第十七話《変わる心》
「なんだったのアレ」
「知らん。何かに首を縛られているような気がしたがな」
千夏とダークは家に戻り二人とも椅子に腰をかける。
「もしかしてお兄ちゃんの仲間だったりして」
「俺に仲間などいない。それに……あ!いや、まさかな」
ダークは何かを感じたのか窓を開けて外を見つめた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
……と、その時ドアからノックの音がした。
《ブル!》
ダークの体が一瞬震えた。腕は鳥肌状態になっていた。
ドアの前まで行きダークはその相手に問いかける。
「誰だ」
「……」
応答はない。
ダークがドアを開けようとした瞬間!
ドアがダークの体ごと部屋の中へ吹き飛んだ。
千夏は外を見るが誰も見当たらない。
「お兄ちゃん大丈夫」
「くそ!」
上にのっているドアをどけながらダークは勢い良く立ち上がる。
「おい誰だ!この部屋の中にいるんだろう」
しかし当たりはシ〜ンと静まりかえるだけで特に変わった様子はない。
「用心が足りないな〜」
突然聞こえてきた女の声。
その声を聞いたダークは四角い箱のようなボックスを天井に投げ入れる。
そのボックスにナイフを投げ込むと内側から破裂したような音がなった。その音の反響を読みとったダークは丸い手裏剣のような小さい武器をカーテンに向かって無数の数を投げ入れる。
位置が分かったのは超音波の原理を利用したらしい。
カーテンはボロボロの穴だらけになり原型はとどめていない。
しかしそこにも誰の姿もなかった。
そして声だけが部屋の中に響き渡る。
「昔と変わらず短気な人」
まるで昔からダークの事をしっているかのような口調で淡々と喋り始める。
「貴様、やっぱり……」
ダークは床に座りこみ懐にあったチョコレートを取り出す。
包み紙をはずすと甘い香りが漂ってくる。
「チョョョョョョコレ―――ト―――」
いきなり千夏の後ろから女の人が飛び出してきた。
ダークが持っていたチョコレートを瞬時に奪い口に頬張る。
「モグモグ、あーまーいー♪チョコさーいーこー……って私は何を!」
千夏は心の中で思った。
こいつは誰?
というよりただのバカなのかな?
見た目はかなり美人で特に青色の瞳は吸い込まれそうなほど鮮やかな色だ。
黒のミニスカートからはパンツが丸見えであった。
「やっぱり貴様か!なんでお前がこんなところに」
「貴様じゃなくてハニーと呼んでダーリン」
「失せろ、この淫乱小悪魔が」
ダークが女に向かって罵声を浴びせる。
「ちょっと、淫乱は余計なんじゃないの!私は純粋な女の子よ。せっかくダー君に会えたのにショックだよ」
「ダー君……その名で俺を呼ぶな。鳥肌がたつ」
「鳥肌がたつなんて可愛いダー君」
《シュッ》
一本のナイフが女の顔にめがけ飛んでくる。
「全く……本当に短気なんだから」
チョコレートを完食し両手に巻いている細いワイヤーを自分の目の前に張り巡らせる。
それを通過しようとしたナイフは切っ先から真っ二つになり地面に落ちた。
「ナイフごときが私に当たるとでも」
自信満々に言う彼女に千夏がはじめて口を開いた。
「あなたは誰?」
その言葉に彼女はダークの横をスルリとすり抜け千夏の目の前に立った。
「初めまして、私の名前は中原美沙宜しくね。好きな食べ物はチョコレート、ココアパウダー、餡蜜、そしてダー君よ」
明らかに食べ物ではない物が混じっているが千夏はあえて何も言わなかった。
「ねぇお兄ちゃん」
「何だ?」
「この人悪い人じゃなさそうだよ」
「アホか、根本的に受け付けないんだよ俺は」
ダークは美沙の目の前まで行き顔をのぞき込む。
「それに本当の用件があるんだろ。早く言え!」
「ブ〜」
