クロと主人
「....お.......お..ろ.....起きろ」
「う....」
殴られた時の様に意識が朦朧とする中、僕は聞き覚えのある声に起こされた。目を開けると僕は大理石の様な白く冷たい石の上にひかれた赤いカーペットに寝ていた。体を起こしてみると部屋の大きさがよくわかった。軽く人が200人入るであろう部屋、多分長さで言うと500m位、天井は見上げるほど高い。
「おいお前、無視するな」
部屋を見回していると後ろから聞き覚えのある声がし、振り返る。そこには王座だと思われる椅子にふんぞり返って座っている、男とそれを囲むように立つ6人の女達がいた。女達は皆、全身銀の鎧を着ていて、騎士だと思われる格好をしていて、それなりの実力があるのが見て取れた。しかし、王座に座っている男に比べれば蟻ほどの実力だろう。王座の男は全身黒くゆったりとした服を着ていて、頭に王冠を引っ掛け、いやらしく笑っている見た目からは想像できないほどの威圧感を感じる。
「主人....なのですか?」
「はは、覚えていたの」
「もちろんでございます。だいぶ姿が変わりましたね」
一目見た時から主人だと感じていたが確信が持てなかった。何だって最後に見たのは7年前だったし、僕が最後に主人を見た時は身長190cmと長身で、黒い髪を顔に垂らし目を隠すと言ったようにどこにでもいる見た目だった。が、今は髪を顔にかけておらず、ルビーの様に赤い瞳がむき出しになっていて、口が悪人の様に歪んでいて、さらに額からは黒く恐ろしげな雰囲気を放つ角が2本生えていた。
「ん、そう見える?」
「はい。ずいぶん迫力が増されました」
「まあいろいろあってね」
「それより今日は如何程のご用でしょうか?」
「あ〜いや、さっきお前の存在を思い出してさ。それで、ちょうど必要だった駒にぴったりかな〜と思ったんだ。だから、今日からお前には新しい命令を与えようと思ってね」
「はい」
「先に聞いておきたい事ある?」
「いいえ、ありません。私は主人の物ですから」
僕がそう言うと主人の口と目はさらに歪み、嬉しそうに笑った。
「そう。じゃあ、そこの円の中に立って」
主人は僕の横たわっていた場所より少し後ろにある黒い靄が出ている、円を指さした。円は直径1m位の小さな物だったが、そこからはおぞましいオーラが立ち込めていた。
僕は言われた通り円に立ち主人の方に振り返った瞬間、心臓に物凄い締め付けを感じた。
「う....うう....」
額からは脂汗が滲み出し、身体中の血管が浮き上がり、口からは血を吐きそうに成り、僕は膝から崩れ落ちた。
「まだ意識ある?」
「は....い」
「それじゃあ、昔やったナイフで心臓を刺せ」
「は.....い」
僕はナイフを引き抜くと、躊躇なく心臓めがけて振り下ろした。
ナイフは心臓の前に有るはずの肋骨を苦ともせず切り裂き、心臓を貫いた。
すると、円の周りを漂っていた靄がナイフを伝わりすごい勢いで心臓に入って来た。
「ぐわあああ」
「ああ、うるさいな。早く終わらせろよ」
主人が指を鳴らすと靄の入ってくる速度がさらに早まり、心臓がいまにも弾けそうになった。
15分後、僕の周りから全ての靄が僕の中に入り、僕の心臓からナイフが押し出されて床に落ちた。
「はあ、うるさい野郎だ。10分以上も叫び続けやがって」
「見苦しい所をお見せしました」
「まあいいや。今日からお前は死神として俺の駒になったわけだからな」
「死神ですか」
「そうだよ。じゃあ、お前に名をやるよ」
「本当でございますか、主人」
僕には名前というものが無く、今まで”あいつ”とか”お前”とか呼ばれていた。名前というものはもらえれば主人に認められた事になる。だからこそ、名前をもらえるという事は主人に認められたのだと思い、僕はこれまでに無い感動感じた。
「名前ね〜めんどくさいな〜。あ、そうだ。簡潔に闇に紛れるもの的な意味で”クロ”にしよう」
「クロ」
僕は自分の貰った名を繰り返すと、地面に膝を着き主人に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ああそういうのいいから。死ぬまで働けよ」
「はい」