続く。

「僕は、あまり時間をかけたくはありません」

「どっちにしても、皆殺しさ」

ヴィースは口を開けて炎を吐きだすと、カリルを燃やそうとする。しかし、カリルはショートソードを前にかかげて炎を防いでいた。

「俺の炎で溶けないなんて…その短剣、普通じゃねえな」

「いいえ、ごく普通の短剣ですよ」

「へぇー」

ヴィースは曖昧に呟くと、炎を吐くのを止め、右手でカリルを鷲掴みにする。

力が加わり、カリルは叫び声を上げる。

「これなら身動きとれないだろ」

「ぐあぁぁぁーーっっ!!!」

爪が身体に喰い込み血が流れ、骨の軋む音が聞こえる。

「くっ…」

「…ふふ」

カリルは苦痛に耐え、ヴィースを睨みつけると含み笑いをした。ヴィースは笑い声を止め、右手の力を強めた。

「何がおかしい?」

「…いえ、貴方がこれに気づかないなんて…」

カリルは人の言葉か何か聞き取り難い音を発すると、足元が白く光り出した。

「いつの間に?!」

「…空と大地の悪しき魂、白い炎、白き刃…今こそ還りし刻…」

足元に作られた魔法陣に怯んだのか、カリルを鷲掴みにしていたヴィースの力が緩む。

身体を動かし、ヴィースの手から両手を出したカリルは印を結び始める。

「ダンケルハイト…!」

印を結び言葉を発動させると、魔法陣から白い炎が立ち上がりヴィースを包む。

怯んだヴィースの手から身体をすり抜け、カリルは間一髪で魔法をかわしていた。

カリルの目の前に、白い炎が音を立てている。

「がああぁぁーーーっっ!!」

炎は竜の姿のヴィースを包み、炎の中で苦しみ暴れている。炎が消え始め、黒い煙が立ち籠める。

「はあぁ…ぁ…はぁ…お前…気に入った!名は…?」

煙の中から、人間の姿に戻ったヴィースが姿を見せる。火傷や傷で立っているのがやっとのようだった。

「カリル…カリル=ラーヴァス……」

カリルもまた立ち上がるのがやっとだった。

「カリル…か」

ヴィースは屈託の無い顔で笑うと、ヴィースの周りに赤い結界が張られ、何かを口ずさんでいる。

「我が名はヴィース、汝の名はカリル=ラーヴァス…今…死の契約により我の力を汝に託す…」

「この言葉は一体…」

「カリル!!奴を止めろー!」

カリルの横から、気を失っていた筈のスーマが力を振り絞り叫ぶ。

「スーマ?」

カリルとスーマの言葉に耳を傾けず、言葉は続く。

「…我の名は赤竜士ヴィース、全ての力を汝に託す」

言葉が終わると、ヴィースの身体は消えかかり、赤い気体のようなものがカリルの身体に入っていく。

カリルの左手首には黒いブレスレットがつけられていた。

「ブレスレット?」

カリルはブレスレットを見ると、レイナ達の存在に気づく。

動かない二人の呼吸を確かめ、カリルは治癒呪文を唱えた。

まだ息がある。

二人の身体が淡い光に包まれると、顔色は元に戻り、呼吸も整っていく。

二人が目を覚ますと、カリルはスーマに問いかける。

「スーマ…これはどういう事なんでしょうか…?」

「それは…」

言葉を詰まらせるスーマの声に、別の声が割り込んだ。スーマの身体から水色の気体が飛び出し、次第にマーリの姿に変わっていく。マーリの身体は透けていた。

「まだ説明していなかったんだ」

「…マ、マーリ?」

事情を知らないレイナとカリルはマーリの姿に驚いていた。スーマは何も言わずに俯いている。

「竜族は、生まれたと同時に『死の契約』というのを持っているんだ。竜族の力や能力は契約された相手に、稀にその力を記した形が人間世界で言う魔導書や書物になるらしい…勿論、俺も死の契約を行った」

マーリは淡々と話しだす。レイナとカリルは言葉を失い視線を反らす。

「『死の契約』を持つのは竜族だけじゃない。それに…俺は自分より強い奴と戦う事が出来たから、辛くはない」

マーリは、ふとレイナの顔を見た。レイナは、今にも泣き出しそうな悲しい顔をしている。

「なんで…なんで?契約なんて必要ないじゃない…っ!」

「泣くな。契約を行うかどうかは自由だが、竜族の運命だと思っている」

レイナの表情に、マーリの表情が変わる。

「でも…運命だからって…」

泣くのを堪えてマーリを見つめた。マーリは初めて会った時とは想像できないような表情で優しく微笑む。

「これで良いんだな?俺は姿を隠すから…」

スーマに向かって呟くと、姿は再び水色の気体に変わり、スーマの身体に消えていく。

岩山の空間は静寂に包まれる。どのくらい時間が立っているか分からなかったが、三人は明らかに疲れていた。

「村に戻りましょうか」

「えーーっ!あの道を通るの?」

涙をぬぐったレイナは無残な死体の転がった道を思い出して表情が曇る。

「それ以外に方法は無いだろう」

三人は来た道を戻っていく。カリルは後ろを振り返り、死体を見つめると胸の前で十字を切り、手を組み合せる。

「彷徨う魂よ…永遠の眠りを」

壁に刺さっていた剣は既に消えていた。

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