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第4話 飲み会

 世間は3連休。休日のため、検査もなく、病状の落ち着いている患者は外泊にでかけている。

病棟に残っている患者も割と安定しており、いつにもなく暇な4病棟では、看護師たちは、薬袋に貼るラベルを切ったり、針やルートの補充などの内職をしていた。

「外泊してる患者が多いと楽だよね」

「ところでさ、今度来るローテートって変わってるんだって」

 噂好きの山中がそう言った。

「え〜?林も大分変わってたけど、ろくな人が来ないよねー」

 角野亜里沙や横にすわっていたスタッフが話しに加わる。

「もっと、ドラマみたいにカッコイイ医者っていないのかな〜?」

「ね〜。高津っていったら、堅物な昔の政治家みたいだし…」

「加藤さんみたいな医者だったらいいのに」

「ね〜!」

 ミサはもくもくと自分の仕事をしていたがふと、話をしている方に目を向けた。

「そういえば亜里沙ちゃん。例の加藤さん…」

 山中が意味深そうに聞いた。

「あ、言うの忘れてた〜!」と角野は本当に今思い出したように言った。

「加藤さんとー、来週の水曜日に、飲みにいこうって約束してたんだ」

「あ! ずるい。私も行く〜」

「いいよ、いいよ。人が多いほうが面白いから」

「でも、お邪魔じゃない?」

「山中さん!邪魔だって言ってもついてくるくせに…」

 角野が皮肉っぽくそう言った。

 結局、その場にいるスタッフのほとんどが参加することとなった。

「あ、渡辺さんはどうする?」と、山中が聞いた。ミサにとっては思いがけない誘いだった。

 角野はちらっと山中を見て、何で?という顔をしたが、あまり空気の読めない山中は続けた。

「あんたも、行くわよね。多人数の方が会費安くなるでしょ!」

「あ、はい。じゃァお願いします…」

 少し間をおいて、ミサはそう答えた。

 正直、角野の不満そうな顔もわかっていたし、必ずパンチも飲み会に来るに違いない。誘った山中にしても、会費のためだけで、自分に来て欲しいというわけではないと、わかったいた。

 が、断らなかった。

 ミサは、加藤と話したい、という気もあったし、何よりも、4病棟に就職してもうすぐ1年が経とうとしているのに、他のスタッフとぎくしゃくしているのが嫌だったのだ。

 何とか、仲間に入りたい一心だった。

 仕事を終え、ミサは家についた。1人暮らしとしては広い、2LDKのその部屋は、ところどころに雑貨やぬいぐるみが飾られており、女の子らしい雰囲気を出していた。

 両親のすすめで、夜勤のときに危険がない様に、病院に近く、他の住人が家族連れ、という物件を探した結果、2LDKのこの部屋になったのだ。 

 ミサには少し広すぎる気もした。

 この冬のボーナスの時に衝動買いした、赤色の2人掛けのソファーにすわり、ボーっとしていた。

(飲み会の約束をしたけど、どうしよう。飲み会の場で、1人暗くなってたら、本気で嫌われちゃうかも)

「そうだ。福永さんに電話しよ!」

 ミサは手帳を開き、福永が休みなのを確認して、携帯に電話した。

「あ〜はい」

「あ、今、だいじょうぶですか?」

 そっけない福永のがらがら声に気を使ったミサだったが

「あ”〜〜珍しい〜。ミサから電話くれるなんて〜!」

 と割れるような大声に、ぷっ、と笑った。

「で、何?また、なんか問題?」福永は言った。

 いつも、ミサのことを心配してくれるのである。

「あのぉ、来週の水曜日に」

「あ〜聞いた、聞いた。飲み会のこと?」

 酒好きの福永である。もう、ちゃっかり誘われていた。

「良かったァ。福永さんいなかったら、 私、どうしようかと…」

「また、そんな弱気で!ミサはね、もうちょっとずうずうしいくらいで丁度いいの!」

 少し離れた、お姉さんの口ぶりだった。ミサは2つ離れた双子の弟との3人兄弟。

(福永さんがお姉ちゃんだったらいいのに…)

 いつも、そう思うのだった。



 期待半分、不安半分、その日はやってきた。病院から徒歩3分ほどにある居酒屋に向かうため

病院の正面玄関で待ち合わせる。もう、半数くらいが集まっていた。

(福永さん遅いなぁ)

 早くから待っていたミサは、落ち着かないといった感じで、きょろきょろと福永の姿を探していた。

 角野 亜里沙とパンチが、こちらへ迎って歩いてきた。角野のいでたちといったら、スレンダーな体にぴったりのワンピースにコート、リボンのついたブーツ。おろした髪は大きめのカールがかかっており、皆の注目を集めた。そして、洗練されたブランド物のバッグは、彼女のセンスの良さを象徴していた。

