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第四話 リビングルームの激闘 パート3

 また、背筋がうすら寒くなった。


「夏なのによく冷えるな、今日は」


「あ、冷房、弱めます?」


 俺の独り言に、初老の運転手は気遣いの声を掛ける。


「あぁ、大丈夫です」


 俺はそう答えて、後ろの方へ視線を投げる。

 今の所、パトカーが追いかけて来る気配はない。


 『洗脳』を主な戦術として使ってくるのなら、もしかしたら呪術攻撃以外にそろそろ国家権力を使ってくるかもしれない。

 そうなれば厄介だ。いじめが目的なら対処できるが、殺しが目的だとかなりやばい。

 国家権力を盾にされたら、正当防衛さえも公務執行妨害に差し替えられてしまう。


 という訳で、俺は家まで帰る手段をタクシーにしたのだ。

 電車は渋谷駅でさんざん暴れ回った後だし、バスに乗ると強襲された時に他の乗客の迷惑になる。

 という事で、俺は道路でタクシーを拾い、今に至る訳だ。

 

 悪いがタクシーのおっさん、巻き込まれたら運が悪かったと思って諦めてくれ。

 最悪、可能なら命だけは助けるよう、努力するからよ。

 ま、今の所、サイレンまわすパトカーが居ないし、このまま杞憂でいてくれるといいのだが。


 そして、気になる事がもう一つ。


「…………」


 あの山元が無言でおとなしく席に座り続けているのだ。

 マックにいた時やハチ公前にいた時は元気よく喋っていたのに、だ。

 まるで借りてきた猫のようにおとなしい。

 もしかして車酔いなのか?

 おっさんの運転は滑らかなのに。


「やけに大人しいな、山元。酔ったか?」


「先輩、しーっ! 取り敢えず黙っていてください!」


 山元は自分の唇の前で人差し指を突き立て、俺にそう言ってきた。

 こりゃ、本格的に車酔いか?

 にしては、元気すぎるが、――ま、いっか。


「吐きそうになったらすぐ言えよ」


 俺はそう言って、ポケットから折りたたみ式の携帯電話を取り出した。

 姉さん、起きているかな。

 ネットゲーマーな姉さんの事だから、今頃ぐっすり寝ているかもしれない。

 ま、状況の説明ぐらいしておこう。

 俺は素早く自宅の番号を呼び出し、コールする。

 10回コールするも、反応なし。

 居間で寝てないな、こりゃ。

 今度は姉の携帯電話へかける。

 さて、出るかな?

 数回のコールの後、


『珍しいわね、武尊。私に電話なんて』


 怪訝そうな声音で、我が姉が電話に出た。

 口調から察するに、寝ていた様子はない。


「姉さん、今どこ?」


『近所のスーパーよ』


 姉さんのそのセリフを裏付けるかのように、電話の向こう側では、お買い得の食品のアナウンスが流されている。

 普通に家事手伝いしてやがる。ニートのくせに。


『あ、そだ。今日の夕飯、何がいい?』


「今から勝負事が控えているからトンカツで」


『勝負事? まぁ、いいわ。それで、今日は何時くらいに帰るのかしら?』


「可能なら、今すぐに帰るよ。事情は家に帰ってから説明する」


 俺はそう言ってすぐに電話を切った。

 背後からやかましいパトカーのサイレンが鳴り響いたからだ。


「早速、お出ましのようだな」


 後方から来たのは3台のパトカーだ。

 学校の外に来たからか、使える駒は手当たり次第に俺にぶつけるらしい。

 しかし、計画性の欠片もない所業だ。


『そこのタクシー、今すぐに停車しなさい! 繰り返す、そこのタクシー、今すぐに停車しなさい!!』


 外部スピーカーから、警察官が大音量で怒鳴り出す。

 見たところ、対魔法装備が施されていないタイプのパトカーのようだ。

 なら、少しイタズラしてやろう。

 俺はそう決断すると、さっそく指パッチンした。

 効果はただちに現れた。

 3台のパトカーは、なんの躊躇も見せずに反対車線へとUターンし、こちらから遠ざかっていく。


「あれ、うちじゃなかったのかな?」


 少しびくついた様子の運転手さんが、こわごわとした面持ちでバックミラーごしに後方を見た。


「さぁ。別のタクシーだったんじゃないですかね?」


 俺は適当にそう返した。

 俺がやったのは、今回は少し特殊な精霊術である。

 光の屈折率を操作し、タクシーが反対車線に移動して逃げる幻影を見せているのだ。

 いわば、積極的に動く蜃気楼である。

 魔法犯罪課の魔法使いなら簡単に看破してしまう程度の術式だが、どうやら相手は三級のようだ。

 人材不足で助かったぜ。


「あのパトカーどこまで行くんでしょうか?」


 今度は山元が、拍子抜けした表情で俺に囁くような小さな声で問いかけてきた。

 どうやら、俺の仕業なのは勘付いているらしい。


「このタクシーから5kmは離れたらじゃないかな。俺の精霊の有効範囲そこまでだし」


 俺はそう答えると、後部座席に身体を預けた。


「後先考えずに国家権力を使うか。こりゃ、相当、頭の悪い奴だな」


 俺はそう呟くと、窓に視線を投げた。

 世界救済の為のアーティファクトを埋め込まれた俺自身の身体に起きている変化や、『アーネンエルベ』に命を狙われている事、学校のいじめなど、数々の問題が山積している事態に辟易してしまう。

 しかし、学校のいじめの問題のなんと小さい事か。

 人生の難易度をいじれるなら、今すぐイージーモードに切り替えたいぜ、まったく。

 ま、愚痴っても始まんねーし、こっからは切り替えよう。

 向こうが馬鹿な分、やりようはあるし、策はまだあるんだ。

 タクシーは徐々に見知った住宅街へと進んでいった。

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