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WONDER WORLD  作者: こと
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第一章 闇からの訪問者

太陽は高い位置を指し、木々の隙間から暖かい光りが降りそそぐ。

静かな森の中、一人の少女は魔物と向かい合っていた。

色素の薄い青い髪と瞳の少女は、動きやすく出来ている黒い服と、肩の部分のみプレートで作られているマントを身につけていて剣士のようにも見える。

魔物は少女よりやや小さく、人のような形をしている。発達していないせいか指が四本しかない。ゴブリンだ。

ゴブリンは叫び、少女に襲い掛かる。

「でやぁぁぁぁぁぁーっっ!」

少女は腰に携えてた剣を素早く抜き、ゴブリンの右肩から腰にかけて大きく剣を振り下ろす。ゴブリンは小さなうめき声を漏らし後方に倒れ気絶する。ゴブリンが動かない事を確認すると、溜息を吐き、それから、後ろで見守っていた少年に手を振る。

「行きますか?」

「うん」

少女は少年に笑顔で答えた。


ー私はレイナ=ドルティーネ、最高の魔法を得る為に旅をしている魔剣士ってとこかな。横に居るこの人は、カリル。魔導師なんだけど…不思議な人なんだー。


「うーん…もう少しなんだけどなあ…」

レイナは歩きながら、地図を広げ首を傾げる。

「この辺りでアンディルの街に着いてもいい頃なんだけど…」

「なら、僕が見てきましょう」

薄い紫の長い髪、紫の瞳を持つカリルは微笑んだ。右頬に古い傷痕が見える。

カリルはその場に立ち止まり、目を閉じる。カリルの周りに風が集まり、地面に魔法陣が浮かび上がる。

「風の精霊シルフよ、汝の力を持ち、風を起こせ…ウイング」

言葉を発動させると、周りに集まっていた風が丸く包みこみ、空を舞う。

少し経つと、レイナの元に降りてくる。

「木々に覆われて分かりにくいですが、この先に街が見えます」

「分かった」

レイナは地図を丸めて、森の中を歩いていく。木の上から、その様子を眺める男性が居た。

男性は懐かしさを含んだ表情で微笑する。

「レイナ…見つけた」


アンディルの街。

あまり大きい街では無いが、昼時のせいか広場は旅人や行商人で賑わっている。レイナは見慣れない風景に、嬉しそうに辺りを見回す。

「ここがアンディル…随分と賑わっているんだね」

「はい、露店が幾つも並んでいますね。……?!」

カリルは辺りを見回した後、誰かの気配に気付く。踵を返すと、街の入口とは反対の方向へ走って行ってしまう。

「僕は何か情報がないか聞いてきます。夕刻またここで…」

「ち、ちょっと!」


街から離れた雑木林。

カリルは気配を辿りながら、慎重に歩いていく。

カリルの後ろから声が聞こえる。

「よく気付いたな」

振り返ると、太い木に寄りかかる青年が居た。

背は高く、金の髪に僅かに黒が見える。黒く動きやすい服に身を包んでいる。

「勘ですよ」

カリルは青年を見ながら、皮肉混じりに答える。何か嫌は予感がする。

「少しの間、俺と一緒に来てもらえないか?」

「嫌だと言ったら?」

二人は強気の笑みを浮かべながら、お互いを探っている。

「その時は無理矢理連れていく」

「……」

強い風が吹いて木の葉がひらひらと舞い落ちる。

青年は両手を前に出し、何かを呟く。

「我が守護精シェイドよ…我と汝の力を導き、その力を示せ……ダークウィップ!!」

青年の両手に、青黒い光球が生み出される。青黒い光球は稲光に変わり、カリルに襲いかかる。

カリルは瞬時に驚くが、直ぐに稲光を交わす。

「(あれは…闇魔法?)」

