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第四話 リビングルームの激闘 パート5

特に波乱もなく俺達は白金台にある、自宅へと辿り着いた。

 拍子抜けするほどあっさりだったのは、5㎞圏内で俺を追跡するパトカー全てに幻影をつかせて、明後日の方角へ誘導した為だ。


「さて、山元後輩」


「はい、本条先輩」


「ここで一つ問題がある」


「おぉっ! 正解すると何か景品でも?」


 人生を舐め腐った後輩に向けて、俺はデコピンをかます。

 無論、本気でやったら携帯の液晶に穴があく程の威力はあるだろうから、痕が残らないように手加減しておいてやる。


 ――それでも後輩のおでこは赤くなっていた。……ま、いっか。


「あいた! 先輩、痛いじゃないですか!?」


「ふざけた罰だ。ちなみにこの問題を間違えるともう一発お見舞いしてやる」


「ひぃっ」


「では問題。結婚していない女の子が両親不在の男の子の家に入ろうとしています。これはセーフでしょうか?」


「セーフです!」


「アウトだっ!」


 デコピン決定!

 ちょっと威力を上げておこう。アホにはいい薬だ。


「あイタっ!」


「……、一応、理由を聞いておこうか?」


「え? 先輩、私と子作りしたいんですか?」


「するか、アホ!」


「じゃ、セーフ!」


「アウトっ!」


 少し荒療治だ。

 脳天に向けてチョップだ。

 頼む、アホが治ってくれ!


「ギャン! 今度は手刀!? 何で? 両親不在の先輩の家に入りたいだけなのに!」


「駄目だ、って言ってるのが解らんのか、このアホ!」


「……家の前で何を騒いでいるの、お二人さん?」


 振り返ると、姉さんが訝しげに俺と山元後輩を交互に見詰めていた。

 おお、神様はいるもんだ。

 女版ニート、家事手伝い、ゲーマー!

 今まで腹の中で散々、バカにしてたけど、肉親ってやっぱり最後の救済なんだな。

 さぁ、姉よ。

 ビシっ、『帰れ』と言ってやってくれ。この貞操観念の『て』の字もない、アホの後輩に!


「あれ、ひーちゃん? どうしたの、外に出て? そんなに切羽詰まってる?」


「……はい?」


 予想の斜め上の言動をする山元後輩と、首を傾げながら困惑する俺の姉。

 まるで古い知り合いのように山元後輩は俺の姉に声を掛け、初対面の人間に馴れ馴れしく話しかけられて固まる姉さん。

 有体に言うと、これが今の状況だ。


「……あ、やばっ」


 ……何か致命的な間違いに気付いたのか、山元後輩は狼狽しながら視線を左右に泳がせ、冷や汗を流し始めた。

 ボソボソと「まずい、本体じゃん」と呟いている。

 何言ってんだ、こいつ?


「あなた、もしかして……」


 代わりに姉さんは、何かを勘付いたかのように山元後輩の顔と、俺の手首につけられたブレスレット型のロザリオを交互に見た。


「姉さん?」


「し、失礼しましたっ!!」


 脱兎の勢いで、山元後輩は俺達の脇をすり抜け、姿を消してしまった。

 ……え、どういう事?

 ――ま、いっか。予定通り、帰ってくれたみたいだ。

 非常識に男の俺が女の子を家に上がらせる訳にはいかないしな。


「武尊、まずは家に入りましょう」


「あ、うん」


 俺は、ようやく自分の家に帰ってきた。




「状況は?」


 買ってきた食品を冷蔵庫にてきぱきと入れながら、姉さんは開口一番、そう聞いてきた。

 もしかして、姉さんって実は凄いメンタルの持ち主ではないのだろうか。

 しかし、状況の説明と言われても、内容がややこしすぎる。


「……えっと、」


「手短に纏めて。こっちも策を出さないといけないから」


 姉さんの口調は、いつもの口調ではなく、どこか緊張を孕んでいた。

 そりゃそうだ。学校さぼって帰ってきたのだから、普段の俺の生活態度を基準に考えれば、非常事態だと察してくれたのだろう。

 むぅ、有能だ。


「解った。学校で『洗脳』魔法が使われた。俺とさっきの女子生徒以外、全員敵。目的は俺をいたぶって殺す事。学校を脱出したんだけど、渋谷まで追跡されて魔法戦をしかけられた。今は撃退して逃げている最中。――以上」


