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第四話 リビングルームの激闘 パート1

「来ないで下さい、来ないで下さい」


 …………………、バカがいる。


 例の後輩が、マックのボックス席に座りながら何やらブツブツ呟いている。

 両手を合わせ、まるで修道女が教会で祈りを捧げるかのような姿勢で、ブツブツとそう言っている。


「どうか、どうかこの席に誰も座らないで下さい!」


 結局、俺達はマックで食事する事になった。

 答えは単純明快。マックの方がすぐ近くにあったからだ。

 さらば、モスチキン。

 そんでもって、当りまえのようについてくる、この小柄なバカ。


 おごってやるから、先に席を取りに行けと指示し、俺は自分の分とバカの分の注文を済ませ、トレイを持って席に近づくと、この有様である。

 今まで色々な人間をババアに見せられたが、こんなタイプは初めてだ。


 そう、本物のバカだ。


「主よ、どうか、どうかあの子以外の人がこの席に座りませんように!」


 面白そうだし、携帯で写メでも撮ってやろうと思ったが、トレイで両手が塞がっているのでやめておこう。


「その辺にしておけよ、バカ」


 さすがに見苦しいので俺がそう言って、バカの正面の席に座りながら、そう言った。

 この際、回りの人間にどう思われようが構わないが、バカと会話するのは疲れる。


「あっ、先輩。待ってましたよ♪」


 心から安堵したような表情で、バカの後輩がそう言った。

 お前といると頭痛に悩まされるこっちの身にもなれ。


「無事、この席は死守しましたよ、先輩! これも主の思し召しです」


 人が座っている席を奪おうとするKYな人間が、この日本にいる訳ねーだろ。


「……もういい、とっとと食え」


「先輩、悪いですね。ただ座っていただけなのに、奢ってもらえるなんて、ちょっぴり罪悪感です」


「気にすんな。こっちは先輩、おまえは後輩。理由は十分だろ?」


「わー、かっこいい、先輩! 惚れ直しました!」


「……しらじらしい嘘をつくな」


 メシを奢ったぐらいで、何で女が惚れ直すんだよ、バカバカしい。


「んもう、先輩の意地悪ぅ。――それじゃ、気を取り直していただきまーす♪」


 腹でも減っていたのか、バカは満面の笑顔を浮かべながらハンバーガーにかぶりついた。

 見ているこっちが満腹になりそうな豪快な食いっぷりである。


「ねぇ、先輩。私から質問、いいですか?」


 ハンバーガーを飲み込んでから、バカがやけに真面目な口調でそう聞いて来た。


「何だ?」


「悠木先輩に、どうやって勝ったんです?」


 興味津津な眼差しで俺を見つめるバカは、身を乗り出さんばかりの面持ちで、俺にそう尋ねた。

 魔法を初めて見た子供のように、その目は曇りがなく、まっすぐな眼差しで、俺を見て来る。

正直、この後輩の対応に困った。

 ……悪意が無い人間の相手は、やっぱり苦手だ。

 俺は辟易しながらも、正直に答える事にした。


「難しい事はしてないけどな」


 俺はそう言って、パクリとポテトを口に放り込んだ。


「じゃあ、拳にグルグル巻いていた風は何です?」


「『ソニック・グローブ』の事か? あれはフェイク。あれ見たら、誰でも俺が『鬼に向かって殴りに行く』、って思うだろ?」


「あ、私もそれ、思いました。――けど、あれってそんなに弱いパンチなんですか?」


「コンクリートの壁にヒビを入れる程度だな。威力は修業した格闘家と同じだ。違うのは、魔力が続く限り、何を殴っても拳は壊れない事だけかな」


「十分、凄いじゃないですか」


「バカか、お前? コンクリートにヒビを入れる程度で、あの鬼が倒せるかよ」


「倒せないんですか?」


「冗談抜きで言うが、戦車の大砲で倒せるか、倒せないかくらいだ。今の俺には、戦車砲なみの攻撃手段はないから、直接対決じゃなくて、あのメス豚の背後に飛び込む事にしたんだよ」


「女の子をメス豚って言ってはイケません! めっ!」


「話の腰を折るんじゃねぇっ」


 ドンっ、と俺は机を軽く叩いて抗議した――、つもりだったが、筋力が上がって

いたのか、思ったよりも大きな音になってしまった。


 一瞬だけ、回りの客が訝しげな視線をこちらに投げかけてきたが、すぐに視線を元に戻して行った。

 まさか、痴話喧嘩の類だと思われたのだろうか?

