第一話 受け継がれた絆 パート7
軽く視界を巡らしても、埃一つ落ちていない廊下を眺めながら、俺は黙って歩いていた。
掃除が行き届いているのは一目瞭然だが、どうも落ち着かないのは、この近くに、あの憎たらしい祖母がいる事だろうか?
「――武尊様は、咲様がお嫌いですか?」
と、唐突に、目の前を歩く市松人形――もとい、棗さんが俺に問い掛けてきた。
一瞬、この女も心が読めるのか、と勘ぐったが、それは無いとすぐに打ち消した。【読心】の魔法は、『夜明けの魔女』以外に唱える事が許されない魔法なので、あの女以外に唱えられる訳が無い。
彼女の場合、単に勘と観察力が人より優れているだけなのだろう。
という訳で、
「嫌いだね」
と、俺は即答した。
その質問に関しては、俺は自信を持って即答できる。
他人の心を除き見て、その上でそれを周囲に暴露するのを楽しむ人間を、どうやったら嫌いにならずに済むというのだ。誰だってそんな人間、嫌悪するに決まっている。
「――棗さんは、アイツが嫌いじゃないんですか?」
黙って歩くのもムズ痒いので、俺は棗さんにそう切り替えした。
だが、俺の問いに対して棗さんは、
「武尊様は強いお方ですね」
と答えた。
……質問に答えろよ、市松人形。
「あそこまでの仕打ちを受けたのなら、普通の人間ならば、『隷属』するか、『逃避』するかのどちらかを選択をするのに、武尊様は今でもあのお方に『負けない』と思い続けている。――その心をお持ちしているだけでも、あなたは強い方ですよ、武尊様」
と、こちらを振り返ってニッコリと微笑んだ。
やけに馴れ馴れしい女だなぁ、この仲居。
まぁ、いいか……。
「で、部屋はどこです?」
「あぁ、それなら、今、目の前にある扉がそうです、武尊様」
当の仲居はノホホンとした調子で、眼前の襖を手で指し示した。
襖の上の表札には『鶯の間』と書いてあった。
旅館でもないのに、部屋にこんな名前をつけるあたりが、我らが曽祖父の実家なのだ。
「案内どーも。――じゃ、部屋で着替えますんで」
「式場までの案内は如何しましょう?」
「10分後に玄関口に向かいますので、その段取りでお願いします」
俺はそう言うと、その仲居との会話を拒絶するかのように『鶯の間』に入った。
何故か、これ以上会話を続けたら、心を許してしまう恐怖にかられそうになったからだ。
それは、俺にとって、この上ない恐怖なのだ。
外はゆっくりと、太陽が傾き始めていた。