「交わしたか」

青年は消えたかと思うと、瞬時にカリルの懐に入りみぞおちを殴る。

「ぐっっ!!」

腹部に痛みを感じると同時に前方に倒れ、気を失ったカリルを抱き抱える。

「お前は…あいつを誘いだす囮だ」

不敵な笑みを浮かべ、一瞬にして消えてしまう。


日は西に沈み、広場に賑わっていた露店も畳み始めている。噴水の前でレイナが待っている。

「…遅い、遅過ぎる」

レイナは辺りを見回し、カリルの姿を探す。すると一人の青年が、噴水に近付いて来る。

擦れ違う瞬間、青年が口を開く。

「お前の仲間は来ない」

「な…」

突然の事に驚き、慌てて後ろを振り返るが、そこには青年の姿は無かった。

「……何だったの」

残されたレイナはただ、呆然と立っているだけだった。


夜も深まり、酒場は人の笑いや歌声が聞こえてくる。

酒場と宿屋は隣接していて、その建物の二階客室の一部屋でレイナはベッドに潜ったまま眠れずにいた。

「あの時の言葉は何だったんだろう…カリルも部屋に居ないみたいだし。まあ、明日になれば戻ってくるはず」

そう自分に言い聞かせて、目を閉じる。

「レイナ!」

突然聞こえた声に驚き、慌てて身体を起こす。振り向くと、窓の手すりには夕方見掛けた青年が座っていた。

「仲間を返して欲しかったら、夜明けまでに街外れの廃屋に来い」

青年は言い終わる前に、手すりに手をかけて外へ出ていく。呆気に取られていたレイナが窓に近付き見下ろすが、既に青年の姿は見当たらない。

「カリル…こうしちゃいられない!」

備えつけの衣服を脱ぎ、身支度を始める。レイナは小さく呪文を唱えた。

「風の精霊シルフよ…汝の力を持ち、風を起こせ…ウイング!」

魔力によって空を舞う魔法で浮かび、窓から街外れの廃屋へ向かう。

「どうしてカリルが…」

カリルが狙われる原因が分からず、レイナの不安は増していく。


街外れの林の中に廃屋はある。使われていない寺院のような廃屋の扉は、鍵が壊れ開いていた。

レイナは魔法を解いて、中へ入っていく。

明かりがともされた廊下を歩いていると、大きな扉が目についた。レイナが手を触れるより先に、音を立てて扉は開く。

広いホールは廊下よりも明るく、長椅子と玉座が置いてあった。元は礼拝堂か何かだったのだろう。

レイナの視界に映ったのは、玉座に足を組んで座っている青年よりも、玉座の上に鎖のような物で吊されているカリルだった。

「随分と早かったな」

青年は、昼間とは違い冷酷な瞳でレイナを見つめる。まるで何かに操られているようだった。

「何の為にこんな事をしたの?」

「ただ、お前の力量を見極めたいだけだ」

「それだけの為に。…分かった」

レイナはカリルを見た後、青年を見つめて溜息を吐く。

胸の前で両手を合わせ、手を広げていくと青い光が冷気を帯びていく。

「水の精霊ディーネよ、悪となり聖となる氷河…その力を聖とし氷のつぶてと化せ……ダイナストダストッ!」

両手の間に氷の粒と光が冷気を巻いた球になり、青年に向けて放たれた。

青年は避ける事も無く、余裕の笑みを浮かべている。

冷気の球は勢いを増して、青年の前で爆発を起こす。霧が晴れて見えたのは、氷漬けにされた青年だった。

様子を見ながら、レイナはにやりと笑う。

しかし、鈍い大きな音が聞こえると、氷は音を立てて崩れて周辺に落ちていく。

「嘘…」

「くっくっくっ……どうした?」

青年は何事も無かったかのように玉座から立ち上がり、一歩一歩とレイナに近付く。

レイナは口唇を噛み、再び呪文を唱える。

「なら……風の精霊シルフよ、汝の力を変え渦と化せ…タイフーングレイヴッ!」

レイナの周りに、幾つもの竜巻が現れ激しく巻き起こる。

