第15話 貫一とお宮
約束の時間まで、あと40分足らず。ミサは急いでシャワーを浴びた。何故か、仲原と待ち合わせしてしまった事を、後悔していたミサだったが、加藤のことを想うと少し気が紛れた。
(え? もうこんな時間?)
考え事をしていた為に、すっかり時間が過ぎていた。化粧もそこそこ、髪も乾ききらない内に、慌てて外へ出た。
「ひゃ〜〜寒いっ」
外は真っ暗。北風は冷たい。雪が降りそうな空気の感じだった。
一度、外に出たミサだったが、部屋に戻ってマフラーを取ってくると、約束の電信柱へ向かった。
約束の電信柱の前で凍えること20分。仲原が早足でやって来た。
「待った? ごめん」
ぶっきらぼうな男だが、最低の礼儀は持っている様だ。
乾きかけのミサの髪は、乾く前に凍ってしまったみたいになっていたし、白い頬は寒さで真っ赤になっていた。
「行きましょうか」
ミサはわざとつっけんどんな言い方をした。何を話していいかわからない。なんせ、昔っから男の人と話すと緊張する性質だったから。付き合った人は過去に1人いたが、「お前真面目すぎてつまんねぇ」と軽くフラれた記憶がある。
道を知っているミサの後ろを仲原がついていく。無言で歩く2人。沈黙に耐えかねたのか、仲原が口を開いた。
「お前、血液検査したのか?」
ミサの耳はすっぽりとマフラーに覆われていて、仲原の声が聞き取れなかった。
「え?」
ミサは立ち止まって、仲原を見た。
「血液検査したのか?」
「あ、はい。ひ、貧血でした。鉄剤飲んでます」
ミサがあまりにも緊張しているので、仲原はくすっと笑った。
(今時珍しいな、こんなやつ)
狭い抜け道なので、辺りには街頭もほとんどなく、たまに街頭があるかと思えば、微妙な明るさ。歩いていくうちに、チラチラと雪が降ってきたのが分かった。
(恋人同士だったら、最高のシチュエーションなのに)
ミサは思った。
「わぁ雪!」
「寒いな」
「ううん。あったかい」
2人がつないだ手は、彼のコートのポケットで温まっている。
彼の顔は加藤・・・・・・。
ミサがそんな事を想像して歩いたが、やがて富久屋に到着した。
「ありがとな」
「いえ」
店の中は活気に溢れていて、ミサ達が入ってくるなり「らっしゃーい」と威勢の良い声が飛び交った。生簀の中の魚達、包丁を揮う職人さんたちの後ろに置かれている、地酒の数々。
ミサはキョロキョロ周りを見渡し、知った顔を捜した。
「予約の方ですね?」
「はい」
仲原が答えた。でっぷりとして、健康そうな女将に案内され、2人は2階の座敷に通された。
「どうぞ、ごゆっくり」
女将は意味深に言って、障子戸を開けた。
「えーーー!」
ミサは思わず声をあげた。少し嫌そうに。
女将は驚いて2人を見ながら「井出さん2名様では無かったですか?」と確認した。
「いえ、ち、が、い、ま、す!」
ムキになっているミサの横で仲原がくすくす笑っている。
2人が通された部屋は座椅子が2つ置かれていて、個室になっている。
(冗談でしょ! なんで)
「あら、ごめんなさい。てっきりアベックかと・・・・・・ほほ」
おっちょこちょいの女将はそう言って、改めて加藤たちがいる部屋に案内した。その間、仲原はツボにはまった様子でくすくす笑っているし、ミサは益々赤くなった。
「笑わないでください!」
「ははははは」
ツボにはまった仲原の笑いは止まらないようで、顔をしわくちゃにさせている。
(やっぱ、貫一って最悪)
ふんっ! とミサは顔を背けると、女将の後ろについて行った。
「こちらです」
女将は2人を座敷に通した。加藤に角野、恵、山中、福永、いつものメンバーだ。テーブルの上には、もうビールが並べられて、2、3本開いていた。
「お疲れ様です」
加藤はミサと仲原に声をかけた。
一瞬、加藤の顔が険しくなったのをミサは見逃さなかった。しかし、その表情はすぐに消え、いつもの加藤の顔が戻った。
「先生! お疲れ様。主役だからこちらへどうぞ」
加藤の前の席を角野がすすめたが、仲原は「ここで」と、端の席に座った。先ほど見せた笑顔は消え、また、冷たい視線の仲原に戻った。角野は開けておいた仲原の席へ移り、1人ずつずれて座った。そして、変わってるわね、と隣のパンチにヒソヒソ言った。