「把握したわ。――長い話になるから、まずは座りましょう」


 姉さんはコップに麦茶を注ぎ、そう言った。


「さて、まずは『洗脳』魔法の使い手の方ね。相手は解る?」


「解らない。状況証拠だけど、麒麟学園の生徒である事と、俺に対して個人的な恨みがあるという事の二点だけ。後、現代魔法の術式でない事は確か」


「つまり、術式は解らない訳ね。――洗脳された人の様子は?」


「認識と記憶の改竄。命令実行の為には理性無視の完全服従。けど、ランクの高い魔法使いの場合、認識と記憶の改竄は無効化されるみたい。渋谷で戦った洗脳された先輩は、俺の事を覚えていたみたいだし」


「高位であれば自我が保てるのね。……妙ね」


 姉さんは考え込むように顎に手を添えて俯いてしまった。


「もしかして、『アーネンエルベ』のヨハンって奴かな?」


「まず違うでしょうね。祖母様のおっしゃる通りの実力者なら、悪魔の力を使う筈よ。悪魔の力で『洗脳』なんかしたら、自我なんて保てる方がおかしいわよ。むしろ、自我が残るなんて、『洗脳』する側からすればリスク以外の何物でもないじゃない」


「つまり、別の敵?」


「十中八九。無限魔力生成の秘術ですもの。大国から小国まで、喉から手が出る程欲しい筈よ。――ま、例外的なのはアーネンエルベでしょうね。あの人達からすれば、用が有るのはシャーロットさんとあなたのアルカナの中に眠る聖遺物だけの筈だし」


 姉さんはそう言いながら、俺の手首に巻きつけられたロザリオをちらりと盗み見た。


「何だっけ、『聖杯』と『杖』が欲しいんだっけ?」


「キリスト教だし、仕方ないわね。シャーロットさんのアルカナの中には本物の『聖杯』が入っているから」


「本物かよ!?」


 すごくさらりととんでもない事を言ったぞ、今!?


「そんな事よりも、体の状況はどう? カードは出せる?」


「あれ? そういや、あのカードってどこにあるんだ?」


 今更すぎる問題で、自分が恥ずかしくなる。

 そういや、最後に見たのは、ババアが俺の額にカードを押し付けていたっきりだ。


「あなたの中に決まってるでしょ。カードを思い描いでごらんなさい」


「カードを、思い描く……」


 姉さんの「あなたの中」という珍妙な表現を訝しみながらも、俺は言われた通りにした。


 ――ドクン


 ひときわ強い鼓動が鳴った。

 その瞬間、俺の眼前にカードが現れた。

 ……簡単に出てきてくれるもんなんだな。

 【0】の番号が上部中央に位置し、崖に沿って歩き続ける一人の男の姿だ。

 ――む、本当に杖を持っている。

 それと、何だこの男と一緒にいる犬は?

 俺があらためて曾祖父の遺産である【愚者】のカードを見ていると、


「正位置にてカードの具現化を確認。融合は成功よ」


 姉さんが肩の荷が下りたような表情で、そう言った。

 つまり、このカードを出せたという事は、俺の魔力も元に戻った、という事か。


「……それで、これで何ができるんだ、姉さん?」


「あら、自分の魔力の総量が上がっているのに気付かないのかしら?」


「総量?」


 俺は訝し気に思い、普段はあまりやらない『自己検査』の魔法を使った。

 特別な魔法ではなく、現在の血圧や体温、体重から脂肪率まで瞬時に検査する事が可能な魔法だ。

 計測された数値は、目を閉じれば、瞼に映像として浮かび上がるようになっている。


 ……って、えええぇぇぇっ!?


