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第9話 帰りたくない患者

「ねぇ。バレンタインのチョコ買った?」

「あ〜忘れてた」

「忘れてたじゃ無いわよ!」

「ちゃんと渡辺さんにも言っとかないと」

「はーい」

「30人分位買わなきゃいけないんだから、早めに買いに行っといでよ」

「面倒だなぁ。何で先生に買わなきゃいけないんだろ〜」

「恒例行事なんだから…文句言わない!」

 ここ4病棟では、バレンタインデーに、ナースからドクターに義理チョコを渡すという習慣がある。チョコレートを買って渡す事は、新人ナースの役目になっているので、今年はミサと先輩の山口が当番である。

「失礼します」

 休憩室はナースステーションの奥にある。皆、時間差でお昼休憩をとりにやって来るのだ。ミサも今、ひと段落終え、休憩にやって来た所である。

「丁度良かった! 渡辺さん。先生に渡すバレンタインデーのチョコレートの事なんだけど」

「はい」

「今年は、私と渡辺さんが当番だから、お互い、休みの日に買出しに行かない?」

「山口さんと、私で? でも、そんな行事あるんですか?」

「でしょー。昔っからの恒例行事だから、断るわけにいかないし…とにかく、私、勤務表持って来る」

 ミサはやれやれという顔で、持ってきた弁当に箸をつけた。

(ただでさえ、先生ドクターって怖いのに…チョコレートを渡すなんてやだなぁ)

 1つ先輩の山口は、ナースステーションから勤務表と、「4病棟」と書いてあるノートを持ってきて、チョコレートを渡す日と人を確認し始めた。

「中瀬先生は大学に戻ったでしょ…上田も…来たのは…仲原とぉ。いち、にぃ……うわっ! 全部で27人だぁ」

「そんなにいるんですか?」

「ねー。面倒くさい、もう。買うのは2人で買いに行くけど、渡すのは半分ずつ…だから13人と、14人に分けると…」

 手際の良い山口はパッパと事を運んでいく。ノートに何やら書きこんで、ミサに見せた。

「渡辺さんは、こっちの列の先生に渡して。私はこっちの列。」

 行の最後に仲原孝也という文字があった。

(やだー! 絶対!)

 眉をひそめているミサをよそに、山口はどんどん段取りを進めていく。

「今度の水曜日、私も渡辺さんも休みだから、買いに行く? 何か予定ある?」

「いえ。お願いします」

 傍に居て聞いていた角野亜里沙が、割り込んできた。

「ちょっとぉ、加藤さんも人数にいれた? 日ごろ、お世話になってんだから、きちんと入れといてよ」

「あ、はい」山口はすかさず、加藤の名前を書き込んだ。

「渡辺さんの列は1人少ないから、加藤さんの分は、渡辺さんが渡してね。これで、ちょうど14人ずつじゃん」

 山口は満足気な表情をして、勤務表を戻しに行った。そして、ドクターの名前が書いてあるノートを2枚コピーし、1枚をミサに渡した。

 山口は2年目であるが、とても手際がいい。去年、新人の時に当番をしたせいもあるが。

 ミサは渡された用紙に目を通した。

 仲原孝也…加藤昌弘

(まさひろっていうんだ。加藤さん……)


 ミサは、休憩を終え、受け持ちである安達の部屋に来ていた。

「安達さん、そろそろ退院の話が出ているんですが…」

「またかー。婦長に言われたんやろー?」

 安達は、まともに話を聞かずとり合おうともしない。そればかりか、テレビの話題にすりかえたりして、明らかに退院したくない様であった。

「安達さん、退院して心配な事って?」

「あれれ?ミサちゃんまで、追い出しにかかった?」

「ち、違いま…」

「ミサちゃんは優しいからわかってくれると思うけど。」

「いえ……」

「俺、返るとこ無いの」

「じゃ、じゃぁ、帰るとこ見つけないと!」

「なんで、ここに居させてくれないんだろうなー」

 ミサは不思議に思った。家に帰りたくない人がいるという事を。どうやら、安達が「帰る家が無い」と言ったのは本当なのかもしれない。そうなると問題は深刻だ。

 この前の病棟会で、師長が安達のことについて言及していた。入院費を一切払っていないこと、家族と連絡がとれない事。そして、入院日数が3ヶ月以上に及ぶことを強調していた。

「何とか帰さないと…」と、師長が言った言葉が胸に突き刺さる。

(どうしたらいいんだろう)

 これ以上、安達に言っても無理だ。ミサはそのまま部屋を出た。

「ミサちゃーん。忘れ物〜!」

 考え事をして出てきたミサは、血圧計を忘れてたのだ。安達はミサを追いかけて「はいっ!」と血圧計を渡した。その、人懐っこい目、にこっと笑った顔。ミサは、どうして、この人が、家族と連絡がとれないのか、不思議に思った。

(いい人なんだけどなぁ)

「師長さん! 今いいですか?」

 ミサは師長の姿を見つけると、深刻そうな面持ちで話し始めた。

「あの、安達さんのことで…」

「あ、受け持ちだったわね。で? 退院のことか何か?」

「はい」

「困ったわねー。私も何度も説得してるんだけども…」

 師長は本当に困った表情をしている。そして、続けた。

「実際、入院費も払ってくれないし、在院日数も長くなってきてるし、看護課からも会計課からも、退院させる様に、うるさく言われてるのよ」

 看護課は、看護師長の集まりで構成されていて、言うなれば、看護課長は看護師全体のトップである。病棟の師長とて、看護課の方針で動いているため、逆らうことはできない。

社会福祉士ソーシャルワーカーに、療養型の病院を探してもらってるんだけど、どこも満床で、安達さんの様な人を受け入れる先は無いのよ」

 ミサも師長も黙り込んでしまった。

「あとで、もう1回説得してみるわ」

 師長はミサにそう言うと、ため息をついた。





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