「さ、主役が来たから飲みましょ!」
モヤモヤとした空気を吹き飛ばすように、福永はそう言うと、店の者に、料理を運ぶように頼みに行った。
結局ミサも仲原も開いている端っこの席についた。
(何で貫一が隣なの・・・・・・)
仲原は考え事をしていた。恭子の横にいた男の姿。そこにいる男で間違いない。でも、そんな事はどうでもいい。恭子とは終わった。最初から好きだったかもわからない。
仲原の酒を飲むペースが早くなっていった。
「先生、お酒強いのねー」
福永は仲原の横に来てじゃんじゃん注いだ。不思議と酒飲みは、酒飲みが好きだ。普段、仕事場で喧々囂々としている恵と福永だって、毎回酒飲み会には顔をみせる。不思議なもんだ。
飲みっぷりの良い仲原を気に入った福永は、自分の席からコップを持ってきて、仲原とミサの真ん中に陣取った。
「この子もね、割とお酒飲めるのよ」
福永はミサと仲原、自分と、交互に注いで福永ワールドを炸裂させていた。
新鮮な刺身、煮付け、てんぷら、美味しいお酒。料理も全部出揃い、皆も酔いはじめてきた。席に座っているのは最初だけ。うろうろと酌をする姿がみられた。
角野はいつもは、酌を注ぎまわることは無いのだが、仲原のところへ挨拶に来た。仲原は顔は良い。本人は気がついてないが。角野はきっと気に入ったのだろう。あからさまに、獲物を探す女豹のような表情の角野に、福永とミサは顔をあわせた。
「先生、お疲れ様。どうぞ」
「どうも」
角野はミサに席を替わるように合図し、仲原の横を角野が独占した。
(いつも加藤さんの横にいるのに)
ミサは角野の行動に少し憤りを感じながら、いつもは空いていない加藤の横に座った。
加藤はいつにもなく酔っている様だった。
「ミサちゃん、今日は飲も飲も!」
「はい!」
「ここの酒は、いろんな種類があってね、味見できるんだよ」
「へー。凄いですね」
ミサは加藤の話に耳を傾け、こうして加藤の横にいる自分が夢のように思えた。
加藤が勧めるまま、日本酒を味見するミサはかなり酔ってしまった。
「おいしい!」
「そう。良かった」
「加藤さん、この前はありがとうございました」
「ついでに送って行っただけだから」
「本当は加藤さんだけ、違うチョコレートにしようと、思ったんですけど」
「え?」
「・・・・・・」
酔って喋りすぎているミサに加藤は微笑んだ。
「ミサちゃんみたいな可愛い妹がいたらね」
加藤の優しさだった。ミサの気持ちに気がついていてさり気なく断ったのだろう。ミサもそれが痛いほどわかった。
「妹ですか・・・・・・」
分かりやすいくらい落ち込んだミサだったが、気を取り直して話を続けた。
「加藤さんの彼女ってどんな人なんですか?」
「うーん。難しいな」
「ずるい。教えてください」
すっかり目が据わってしまったミサに少し困惑した様子だったが、しょうがないか、という顔で加藤は携帯を取り出した。
「この人」
長い髪、細い線、控えめに笑う上品そうな顔・・・・・・
「わっ!」
ミサが叫んだ。
「何? 知ってるの」
加藤は少し慌ててミサの顔を覗きこんだ。
「いえ。綺麗だなぁーって思って」
「はは。ミサちゃん面白いね」
加藤はそう言って、携帯をそっとポケットにしまった。
ミサは動揺していた。見覚えのある女性。トイレに行くふりをして、席を立った。
(あの女の人、お宮の方だ!)
仲原が「貫一」で、加藤の彼女が「お宮」
ミサは完全にこんがらがってしまった。足元はおぼつかないし、日本酒の味見がかなり利いた様だ。ふらふらとトイレの方へ行った。
「おい、大丈夫か!」
こけそうになった時、トイレから出てきた仲原が支えた。
「トイレの貫一?」
「何だよ貫一って」
ぼやける世界の中、貫一の顔が間近にあった。貫一とお宮、加藤。
「もう、わかんなーい」
ミサの記憶はここでなくなった。
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