「あ、握力が5t!?」


 すげーわ。

 そりゃ、ハチ公前のスチールベンチに亀裂が入る筈だわ。

 それどころか、出るは、出るは人外スペックの数々。

 ぱ、パンチ力8tもある。いよいよ変身ヒーローじみてきた。

 問題は、変身もしてない普通の状態でこのポテンシャルである事だ。

 つーか、俺、この筋力でサッカー部の連中を殴ったり蹴ったりしていたのか。

 ま、あいつらも魔法使いだ。

 自分で何とかするでしょう。

 ……過ぎたことだ、ほっとこう。


「そこじゃなくて、魔力総量を見なさい、魔力総量を!」


 あっはい。


「……嘘、俺の魔力総量が10万……!?」


 駄目だ、もはやおかしい。

 俺、どんな魔法も唱えられてしまう。

 魔力総量とは、その名の通り、自分の体内に蓄積されている魔力の量の事だ。

 こいつを消費して、人間は魔法を使うが、使いすぎは寿命を縮める。

 つまり、使い切るという事は、死を意味するのだ。

 この総量が多ければ多い人間程、魔法の素質があるという証明でもある。

 一応、長年の修行で総量を伸ばしたり、陰陽師のメス豚先輩のように髪の毛を伸ばして貯蔵する裏の手もあるが、一般的にはこの数値は極端に老化しない限り不変のものである。


 因みに、3級魔法使いで10であり、1級魔法使いの姉さんで1万だ。

 つまり、単純計算で姉さんよりも10倍の魔法の素養が身に付いた事になる。

 冗談でも言おうかな。


「あれれ、おかしーぞー? 呪文をどこかで間違えたかな……」


「白目を剥いて現実逃避しても駄目よ。魔法は嘘をつかないの」


「……だよね。――タロットの影響はこれ位?」


「まさか。百聞は一見にしかず。まずは『遠隔操作』であの机の上に置いてあるコップを取ってきてくれる? 『自己検査』の魔力総量をよく見てね」

 

 妙な事を言う。

 俺は首を傾げたのち、何の気なしにダイニングの机の上に載っているコップに視線を向け、手をかざした。


「『遠隔操作』」


 別に口に出さなくても発動できるけど、もはやノリである。

 『遠隔操作』。

 使用者の視界にある、自分よりも質量の軽い物体一つを対象とし、それを視界にうつる範囲で、宙に浮かせて移動させる魔法だ。

 

 ――よっこいせっと。


 俺はそう心の中で呟き、食卓の上に乗ったコップをそのままリビングのテーブルの上まで移動させた。

 で、姉さんに言われた通り、魔力総量を見る。


 ……あれ? 減っていない!?


「気付いたようね」


「あ、ああ……」


 さすがの俺も唖然としてしまった。

 等価交換は魔法の大原則。

 魔力を糧に魔法を使う。

 これは魔法の大原則なのだ。

 車だってガソリンがなくなればエンジンは動かないし、充電しなければ携帯電話も使えない。

 俺は確かに、今、確実に魔法を使った。

 なのに、魔力総量は10万のまま変動しないし、減った形跡もない。


「本当は減ったの。けど、あなたの目に留まらない速さで回復したのよ」


「この魔力はどこから?」


「【世界】よ。最後のアルカナの持ち主。その方が、全てのアルカナ・ホルダーへ魔力を供給しているの。万単位で魔力を消費しない限り、減ったのは確認できないでしょうね」


「万単位の消費って、そりゃ『メギド・フレイム』クラスの大技じゃないか」


 『メギド・フレイム』とは、魔法版の核兵器だ。

 使えば、都市一つは軽く壊滅するだろう。

 うわー、確かにババアと喧嘩ができそうだわ、これ。


「魔力総量は桁外れな上に、随時回復。更に身体能力は人外そのもの。まさか他にもあるのか?」


「ええ」


「勘弁してくれ」


「まず、年を取らないわ」


「えええええぇぇぇぇぇっ!?」


「だから武尊はずっと17歳のままよ」


「マジかよ?」


「ええ。因みに、お祖母様やシャーロットさんも不老不死なのよ」


「あー、やっぱりババアが年をとらないのは、そういう理由だったのか。ん? シャル先輩って何歳なんだ?」


「正確な年齢は当人も忘れたそうだけど、300年は生きているでしょうね」


「げえぇっ!?」


 ババアどころか、俺の100倍以上も生きているのか、あの人は!?

 300年も生きて、どうしてあんなふざけた性格になったんだ!?