床は僅かに壊れ、放たれた竜巻は青年を包み込む。

「今度こそ」

しかし、竜巻の中から叫び声は聞こえず、青年の人影が微動だにせず残っている。竜巻の轟音よりも青年の声が響く。

「風の精霊シルフよ、汝の力を刃と化し力を示せ…グレイヴ!!」

青年を包む竜巻をかき消して魔法は発動する。黒い竜巻と風の刃がレイナを襲う。

レイナは避けようとするが、あまりの速さに避ける事が出来なかった。

「きゃぁぁぁぁーーっっ!!!」

黒い竜巻が消えると、そこには傷を負って倒れたレイナが居た。

レイナは立ち上がるが足元がおぼつかない。呼吸は荒く、血は止まらなかった。

「面白くない…」

青年が指を鳴らすと、それまで気を失っていたカリルが目を覚ます。最初は何が起きているか分からなかったが、ゆっくりと自分の状況を理解していく。

「レイナ!」

「我が守護精シェイドよ、在る可きものの心の影…その心…その姿を映せ…」

カリルの声は青年の詠唱に重なり、レイナの耳には届かなかった。

青年が呪文を唱えると、青年の周りに黒い霧が立ち籠める。

「…イリュージョン」

黒い霧は青く光り、レイナを包んでいく。レイナが霧を払おうとすると、霧の中から誰かが姿を見せる。

「何…これ」

「ぇ……ねぇ……」

レイナは目を凝らして、姿を確かめる。

「誰…?……あ…」

言いかけようとしたが次第に声が掠れる。目の前に立つ人物を見て、顔は見る見るうちに青ざめていく。

「ねぇ、こっちに来て。淋しいよ…」

顔は見えないが、レイナにとって聞き慣れた少女の声は、レイナの記憶を呼び起こし始めた。

少女はレイナに手を差し延べるが、レイナは言葉にする事も出来ず、怯えた瞳で首を横に振る。

「苦しい…助けて……ねぇ…裏切るの…?」

少女の瞳がレイナに訴えかける。少女の顔が歪んでいく。

レイナは少女の存在を恐れ、彼女の歩みに合わせて後ろに下がる。

言葉が出てこない。

怖い。

「裏切り者」

「い…いやぁぁあぁぁぁーーっっ!!!!!」

室内にレイナの悲鳴が響く。立ち尽くして泣き叫んだレイナの身体は、徐々に水晶に包まれ石と化していく。

霧は晴れて見えたのは、物言わぬレイナの像だった。

「レ…レイナ?レイナーーッ!」

何が起こったか見えていなかったカリルは、その姿を見て怒りとも悲しみとも言えない声で叫んだ。

「ヤハリコノ程度デアッタカ…ナラモウ、コノ身体ハ必要ナイナ…」

突然、青年の周りに黒い霧が噴き出し、背中から何かが現れる。


暗く何も無い広い空間。

そこに地面があるかも分からない場所で、レイナは横たわっていた。

「ん…ここは…どこ?」

ゆっくりと意識を取り戻し、起き上がろうとする。

「ナ…レイナ…」

何度も自分を呼ぶ声がする。声を聞いて振り返ると、はっきりと見る事は出来ないがレイナよりも背の高い女性が居た。

「…誰?」

「ごめんなさい。私が誰か教える事は出来ないわ…でも、これから話す事を聞いて欲しいの。先程の青年…彼の名はスーマ、彼は今、闇の精霊シェイドによって操られています」

柔らかい声、悲しげな言葉に、レイナは素直に聞いていた。

それは、とても辛く悲しい声だった。

「レイナ、禁呪を使いなさい」

「…ちょっと待って!どうして禁呪の事を知ってるの?それに貴女は誰なの?!」

女性の言葉にレイナは焦り始める。しかし、女性はレイナの問いに答える事無く、レイナの額に右手を添える。

「…え?」

女性は目を閉じて何か呟いている。小さく呟くと、瞬時にしてレイナの姿は消えた。

「さようなら…可愛い私の………」


廃屋の中。鎖を解かれたカリルは、目の前に立つ存在に僅かに震えていた。

黒い髪に尖った耳、左には太い角が生えていた。黒いローブを包む身体ははうっすらと透けている。

