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第2話 なじめない自分

 安田総合病院は一般病床数600床、診療科目は24科あり、地域の基幹病院として位置する。

 研修医受け入れ病院でもあり、定期的に大学病院より研修医レジデントがやって来るシステムになっている。3ヶ月で各科をローテートするレジデントを、ここ安田病院ではローテートと呼んでいる。

「ちょっとさァ。ローテートの林ったら、静脈留置針サーフロー入れるのも時間かかって、挙句の果てには看護師さんお願いします!だってー。こっちも忙しいのにサーフロー位ちゃっちゃと入れてくれへんかなぁ」

 病室よりキレ気味で帰ってきた、恵綾子めぐみ あやこである。でっぷりした体に、きつくかかったパーマ。真っ赤な口紅。

「別名 パンチ」

 もちろん本人の前では口が裂けてもいえないが、いつの間にか4病棟のスタッフの中でついたあだ名である。

 ナース道25年の彼女は、例え医師であろうとも容赦なくたたっ切る。そのため、ここ4病棟では、誰もが恐れる人物なのである。

「そうそう。林って要領悪いよねー」

 相づちを打つのは、角野亜里沙かくのありさ。7年目の中堅で恵の取り巻きの1人である。容姿端麗なその姿にだまされる医師も少なくない。

 ミサはこの2人がとても苦手なのだ。

「あ〜、渡辺さん!」

この2人から逃げるように、点滴を準備していたミサにパンチが喰らいついた。

「あんた、安達さんから薬、頼まれてたでしょ」

(あ、忘れてた…)

「すみません」

「何で、そんなに簡単なこと忘れるの?いい加減にしてくれる。いつまでたっても薬が届かないからって、私が怒られたんだからねっ。働いて、もうすぐ2年目だっていうのに、なんでそんなに要領が悪いの!ほんとに林といい、あんたといい…事故がおきないのが不思議なくらい。さっさと安達さんとこ行って謝ってきなさいっ」

 一言余分なうえに、周囲に聞こえる様に攻め立てる姿に、その場に居合わせたスタッフは

凍りついた。

「はい。気をつけます」

「さっさと謝りに行く」

「・・・・」

(あー、また怒られたぁ)

 ミサは、ひきつった顔で、安達のところへ向かう。

(安達さんあんまり怒ったりする人じゃないのになぁ。どうしよう)

 いろんな思いをめぐらせながら、ドアをノックし部屋に入る。

「失礼します」

「はいはい、36度5分、めし10割」

 てっきり、検温だと勘違いした安達はミサが話す間もなく答える。

「あ、いえ。検温じゃなくて」

「ん?」

「安達さん。すみませんでした」

「はー?」

「あの、薬のこと、頼まれてたのに」

 ミサは顔を真っ赤にしながら頭を下げた。すると安達は、その人懐っこい目でミサの顔を覗き込んで言った。

「あーごめんごめん、また、パンチに怒られた?」

 入院慣れした安達は、スタッフの内情までお見通しなのだ。

「いや。あんまり薬が届かないんで、詰所にとりに行ったらさー、いくら、入院が長いっていっても、詰所の中まで入ってこられたら困る、個人情報があるからって、パンチに叱られてさー。あんまり腹がたったもんだから、薬が届かないからわざわざ取りに来たのに、その態度は何だ! って言ってやった」

「本当にすみませんでした」

「いやいや、そしたらさ、誰に薬を頼んだのか?とか聞くもんだから、ついミサちゃんの名前を出してしまって。本当に恐ろしいわ。あのおばちゃん。俺が院長だったら、すぐクビにしてやる!」

「俺も賛成!」

カーテンを開け、隣の川内も話に入ってきた。

「ミサちゃんみたいな可愛い看護婦さんをいじめるなんて、許さねー!俺、パンチから守ってあげるから。何なら付き合う?ね?ね?」

 半分おちょけた態度でミサに視線を向ける。

「あ、でも・・・」

 ミサが言葉に困っていると、安達が助け舟を出した。

「川内!あんたにミサちゃんはもったいないわ。鏡みて出直してこい!」

「ジャニーズ系の何が悪いんや〜」

「ひゃァ〜よく言うわ。髪型だけやんかっ」

「うっせー、はげおやじ」

「何だと〜!お前もそのうちはげるっちゅうの!」

 困惑するミサをよそに50代と20代の男2人がけんかを始める。

(なんか子供みたい…)

「こっちに顔出すなよ!」

 安達が仕切りのカーテンを閉めると、川内が意地になってカーテンを開けようとして、お互いカーテンの引っ張りあいになった。

(あ〜〜〜〜〜!!!危ない!)