「更に、人間の三大欲からの解放ね」


「はい?」


「食欲、睡眠欲、性欲に囚われないわ。つまり、お腹も減らないし、眠たくもならなくなるし、女の子を見てムラムラしなくなるわ」


「あれ? 俺、普通にごはん食べてるけど?」


 腹は膨れないが、飯は結構な量を食べてた筈だ。

 後、性欲の件は略しとけ、生々しい。


「あら、お腹が減ったの?」


「そういや全然。」


「そりゃそうよ。もはや三大欲なんて、あなたにとってはただの娯楽よ。だから、際限なくご飯は食べられるし、際限なく眠る事もできるし、際限なく女の子とイチャイチャできるわ」


「逆に囚われてない、それ?」


「あら? 人間らしい楽しみを持って、初めて生きてるって実感できるものよ? ほら、ギリシャ神話の神様みたいにやりたい放題するのも一興かしら」


「逆にそれはどうかと思うが……」


「逆も然り。その気になれば、何百年間もご飯を食べる必要もないし、寝る必要もないし、彼女が欲しいとも思わないわ」


 成程、だからあれだけ食べてもお腹が膨れなかったのか。


「オーライ、解ったよ」


「で、最後ね」


「まだあるのか」


「むしろ最初に戻るのかしら。カードを見てもらえる?」


「ん?」


 絵札の男は相も変わらずニコニコ笑いながら崖を歩いている。


「各カードには宝物が封印されているのは、説明したわね? シャル先輩には『聖杯』。あなたには『杖』らしいけど」


「ああ」


 もう一度カードを見る。

 荷物を括り付けた杖を見る。

 この杖がキリスト教とどこに関係しているのだろうか。


「それとは別の魔法が封印されているの」


「魔法?」


「禁忌魔法と呼ばれるものよ。打ち消し不能の魔法術式。融合が完了した今、あなたも唱えられるわ。いえ、呪文名を口にしなくても発動可能よ」


「呪文名は?」


「【忘却】」


 姉さんは、そう答えた。


 その瞬間、


 ピンポーン


 と、チャイムが鳴った。

 何て嫌なタイミングだ。

 これから、俺の体の変化に対する答えがでる、このタイミング。


 ピンポーン ピンポーン


 ペースが速くなった。

 宅配じゃなさそうだ。


「珍しいな、こんな時間に? 新聞のセールスかな?」


「待って」


 姉さんがインターフォンを取ろうした俺を、声で引き留めた。

 姉さんの顔を見て、若干、ゾッとした。

 整った相貌には、どこか剣呑とした光が宿っていた。

 まるで、ゴング開始前のプロボクサーのような、闘志に火が付いてしまった人間の目つきである。


「姉さん?」


「……数は4体。……あぁ、4から死に繋げているのね。そういう工夫、好きよ」


 姉さんは徐々に剣呑な表情を浮かべながら、ソファから立ち上がった。

 その間にもチャイムが鳴る。


 ピンポーン ピンポーン ピンポーン


 と。

 徐々にその感覚は短くなってくる。


「姉さん?」


「ここにいなさい。面倒なのが来たわ」


 ダイニングの食卓の上に置いていたシュシュを取り、長い髪の毛をポニーテールに結い上げる。


 ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン


 その間にも、チャイムが鳴り続ける。

 姉さんはそのチャイムにかまいもせずに、リビングの中央に立った。


「発動されているから、『スペル・クラッキング』できそうにないわね。まぁいいわ。舐めプで十分そうだし」


 姉さんは不敵にほほ笑み、まずはパチンと指を鳴らした。

 瞬間、チャイムが連続して鳴る音が止んだ。

 だが、次にパリンと音を立ててリビングの窓ガラスを突き破って何かが飛び込んできた。


「おぉっ、何だ?」


 俺は眼前の床に着地したソレを見て、思わず声を上げてしまった。

 小さな女の子の形をした人形である。

 何故か腹部は切り裂かれ、赤い糸で縫い合わされた上に胴体部をグルグル巻きにされている。 

 そして、人形に不釣り合いなのが、両手で担ぐ大きな万能包丁である。

 その人形は、リビングに立ちグルングルンと首を回転させた。

 人間だったら首がねじ切れるのだが、人形だから問題ないのだろう。

 そして、俺を視界に収め、首の回転を止めた。


「ミ……ツ……ケ……タ……」


 かぼそい少女の声で、人形がそう呟いた。

 うわ、キモイ。


「あら可愛い」


 姉さんの落ち着いた声がした。


「ええぇっ!? 可愛いコレ? 軽いホラーだよ?」


「そう? この手抜き感が何とも可愛いと思うんだけど。作った人が」


「作った奴の方かよ!」


 そうこうしている内に、呪いの人形は大リーグボールでも放つかのように片足を垂直に挙げ、大きく包丁を振りかぶった。


 いいっ!? それ投げる気か!?


「はい、『酸化』」


 ギュン!