金髪の青年、スーマは気を失って倒れていた。

「次ハオ前ノ番ダナ…オヤ?オ前ハ…絶…」

シェイドの瞳は髪で隠れていたが、明らかにカリルを威圧していた。

その時、大きな音が聞こえる。二人が視線を向けると、水晶と化していたレイナの像が音を立てて崩れていく。

水晶は砕け散り、自由になったレイナは咳込みながら立ち上がる。

「マ…マサカ!!ソンナ筈ハ無イ!!」

レイナはシェイドを睨みつける。自分に近付くカリルを視界に映すと困惑しつつ口を開く。

「カリル…あの人……スーマと一緒に防御魔法で攻撃に備えてて…」

「?…そんな、急に…」

「早くしてっ!!」

カリルの声を遮り、レイナは声を荒げる。レイナの身体は震えていた。

初めて会った人の話を信じるなんて馬鹿げてる。でも、あの場所で会った人は初めて会ったような気がしなかった。

「…古の鎖を解き放たれし…孤独の王、黄昏より目覚めし聖なる輝きに…」

目の前の恐怖に声が震える。カリルは呪文に察知して、倒れているスーマに駆け寄り呪文を唱え始める。

「ソレハ…!ソレヲ使エバ貴様ダッテドウナルカ分カラナイゾ!!」

レイナの詠唱にシェイドは戸惑い、小さく呟くと、虚空から幾つもの黒い光の球を作り出す。

「…今、我と汝により…その力を示せ……」

「ヤ……ヤメローーッ!!!」

レイナの両手から生み出された光の球は、次第に大きくなっていく。

呪文が発動する前に、シェイドは自ら作り出した黒い光球を、レイナ目掛けて何度も放つ。

「アースクェイク!!」

レイナの両手から光の球が放たれた。光球は、シェイドの放った闇の光球を全て飲み込み、そのままシェイドを包む。

「ぅ…ぐあぁぁぁーーーっ!」

光は廃屋全体に広がり、爆発音は彼方まで響いた。地面は揺れ、砂埃が巻き上がった。


廃屋は瓦礫の山となり、そこには放心状態で佇むレイナが居た。近くでカリルと青年が倒れている。

「私、生きてる。…そうだカリル達…」

二人に気付いて辺りを見回すと、カリルとスーマが視界に映る。二人はゆっくりと立ち上がり、カリルは自分の肩を貸そうとしたが、レイナの声にスーマは一人で歩きだす。

「…何が起こったかあまり覚えていない。が、この借りは返す。まだ名前も言ってなかったな、俺はスーマだ」

「レイナ=ドルティーネ」

「…カリル=ラーヴァス」

「お前ら、この後どうするんだ?」

スーマの言葉に、レイナは無言のまま視線をカリルに向ける。それを察したのかカリルはスーマの方を向く。

「この世界には、謎に包まれた魔導書があって、昔の呪文について書かれていると聞きました。色々と見てきましたが、それは竜の子孫が持っているみたいです」

「竜の子孫と会うなんて事は無いかもしれないけど、街の噂や研究院の書庫を訪ねて何かきっかけが出来たらいいなって思ってるの」

レイナは人差し指で頬を掻きながら苦笑する。それを聞きながら、スーマも苦笑していた。

「なら、お前達についていく…なんだか面白そうだ」

レイナは欠伸を噛み殺しながら背伸びをした。東の空は明るく、夜明け前だった。

「レイナの体力もありますし、宿に戻るとしましょう」

「ああ…」

三人は、足元に注意しながら林へ歩いていく。ふとレイナは立ち止まり、薄暗い空を見上げる。朝日が見えて少しずつ明るくなる。

「そういえば…あの人、何か言いかけていたような…」

「レイナー?どうかしましたかー?」

レイナの考え事にカリルの声が重なる。既に二人は林の中へ入ろうとしていた。

それに気付いて、レイナは二人の後を追いかけた。

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