「やっぱ、おしゃれやねー」

 山中がしきりに亜里沙を褒めるが、角野は当たり前っといった感じで、「そう?」とだけ答えた。

 それからもパラパラと人が集まり、集合時間の18時には全員集合。総勢15人が、ぞろぞろと3分ほど歩いたところにある居酒屋へむかう。

「福永さん来ないかと思っちゃいました」

「まさかぁー。飲み会は快出席なんだから」

 ミサは列の一番後ろを福永と並んで歩いていた。

 あっという間に店に着き、顔見知りの店主は「いらっしゃいませ」という代わりに「毎度!」と、こう言った。

「加藤さん、もう待ってるよ!」

 いつものスーツ姿の彼とは違い、ラフな格好で座敷の一番奥のところに座っていた。

「お疲れ様で〜す!」と、加藤が手をあげた。

 加藤をみつけると、すかさず、角野が横の席を陣取り、加藤の前にパンチが座った。

 ミサと福永は一番加藤に遠いところの端に座った。

 みんなが席につくと、加藤が立ち上がって挨拶をし、

「今日は貸切だから、大いに盛り上がってください!」と締めくくった。

「加藤さん、さすがねぇ。やっぱプロパーさんは違うわ」パンチが言った。

「恵さん〜。何度言ったらわかるんですか!今はエムアール!エムアール!」

「何でも、一緒じゃない!ま、今日はプライベートなんだから、 あんたもゆっくり飲みなさい!」

 バンっとパンチは加藤の肩を叩いた。しかし、加藤はじっくり座っていられないという様子で注文する用紙とペンを片手に、注文をとってまわった。

「皆さん、飲み物、何頼みますか?」

 加藤がミサと福永のところまで来た。ミサは緊張で、正座していたまま固まってしまっていた。

「福永さん、何、飲まれます?」

「何って、ビールに決まってんじゃない。 この子にもビールやって!」

 福永は、加藤にそう言った。

(ウーロン茶、ウーロン茶…)

 加藤に聞かれたら、そう答えようと必死になっていたミサであったが、福永の一言で変更せざるを得なくなった。

「渡辺さんも、飲めるの?」

 意外といった顔で加藤は聞いた。

「あの、少しなら…」

 そう答えるのがやっとだった。

「そう。楽しんでって」

 にこっと笑うと、加藤は店の奥にいる店主に、注文の紙を渡しに行った。

 まさか、ミサが加藤に好意をよせているなんて、思ってもいない福永は

「あんた、コート脱がないと! 暑いんじゃない?」

 真っ赤になったミサに、そう声を掛けた。世話好きな彼女は、お母さんのようでもある。

 飲み会は盛り上がり、そのうち、席を関係なく、ウロウロ酒をつぎにまわる姿がみられた。

ミサは、角野と加藤が楽しそうに話しているのを気になったが、福永の今までの経験談やヤンキー時代の話が面白く、山中や他のスタッフも輪に入り始めた。ミサは満足していた。

「渡辺さん、笑ったら可愛いじゃない!いつも存在消してるからねぇ」

 噂好きで、少しいじわるな山中も、酒がはいって陽気になり、ミサに話しかけた。

「そうですか?私、暗いのかなぁ?」

「暗いも何も、雨戸を閉めた部屋のように真っ暗よ!あはは」

 福永がそういって茶化した。

「ヤンキーの福永さんには言われたくありませーん!」

「んだと、こら〜。」 と冗談っぽく襟をつかむ福永に「きゃーごめんなさい。」 と笑って、おどけるミサに周囲は驚いたが、ミサ自身も驚いていた。

「あんた、いつも飲み会欠席するけど、何か意味あんの?これからも、出席したらいいじゃない」と真顔で山中が言った。

 言葉は悪いが、誘われたことが、とても嬉しかった。

「さあ、飲も飲も!」

 すっかり酒が入り、おっさん化した福永は、周囲にも酒をすすめまくり、ミサも、その被害者になっていた。

「ふくながさ〜ん。もう、飲めませんよー」

 すっかり、ろれつが回らなくなったミサだが、周りも相当、酔っ払っていた。

 時計は21時をまわり、貸切の時間が過ぎようとしていた。

「2次会行く人〜!」パンチの掛け声がかかった。

 15人ではじまった飲み会であるが、1人帰り、2人帰り、2次会に行く人は半数以下になった。

もちろん、加藤、角野、パンチ、山中はいつもの2次会メンバーである。

 ミサはふらふらになっていたが、福永の強引な誘いもあって、2次会のカラオケボックスに向かうタクシーに乗せられていた。

 ミサが斜め前方に視線をやると、助手席に加藤が座っていた。彼はあまり酔った様子もなく

2次会の場所を運転手に説明している。

「ねぇ、ミサー。絶対1曲は歌うのよ〜!」

 ぐでんぐでんに酔った福永は、ミサにもたれかかり、そう言った。

「福永さんだいじょうぶですか?」

 加藤が後部座席を振り返った。

「だいじょぶ〜だいじょぶ」と言って、くだらない話を続けていた福永だったが、しばらく車に揺られるうちに静かになった。

「福永さん眠っちゃったね。渡辺さんも大丈夫?」

 振り返った加藤に、一瞬ドキッとしたミサだったが

「少し飲みすぎたかな・・。でも、大丈夫です。」と答えた。

 しばらく車内は沈黙が続いたが、意を決したように、ミサが口を開いた。

「加藤さん、彼女とか…いるんですか?」

 酔いにまかせての質問だった。

 加藤は一瞬、え?という顔をした。

 横の福永はいびきをかいて眠ってしまっている。

 大分、間が空いて

「うん、いるよ。」と加藤は答えた。

 ミサの質問は、大失敗であった。

 タクシーは目的地に到着し加藤が先に降りた。加藤はお金を払うと「予約してくる」と、先に店に入って行った。

「福永さん、着きましたよ! 起きてくださいっ」

 運転手も、迷惑そうに大声で言った。

「お客さんっ、着きましたよっ!大丈夫ですかっ?」

 つばがかかりそうな運転手の勢いに、困ったミサは、もたれかかっている福永を思いっきり、ゆっさゆっさと揺さぶった。

「失恋したからって、当たんないでね〜!」福永がボソッと言った。

「うわー!寝たふりして、聞いてたんだぁ〜。ひどい!」

「あははははは〜。さあ、行くよっ」

 2人は酔っ払ったサラリーマンのように、肩を組み、よろよろしながら店に入っていった。


























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