 心外すぎる。

 

 ――、まぁいっか。


「はーい、解りました。で、どうやって背後に飛び込もうとしたんです?」


 大きな音が出たにもかかわらず、この女はちっともびびらない。


 存外、度胸が据わってるのか? バカのくせに。

 まぁいっか。


「……俺の足の裏に風の精霊を収束させていたんだよ。ちょっとした竜巻が足の裏で発生していたから、軽くジャンプしたら20mは飛べる。その跳躍力があれば、懐どころか無防備な背後をとれる、って寸法さ」


「えぇっ!? そうだったんですか!? 全然解らなかったです」


「……そりゃ、他人からは解らないようにやったんだから、当然だろ」


 俺は冷静な口調で至極当然な台詞を吐くと、パクリと再びポテトを口の中に放り込んだ。


 むしろ、あの時点で俺の企みがあのメス豚に悟られていたら、今頃俺は肉塊になっていた筈だ。ギリギリの殺し合いなんて、これ以上はご免こうむりたい。


「皆が俺の右腕に集中していたから、両足の裏に風が収束しているのを誰も気がつかなかった。だから、俺は鬼が攻撃して来たら跳躍して奴の頭上を飛び越え、先輩の背後にまわれた、って訳さ。まぁ、一秒以内の出来事だから、ここの展開は注意しないと視えないけどな」


「いや、視えませんよ。だって、気が付いたら先輩がいつの間にか悠木先輩の背後にいたから、凄くびっくりしました」


「第三者のお前が見てもそうなら、俺の企みは成功だな。後の展開はお前が見えた通り、髪の毛引っこ抜いて、前歯をへし折っての大暴れだ」


 俺はそう言って、ハンバーガーにかぶりついた。

 腕力が上がっているのは伏せておこう。

 必要以上に力を入れなければ、俺は常人という事だし、現状、何でこんなに腕力があるのかは解っていないのだ。原因も解らないのに、余計な情報を伝えても、バカは混乱するだけだ。ここは、黙っておこう。


 んじゃ、今度はこっちも質問といきますか。


「話は変わるが、お前は何時まで着いてくる気だ?」


 自称、『味方』であるこの後輩は、いじめられている俺と行動を共にすると宣言し、俺の傍を離れない。

 どの魔法術式を使うか知らないが、『お供する』と言っておいて戦闘が俺に丸振りな所を見ると、荒事向きの魔法じゃないらしい。医療関係の魔法だろうか?


 俺が言うのもおかしいが、少しは自分の人生を大事にして欲しい。

 俺があいつらのグループの人間だったら、次のターゲットにするよう風見鶏にアドバイスして、友情が壊れていく様を眺めるぞ。


「気が済むまで、お供しまーす♪」


「……そーかい」

 

 しかし、この人の話を聞かないノリ、まるであの人みたいだな。

 

 まさか……。


「……お前さ、もしかしてシャル先輩じゃないよな?」


「シャル先輩? ガイジンですかー、そのヒト?」


「……いや、いい。気にするな」


「はーい」


 ……そりゃそうだ。


 そもそも、あの人なら、バレた時点で【変身】を解いて、「ばれちゃったかー♪ ざまーみろー♪」なんて言いそうだ。

 

 そもそも、シャル先輩も奴らに命を狙われている上、自分から俺の囮になると言ったのだから、こんな至近距離にいる訳がない。

 

 ……何だか、あの人ならやりかねないような気がするが。


「――って言うより、先輩はそのヒトの名前、覚えてるんですね」


 アホの後輩が、何故か憮然とした声を出す。

 もしや、アホの分際で名前を覚えて欲しいのだろうか?

 図々しい奴め。

 少しはキャラを濃くしてから出直してこい。


「――ま、そんな事より、学校の状況を教えてもらおうか。俺が忌引きで休んでいる間に、風見鶏ごときが俺をいじめられる様になっているんだからな。つーか、風間は何をしてるんだ?」


「えーと、先輩も薄々勘付いていると思いますけど、謎の生徒が『洗脳』魔法を行使して、やりたい放題やっています。簡単に言いますと、先輩が休んでる間に、二年生の『メイガス』の順位と立場が様変わりするくらいです」


「だろうな。俺は今、何位だ?」


「先輩の今の順位は、320位です。当然、『メイガス』の権限は全て剥奪されています」


 ちなみに、麒麟学園の各学年の数は320が定員となっている為、必然的に俺は最下位という事になる。


 洗脳されるという事は、記憶と認識もある程度いじれているのだろう。

 でなければ今朝の内にアイツ等が徒党を組んで俺に仕掛ける理由がない。

 奴らの一人が言った『話しが違う』というのは、最下位のくせに強すぎた、という事だったのだろう。

 けど、魔法の才能がある人間には、ある程度、洗脳の力が弱まるみたいだ。三年の二位であった、陰陽師の先輩は俺の実力が解っていたみたいだし。

 つまり、魔法の才能が高ければ高いほど、それに反比例して洗脳の浸食は押さえられる、という事か。

 二級や準二級クラスの魔法使いは、洗脳はされているけど、ある程度の自我と記憶は、保てるらしい。


 が、基本は従わざるを得ないらしい状況のようだ。


 それでも、三年の二位が嬉々として俺を襲撃する事にしたのは、よほど俺の事が嫌いだったに違いない。ゴミは処理する主義だが、実力のある人間の敵は作らない主義なのに、どうして俺は嫌われたんだろう?


