第五話《依頼》
「この辺にあるはずだが…」
大きいバックを片手に生い茂る雑草を振り払いながら男は歩いていく。民家などはなく、周りは緑に囲まれていた。
ミーンミーンミン
ミーンミーンミン
「あー、セミの声がうるさすぎだ」
8月の蒸し暑さとセミの騒音で男はイライラを抑えきれないでいた。
「くそ!場所的にはこの辺のはずなんだが」
その時、近くからセミの声と混じりながら女の子の声が聞こえてきた。
「こんなところに人だと?」
男は声がするほうに歩きだす。
すると木の茂みから古く、朽ちた木造の建物を発見した。
「まさか…ここがそうなのか?」
するとまた女の子の声が建物から響いてきた。
男はノックをせずにドアを開ける。
「バカかお前。なんで俺が…」
「絶対責任とってもらいますから。お金はいりません、そのかわりお兄ちゃんと一緒に行動します」
ダークの言葉を遮り、お金が入った袋を丁重に返した。
……と、その時ダークの顔つきが変わった。千夏の事ではなく、この建物の中に人が入ったのを気配で感じのだ。
「どうしたの?」
ダークの目は先程の落ち着いた様子の目ではなく暗殺者としてのプロの目に切り替わる。
「お前は邪魔だ。どこかに隠れてろ」
そう言われ千夏は慌てながら錆び付いている横のロッカーに入っていった。中にはダークの私服が敷き詰められており千夏はその中に潜りこんだ状態だ。
ダークは棚の上に置かれていたナイフを数本手にするとそれをクルクルとまわしながらドアに近づいた。
足音が徐々にこちらに向かってくる。
緊迫した空間…
持っているナイフに力を込める。
足音がドアの前で止まった。
それを合図にしたかのようにダークは勢いよくドア蹴破って目の前の敵にナイフを向けた。
男はびっくりし、両手を上にあげて持っていたカバンを床に落とす。
「誰だ、貴様」
「い、依頼に来ただけだ」
その言葉を聞きナイフをゆっくりと下におろす。だが念の為に男の服を丹念に調べる。
「武器、盗聴器は…なしか」
安全を確認し男を部屋に招いた。
「早速で悪いんだが明日中に人を一人始末してほしい」
「明日中?無理だな。こちらにも計画やら何やら色々あるしな。それにターゲットの下見もしないといけない」
椅子に座りダークはメモ用紙を取り出し男に質問をする。
「まずそのターゲットの名前、年齢、性別、住まいを教えろ」
「年齢と住まいは分からん。ただ名前はキル・キラーと名乗ってるらしい。もちろん本名ではなく、あんたと同じくコードネームだ」
その言葉を聞きダークの表情が変わる。
「キル・キラー!……キル・キラーと言ったら俺と同じ暗殺者だぞ。闇の世界では有名な男だ」
ダークは椅子から立ち上がると男の元へ歩み寄った。
「まさかお前……狙われてるのか?」
男はゆっくりと首を傾けた。
「それで俺に依頼か。急ぐ理由が分かったぜ」
男はバックを開けるとダークに大量の金を見せつけた。
「金ならいくらでも支払う。まだ追加だってしてやる。お願いだから助けてくれ!誰がなんの目的で俺に殺し屋を雇ったかは知らないが君ならなんとか出来るはずだ」
「なんで自分が狙われてるって分かった?」
そう言われると男はズボンから何やら小さい紙を取り出した。そしてそれを広げて見せた。
《8月10日、昼12時により貴方を抹殺する。ちゃんと警戒したまえよ。キル・キラー》
「時間指定だと……」
すばやくダークはマントの中から超小型のナイフを天井のわずかな亀裂の隙間に投げ入れた。
いきなりの出来事に男はただ唖然としている。
すると亀裂の隙間から赤い液体が垂れてきた。
「奴にずっと監視されてたんだよ。昼の12時に殺す時間を指定されてあったという事はターゲットの近くに常にいないといけないからな。この部屋で監視出来るといったら天井にあった亀裂の隙間しかないからな。しかしこれで俺も奴に喧嘩を売ったという事になる、非常に迷惑な話だ」
男は懐から小切手を取り出す。
「依頼変更だ。今日中に始末してくれ。あんただったら出来るはずだ」
それを受けとるとダークは棚に置いてあった武器をマントの中に収納し始めた。
「仕方ない。8月10日と書いてあったが8月9日、つまり今日がキル・キラーの命日にしてやるよ」
「ありがとう。恩にきる。じゃあ今日の昼1時にここに来てくれ」
指定場所のメモ用紙をダークに渡すと男はそのままこの建物を後にした。
「さて……という訳だから貴様はさっさと去れ」
ロッカーの扉が開き服の中から千夏が出てくる。