 ミサが言葉に出す間もなく、カーテンのレールの留め金がはずれ、川内がベッドの下へダイビングした。

「いてぇ〜〜!」

「あははははは〜」

「……」

 安達と川内は目をきょとんとさせた。いつも、おとなしく、あまり感情を出さないミサが笑ったのだから。

 きょとんとした安達と川内を見て

「す、すいません」

いつもの、気を使いすぎるミサの表情が現れた。

「やだなァ。ミサちゃん。せっかくいい顔して笑ったのに、すいません、だなんて」

「あ、すいません」

「あ〜〜! また言ったー!」

 あはははは。 みんなで笑った。

「あんまり遅くなると、パンチに怒られるから、早く戻りな!」

「はい。そうします」

 案の定、ミサが詰所に戻ると角野亜里沙がかみついた。

「点滴の準備を放ったらかして、いつまで患者のとこ行ってんの?全部、私と恵さんでやっといたから。ほんとに、あんたみたいな人がいると、他に迷惑がかかるんだよね」

「あの、安達さんのところに謝りに…」

「そんなのぱっぱっとすませちゃえばいいじゃない。どうせ、安達なんて、大した病気もないのに居座って」

 ミサは角野のフランス人形のように大きくくりっとした瞳、艶のある小さい口元、陶器のようにピカピカひかった肌をボーっとみつめていた。

「何、ボーっとしてんのよ」

ふんっと気位の高い彼女は自分の言いたいことだけ言って、恵の横に座り記録をはじめる。

 ボソボソと嫌味な笑みを浮かべて話す2人に、他のスタッフも交わり話し出す。

(きっと、私。また、何か言われてるのかも)

 他のスタッフの輪からはずれ、少し離れたところにある、小さい作業台を机にしてミサも記録をはじめる。

(角野さんみたいに何でも要領よく出きたらどんなにいいだろう。)

 ミサは、自分の意見もはっきり言えない自分自身に嫌気がさしていた。

 ミサの近くのドアが開いた。

「こんにちは。丸山製薬です。あ、どうも」

長身でイケメンを絵に描いたような男である。

「あ〜加藤さん、久しぶり〜」

男が詰所に入るか否かのタイミングで角野がすり寄る。

「あー。ありさちゃん。高津先生いる?」

「うん。今呼ぶわ」

 連絡をとっている間、加藤のまわりに輪ができる。

「そういや、加藤さん。今度、歓迎会をしたいんだけど、どっかいいとこある?」

 恵が口を開いた。

「そうやなァー。富久屋ふくやとかどう?うまい酒もそろってるし」

「さすが、プロパーさんやね」

「やだなァ。恵さん、プロパーは古いって! 今はMRエムアールっちゅうんです」

 プロパーとは、製薬会社から医療機関に出向いて、医薬情報の提供や宣伝を行う担当者のことで、昔そう呼んでいた。古いナースは今でもプロパーと呼んでいる。

 MRエムアールと呼ばれる製薬会社の担当者は、医師が業務が終わるまで、待っていたりするので、自然とスタッフとも顔見知りになるのだ。

「ところで、歓迎会って、また移動があるんですか?」

 加藤が情報収集をはじめる。

「ローテートの林先生のかわりに、外科から、1人研修に来るのよ」

「へ〜。いちいちローテートが来るたびに歓迎会なんてしてたら大変ですね」

「そうなんだけどね、うちの病棟、酒好きで騒ぐの好きな人が集まってるから、何かと口実つけて飲みたいってのが本音」

「へー。看護婦さんたち、お酒強いからなぁ」

 加藤が談笑していると、今まで高津に連絡をとっていた亜里沙が話しかける。

「加藤さん! 先生ね、あと30分待ってって!」

「ありがとう。先生の30分は1時間だからなぁ。今日も帰り遅いか…」

「ところでさ、今度みんなで飲みに行かない?加藤さんも、たまには仕事抜きで発散しようよ、ね。毎日、高津の相手なんかしてたら大変でしょ!」

「んー。で、他に誰が行く?」

「うん。4病棟のみんなに声かけとく」

「あんまり、派手にふれ回らないでくれよ。仕事上、ややこしくなるから」

 加藤は亜里沙に耳打ちした。

「わかってるって!」

 亜里沙は嬉しそうに笑い、「連絡してね」と付け足した。

 そんなやりとりの中、ドアに背を向け、ミサは一人記録していた。誰とでも仲良く、交流の広い加藤や角野のような人物に憧れがあったが、どうせ、自分なんか・・。と自分を卑下し話に入らないようにしていた。

「じゃあ、ロビーで待たせてもらいます」

 加藤は詰所のスタッフに挨拶すると、ドアに手をかけ、いったん廊下に出かけた加藤だったが、忘れてた、という表情で、また入りなおした。

「あの、ボールペン、また持ってきたんでみんなで分けてください」

 近くで背を向けていたミサに近寄り、ボールペンの束をそっと作業代のうえに置いた。

 え?という表情を浮かべているミサに、加藤は「みんなで分けて!」と笑顔を見せた。まぶしかった。

「渡辺さんも飲み会に来るといいよ!」

 と加藤は言ったが、角野から誘ってもらえないと分かっていたミサは、ハイともイイエとも返事せずうつむいた。

 丸山製薬と書かれた、3色ボールペン。いろんな種類があった。MRという名前がついても

営業は営業。どこの製薬会社も名前を売るのに必死なのだ。

 ミサはみんながいる机にボールペンの束を持っていった。

「あの、加藤さんが、分けてくださいって」

「あー!私、このコアラがついてるやつがいい!」

「私これー。鉛筆もついてるじゃん」

 ナースにとって、ボールペンは必需品。ペンの争奪戦がはじまり、結局、ミサの手元に残ったのは、何の変哲もない、普通の3色ボールペンだった。

 丸山製薬と書かれたそのボールペンを、ミサは白衣の胸ポケットにさした。


















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