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第24話 不安

 ミサがチラリと覗いた先にいた2人。

 加藤とお宮の2人……。

(どうか、私たちに気がつかないで)

 焦っているミサに対し、仲原は何も気がつく様子もなく、釣りの話などをして1人盛り上がっている。

「大学ん時は、バス釣りなんかもしてみたけど、やっぱり、食べられる魚の方がいいから海釣りに替えたんだ。だけど、釣ってきても料理できない事に気がついて、はは」

「あはは……」

 気が気でないミサは、適当に相づちを打ちながら、加藤とお宮の2人の姿をチラチラと確認した。店内はいっぱいで、どうやら入り口で待たされている様子だ。

「カウンター空きましたっ!」

 丁度、横のおじさんが立ち上がって、最後の一杯をぐびぐびと流しこんでいるところだった。最後まで飲んでから立てばいいのに、なんて思ったが、同時に空いた席の意味する事を想像し、ぞっとした。

 ともあれ、空いたのは1つだけ。まだ、加藤とお宮は待たされている。

(どうか、このまま帰ってください)

 ミサは何事も起きないようにと想うばっかりだったが、運悪く店員が声をかけてきた。

「すいません、席を1つずれてもらえませんか?」

 ミサは右隣のおじさんがいた席にずれた。

 仲原の左隣にいた人も向う側へずれた為、2つの席が確保された。

(どうしようー)

「カウンター入りま〜す!」

 とうとう、仲原の横に2人が案内されてきた。驚いたのは向うも同じことだった。

「あの、久しぶり」

 声をかけたのはお宮の方だった。

「おう」

 仲原はいつもの渋い顔に戻り、素っ気なく答えた。

 加藤はというと、軽く会釈をするだけで、しまった、という様な表情を浮かべている。そして、ミサの姿を見ると何かを言いかけてやめたような素振りを見せた。

 結局、仲原の横にお宮が座る形となってしまった。

 店内の喧騒とはうらはらに、ここだけ空気の流れる音が聞こえるようだ。すっかり黙ってしまった仲原だったが「もう1本」と酒を注文した。

 気にしないようにと思うが、余計気にしてしまって、チラチラと横目で確認するミサだったが、お宮の方も気になるらしくチラチラと仲原の方を見ている。話の糸口を捜しているようにもみえた。

 加藤が、席を離れた時だった。

「あの、仲原くん」

 ついにお宮が口を開いた。

「私、やっぱり後悔してる」

「……」

 小さい声であったが、耳を澄ませていたミサには、はっきり聞こえた。彼女は何も答えない仲原をみつめながら続けた。

「病院の方?」

 ミサの方を見ながら、お宮は仲原に聞いた。ミサは横で頷き、挨拶代わりに軽く会釈をした。お宮はミサの会釈には目もくれず、ただ、仲原を見つめている。

「あぁ」

 仲原も頷いた。彼女はほっとした様に「彼女じゃないんだ」と嫌味にもとれる様な口調で言い放った。

「まぁな」

 仲原の答えにミサは驚いた。てっきり彼女だと紹介してくれるかと思ったのに、彼の真意が全くわからなかった。

 それにしても、ストレートの黒髪、小さい顔、上品で知的そうな大人の女といった感じのお宮を目の前にし、やはり勝ち目はなさそうだと、ミサは勝手に判断した。そう思いはじめると、益々自分が情けなくなってきて、仲原の横にいて、勝手に彼女だと思ってしまった自分を馬鹿に思った。