 と、金属同士がこすれるような音がした瞬間、包丁が茶色く変色し、塵となった。

 『酸化』とは、金属を錆びて朽ちさせる魔法である。無論、人間に向かって発動させると、即、殺人罪の適用がまっている。

 って、今の、2級の魔法だぞ!?

 姉さんは、まるで小学生の算数テストを解いているような作業的な表情を浮かべている。


 ニートすげえええっ!


「で、『浄化』」


 ポン!


 今度は空気が破裂する音がして、人形から白い蒸気が立ち上った。

 これは、呪術系の魔法を無効化にする魔法である。


「はい、まずは一体」


 姉さんはそう言うと、人形をひっつかんでゴミ箱へ向けて放り投げた。

 哀れな人形は、ボッシュートである。

 ゴミ箱への処理で大丈夫なのだろうか?

 まぁ、姉さんの一連の行動に迷いがなさそうだし、多分、大丈夫だ。


 パリンパリンパリーン!!


 続いて、連続してリビングのガラスが飛び散り、人形が再び突入してきた。


 いい加減にしてくれよ、まだ来るのかよ!?


 一つはアイスピック、もう一つは包丁、もう一つは菜箸である。


 料理道具で遊ぶな、この罰当たりめ。


 誰に教わったか忘れたが、メシを食うのは尊い事なんだぞ!

 と、菜箸を構えた人形が、俺に飛びかかってきた。

 狙い違わず、俺の眼球を抉り出そうと、空中で『C』の字になるくらいに体を反りかえらせた。


 やべ……!


「『完全停止』」


 と、姉さんが魔法を発動させる。

 空中にまるで固定されたかのように、アイスピックを構えた人形が停止する。


 物体を空間ごと固定する1級魔法を、まさしく『作業しています』といったすまし顔でやってのける、我が姉。


 うん、ニートとバカにするのは今日で辞めておこう。


「『帰化』」


 パリン

 と、今度は陶器が割れるような音がして、空中で停止している人形から白い煙が上がる。

 魔法道具そのものを破壊する万能呪文。

 これも2級クラスの大技である。


「はい、二つ目」


 空中で停止したままの人形を鷲掴みにし、ごみ箱に向かって放り上げる姉さん。

 そうこうしている内に、2体の人形が、左右に分かれて素早く床の上を走り始めた。

 2体の人形が同時に跳躍し、姉さんに肉薄する。

 俺を殺すより、姉さんを対処した方がいいと判断したのだろう。

 うん、俺もそう思う。


「あら、怨霊を媒介にしているのに、連携ができるのね。凄いじゃない」


 と、姉さんが称賛するようにそう言って、2体の人形の攻撃を最低限の動きだけで回避する。

 見事な運動神経である。

 そして、――


「『解呪』」


 すれ違い様に、魔法発動。


 パリン!


 と、ガラスの割れる音がする。

 これまた呪術を無効化する魔法だ。

 2体の人形は断末魔の叫びを上げるかのような仕草をしながら、床に這いつくばった。


 さすが、お姉様。お見事です。


「……あー、やばいわね」


 と、姉さんが不穏な事を呟く。


「何が?」


「コレね」


 姉さんはそう言って、床で這いつくばる人形を指さす。


「あと、36体くるみたい」


「さっき、4体って言ってたじゃん」


「後続部隊みたい。合計、40体みたいね」


「あ、そう言えば髪の毛取られていたな」


「やっぱりね。もう飽きたから、この家を『聖域化』するわ。いちいち、相手してらんないし」


 姉さんはそう言うと、パチンと指を鳴らした。

 瞬間、姉さんを中心に風が吹き抜けた。


「安心していいわよ。ここをパワースポットにしたから、怨霊をエンジンに動くあいつらじゃ、一秒で成仏しちゃうわ」


 えええぇぇぇっ!?

 何だろう。ババアに散々ボコボコにされた時と同じような感覚が、姉さんに対して芽生えてきた。

 即ち、人外への畏怖である。

 いや待て、俺の方が人間じゃないんだった。


「最後は。『整頓』と『修理』で終わりね。――さ、夕飯作るから、待っててね」


 姉さんは何事もないかのように、滅茶苦茶になったリビングを魔法で綺麗にし、割れたガラスも一瞬で修復させると、鼻歌混じりにキッチンへと入っていった。


 姉さんのお陰か、俺の状況って実はとんでもなく軽い出来事に思えて来た。

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