美沙はダークのその態度に不服そうに頬を膨らます。
「ふーんだ、せっく会いに来たのにもう知らない。私帰るね」
出口までゆっくりと歩いていく美沙だが途中途中で後ろをチラリと振り返る。多分この行動を止めて欲しいのだろう。
「帰れ糞淫乱女」
《カチン》
その言葉に美沙は頭から煙を出しドアを開ける。
「リリー・ブラッドが日本に来たわ。それを伝えに来ただけ」
「……」
「また面白くなるわ。私も巻き込まれるかもね」
美沙はニコリと笑いダークを見つめた。そしてドアをゆっくり閉める、とそれと同時にダーク達に聞こえないように一言呟いた。
「……バカ」
「ここが古川家か」
「そのようです」
「父親のほうが狂って母親を殺したらしいです」
二人組の男は薄汚れた部屋の真ん中に立っていた。
「それと情報ではその父親も真っ二つになって死んでいたそうです」
「真っ二つか。暗殺者の仕業だな……ん?そういえばガキが一人いたろ」
「はい。名前は古川千夏、12歳です」
「古川千夏……そいつは今どこだ」
「消息が不明です」
「捜せ!」
「分かりました。すぐに手配を」
部屋に降り注ぐ夕日の光が不気味に男達を照らした。
「ねぇお兄ちゃん淫乱って何?」
「お前は知らないでいい」
ダークは薄暗い部屋の中で新しい武器を制作していた。
「ねぇ教えてよ」
「あー、気が散る。仕事の邪魔だ!外にでも行ってろ」
「ねぇー教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えてよ」
座りこみ足をばたつかせている姿を見たらまるで幼稚園児のように見える。
「くどいぞ千夏」
「あ!今初めて名前で呼んだ」
「……呼んでねーよ」
ダークは目をそらし再び仕事《武器造り》に没頭する。
《深夜0時》
ダークは外に座りこみ鈴虫や蟋蟀といった虫の合唱が響いている世界に耳を傾ける。月の光がほんのりと輝き夜の世界を照らしていた。
「美沙……ふっ……変わってないなあいつ」
空の星を見上げながらダークは呟いた。
「それにしてもリリー・ブラッドの名を聞くとはな。次こそは俺が絶対仕留めてやる」
懐から一枚の写真を取り出す。
笑顔で笑っている少女を横目で見つめる男の子の姿がそこにはあった。背景には……この小屋の姿がある。
服装からして夏であろうか。
水色のワンピースを着ている少女は人形のように愛らしい姿だった。
一時その写真を眺め終わると再び懐へしまう。
「ふー」
軽く息を吐き立ち上がる。
そして空の星に向かって呟いた。
「あの星はいつまで輝くのだろう。輝いているのが羨ましい。俺も……またこの写真の時代にタイムスリップでもしたいもんだ」
虫の合唱がまた大きく響きはじめた。
まるでその言葉に答えているかのように。少し湿った風がダークの髪を揺らし山の木々を揺らす。
「千夏も……ふー、名前で呼んだはいいがなんかな……まぁいいか」
「千夏って呼んでいいからね」
いきなり千夏が後ろから声をかけてきたのでダークは少し驚いてしまった。
「お前……気配消すのうまいな」
「別に気配を消そうとしてしたわけじゃないよ」
うっすら笑いながら千夏は空の星を指差した。
「ねぇお兄ちゃん」
「何だ」
「よく見ると星って芸術みたいだね。普段は夜空なんか気にしなくて見ないんだけど改めて見ると素敵」
「……そうだな」
ダークは思った。
千夏が来てから自分の心が洗浄されていくかのように思えてきた。胸が落ち着く。そして前の闇の心が無くなっていくかのようにも感じたのだ。
これは気のせいなのだろうか。
本音は裏にかくし違う本性を表についつい出してしまう。
それは闇に生きるものとしては当然なのだが。
「中に入るか」
「もうちょっとだけ星を見たい」
どうかあの星達がずっと、ずっと輝きますように。