 喉元まで「帰ります」という言葉が引っかかっていたが、小心者のミサは言い出せず、事の成り行きを見守ることしかできなかった。

 加藤がトイレから戻ってきたが、お宮は一向に態度を変えない。むしろ、加藤とミサに見せつけるように、仲原の方を見つめた。

「お前、いい加減にしろよ」

 黙っていなかったのは加藤の方だ。ただ、病院の近くの店で騒ぎを起こすわけにもいかないという気もあったんだろう。いたって冷静な口調だった。

「何を?」

 お宮は加藤の方を向くと、長い髪がふわっと翻り、ほのかに甘い香りがした。

「何をって、自分が何をしてるのかわかるのか?」

「まーくんの方こそ、私が知らないと思ってるの」

「だから、何のことを」

「私、あなたが病院の人と何回も会ってるの知ってるし、馬鹿にしないでよ。あなたとは一緒にいられない。今日、言うつもりだったの。あなたが私の前に来るまでは、この人と、本当に幸せだったんだから」

 仲原はそれまで、知らない顔をしていたが、話が自分のことに及ぶと、黙っていられないという風に席を立った。

「ちょっと来い」

 仲原はお宮の手を引いて、店の外に連れて出た。

 ミサは何が起きたのか全くわからなかった。2つ席をおいた加藤がため息をついている。ふと、ミサの顔を見ると「悪いとこ見られたな」と苦笑した。

「おあいそ」

 加藤は勘定を済ますと、ミサに「デートだった?」と聞いた。今にも泣き出しそうな表情から察したのだろう。「ごめん、こんな事になって」とミサの答えも聞かずそう言った。

「どうするの? 彼を待ってるの?」

 加藤に聞かれると、益々不安が募った。もしかして、戻ってこないかもしれない。一体、何の話をしているのだろう。2人が出て行ってから、まだ5分も経っていないが、ミサの頭の中は黒い靄でいっぱいになった。

 答えられないミサに、加藤は「もう帰るから」とミサの肩にそっと手をおいて出て行った。

 加藤が帰ると、あっという間に店員がやってきて後片付けをする。加藤とお宮がいた席はすっかり片付けられ、店員は「こちらも帰られましたか?」と仲原の席も片付けようとした。

「あの、戻ってきますので、このままで」

 そう言ったミサの声は、涙声になっていた。

(貫一くんとお宮……どうなっちゃうんだろう)





「何で、何で私じゃダメなの? あの時だって、あの人が勝手に部屋に入ってきて……。何度もあの時のことを、説明しようとしても電話はつながらないし。仲原君が怒るのも無理ないけど、私も辛かったんだから」

「確かにあの時は驚いたけど、怒ってなんかいない」

「え?」

「俺、お前があいつと一緒にいた時、今もそうだけど、これっぽっちも嫉妬の感情が出なかった。好きだったかもしれないけど、愛してた訳じゃないと思う。あの事で自分の気持ちに整理がついた。もう、本当にこれで最後にしたいんだ」

「やだ」

「頼む。きちんと別れなかったのは、自分も悪かった。今までのことは感謝してる……」

「どうしてそんな事を言うの? そんなにきちんと別れたい? あと腐れなく?」

 おしとやかで穏やかな元彼女の姿は、今の形相からは想像もできない。仲原は一瞬、その表情にぞっとしたが、同時にそれだけの愛情が自分に注がれていたことを知った。

「ごめん。俺」

「やっぱり、さっきの娘と付き合ってるのね」

「お前と俺が別れる事と彼女とは関係ないだろ」

 ミサの事になると、仲原は口調を荒げた。

「やっぱりね」

 こうなると、彼女の顔は益々ゆがみ般若のような面持ちとなった。仲原は彼女をそうさせてしまった自分を情けなく思った。

 10分ほど話しただろうか。話の間中、彼女は仲原を見据えた。今度は泣いたりしなかった。すがりつく事も無かった。ただ、その目は狂気に満ち、仲原は怯んだ。

「ごめん、謝るしかない」

「後悔……するわよ」

 最後の方はほとんど聞き取れないような声で捨て台詞を残し、彼女は去って行った。

 その時、仲原は最後まで聞き取れず、内容を理解できないでいた。ただ、店の中で待つミサが気になって仕方がなかった。





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