宰相の決断 01
徒歩にて、比較的破損の少ない南門より、上流市街区の城壁の中に入る。
かつては美麗な庭園と豪華な館が並んでいた街並は、その半数近くが破壊され、無残な瓦礫と化している。
街の名前の由来にもなっているホルスト城も、その正門から大広間までの区画、城全体の1/4が破壊され、現在は残った区画で仮営業中である。
だが、生き残った部分はまだいい。
帝都そのものの玄関口であるルヴィニ門から西市街区、そして上流市街区への城壁正門。さらにそこからホルスト城までの大通り沿い そして、城正門から中庭を通って大広間まで。
これだけの長大なエリアが致死性の瘴気で黒く染まり、人の立ち入りを拒んでいる。
バリケードを築き、誰も入れないようにされたその区画。
怪物共の死骸は溶けるように消えてしまったが、兵士や市民の遺体は、不思議なことに腐ることも無く干からびて未だにその中に放置されたままだ。
バリケードの外側より少しずつ、煉瓦造りの新たな壁が築かれ始め
いずれ広大な墓標となるのであろう。
「これはもう都市としては再建は難しいかもしれませんね」
「そう思うかや、アマネ」
「はい、まず生き残ったエリアのうち、城から北側はあの立ち入り禁止区画のせいで完全に孤立してしまっています。また、正門が封鎖されてしまったので、城や市街区からの移動が不便でしょうがないはずです。
そして南側は見たとおり半分が焼け落ちてしまっています。 そのうえ立ち入り禁止区画の煉瓦の壁。実際の危険などは無いにしても、見た目の不吉さが半端ないです。」
「難しい事は アタイにゃわかんね」
クラウが考えることを放棄した。
「おそらく事が落ち着いたら、橋の向こう。東岸で唯一城壁があって無傷な魔道研究区のほうに移転されるのではないでしょうか。」
「ふむ、なるほどのう。どうせまた何か考えているのじゃろう? 程ほどにな」
釘をさされた。
いつも何か企んでいるような言われ方は心外です、姫様。
今回は別に企んでなんかいませんよ。対岸の船着場と倉庫を
確保しておくようにロドリゲスに助言するだけ。
それにしても、流石に貴族階級の連中。これだけ街が破壊されても
殆ど難民が居ない。
別荘に避難するとか、生き残った館の住民で、焼け出された親戚とかを引き取っているんだろうけど、奉公人とか私兵とかの失業者が大量発生していそうね。
街の様子を見ながら1時間も歩けば、城の裏口に辿り着く。
正門側は封鎖されているので、現在では裏口がこの城唯一の出入り口だ。
衛兵が二人立っているが、フリーパスだね。
この衛兵も、中に多い騎士や文官達も、姫様を見た表情は概ね3通りに分かれる。
まず多いのが、羨望・憧れ。事件が収まってから新しく採用された少年少女達は殆どこれだ。「勇者」とかいう呼ばれ方は、それほどまでに一般受けがいいらしい。
次が信頼・安心。共に怪物達を押し返した兵士、騎士達の「仲間感」のなせる業。
そして残念ながら不信・妬み・恨み。も一定数居る。逆恨みなんだけどねえ。
姫様の助言を無視した貴族、騎士達の生き残りと、死んだ貴族の後継ぎ、戦いを見ていない文官達の一部など。割と位の高い奴らに多いのが迷惑だ。
そういった視線のなかを、まるで気にせず、ずかずかと姫様が通り抜ける。これでもう少しおしとやかになれば、敵も減るような気がするんだけど・・・
文官達のたむろする議事堂も、騎士の広間も通り抜けて乗り込んだのは、宰相の執務室。
「おや、これは勇者殿。本日はどうなされましたかな」
宰相アルハザードはエルフ族。我々人族よりも少しだけ長生きで、
色素の薄い肌、赤い目、尖った耳、長い銀髪、これで美少女とかなら完璧なんだろうけど残念ながらオッサンだ。
この人だけは、表情では読めない。所謂ポーカーフェイスが常態になってる。尤も、無表情なのはそう作ってるだけで、実際には可愛い物好きで小心者だと言う事は調査済みだけど。
まあ、姫様を、皇帝陛下に取り次いでくれたのはこのおっさんだし、少なくとも此方を見下したりはしていないと思う。
「うむ。皇太子殿下の見舞いに参じた」
「それはありがとうございます。殿下もお喜びになるでしょう。 ・・・ですが・・・・」
「む? どうかしたかや?」
「いえ、只今 ゾイロス男爵夫人がお見舞いにみえておられます。
今しばらくお待ち下さい。」
ゾイロス・・・・・・・だれだっけ?それ