 うーん、やっぱり他人の思考は解らないな。

 ――ま、どうでもいっか、過ぎた事だし。

 現状を纏めると、今の俺は学園中から最下位の実力者として、いじめのターゲットになっているらしい。

 しかし、最下位も悪い事だらけじゃない。


「最下位って事は、責任がない事だろ? 楽でいいなぁ」


 俺は心の底から、つきものが落ちた気分でそう言った。

 『メイガス』なんていう生徒会の役割を強引に押し付けられて辟易していたのが本音なのだから、俺からすれば解放してくれた事を感謝したい。


「のほほんと何を言っているんですか、先輩。それだと、先輩に恨みを持っている生徒が、先輩を痛めつけるのを、誰も止められないんですよ?」


「別にそれが悪い事じゃないだろ」


「へ?」


「人間が他人を恨むのは、人として健全な証拠だ。どこもおかしな話じゃないさ」


 生きるという事は、自分以外の誰かに不幸を押し付ける事。

 幸福は、誰かの不幸の上にしか成立しないのだから、当然の事だ。

 それは人に限らず、この地球上に住む全ての物質に当てはまる真理である。


 故に、人は誰に恨まれても、それを不思議に思うのは、そいつが生きるという事を理解していない証拠だ。

 

 俺は生きている。だから、誰かを不幸にし、恨まれる。

 それは、教師かもしれないし、友人かもしれないし、親かもしれない。

 だから、俺からすれば、他人から恨まれるのは、生きている限り当りまえの事なのだ。

 

 それ故に、人は他人を不幸にするし、最悪、殺したりもする。自然の摂理にかなった、実に当りまえの事だ。

 

 そういう訳で、俺自身、他人にどう思われようと、どうだっていいのが本音だ。

 

 無論、売られたケンカは言い値の倍の値段で買うのが俺の主義である。

 

 平穏無事を願う平和主義者を怒らせたつけは、きっちり払ってもらおう。


「ま、俺も他人を恨んだ事は山のようにあるから、偉そうな事を言える義理はないけどな」


 俺はそう言うと、ビックマックにガブリと噛みついた。

 やっぱり、お腹がふくれない。


「何か先輩って、『性悪説』の信奉者なんですか? 孫子でしたっけ?」


「荀子だ。後、言っておくけど、『性悪説』の『悪』は、お前が考えているような『悪』じゃないからな」


 コイツ、本当に麒麟学園の『メイガス』の一員なんだろうか?

 この頭の悪さで、よく学年三位以内の実力をもぎ取ったのか、不思議でならない。

 ま、かく言う俺も中国の思想家で覚えられたのは、荀子だけだが。


「じゃ現状を確認すると、謎の生徒Xが、第二学年の『メイガス』一位に居座って、何故か俺を最下位にして、いじめるように仕向けている、と」


 状況を纏めてみると、感想は『拍子抜け』そのものだった。

 学年全員まで巻き込んでいるから、教師の誰かが仕組んでいるかとおもっていたんだが。真犯人は二年生か。

 明らかに、俺をターゲットにしたこの有様。


「ははーん、これはー、先輩を思いっきり恨んでいる人間とみました! 名探偵山元の勘が冴えわたりましたよ!」


「……どこから突っ込んでほしいんだ、アホ?」


「し、失敬ですね、先輩! 私、前の学校じゃすっごい頼れる存在だったんですよ?」


「前の学校?」


「あー、それは流して下さい。――それより、先輩自身、身に覚えはないんですか? ここまでするなんて、そうとう酷い事をしたんですよ、きっと!」


「うーん、そうだな……。――解らん」


「えー……」


「そもそも、身に覚えがありすぎる」


「身に覚えがありすぎるって、そっちの方で解らないんですか? ……先輩、もし

かして『メイガス』にいた時、いじめでもしてました?」


「当りまえだろ」


「駄目じゃないですか!!」


 バン!


 と思いっきり机を叩いて、山元後輩が俺を怒鳴った。

 何か悪い事でも言ったか?

 それより、こんなに派手な音を立てたのに、何故周りの客はこっちに視線を寄越さないのだろうか?

 もしかして、さっき音を立てて机を叩いたから、痴話喧嘩の類と思われて無視されているのかもしれない。

こんな女と痴話喧嘩していると思われるのは、極めて心外だ。


「どうしてそんな酷い事をしていたんです!?」


「集団を纏めるのに、共通の敵を作るのは常套手段だからに決まってるだろ? 後、憂さ晴らし」


「先輩、自分がどれだけ残酷な事を言っているか解ってます?」


「そうか? 一応、善良な生徒だから、空気の読むのが下手糞な奴を2、3人ピックアップして孤立させるだけだぜ? 後の手ひどい行為は下々の生徒がやる。俺は見て楽しむだけ。ノーリアクションで出来るエンターテインメントじゃないか」


「弱い者を集団でよってたかっていじめるなんて、どうかしてます!」


「まるで俺が魔法でリンチするように仕向けたみたいじゃないか」


「してないんですか?」


「そーいう、暴力に頼ったいじめは、楽しみに欠けるし、証拠を残すようないじめなんて三流以下のアホがやる事だ」


 俺はそう言って、今度はポテトを口の中に放り込む。

 Lサイズを食べているのに、満腹って感じがしないのは何故だろう?

 いよいよ、『メシを食べなくても動ける』、なんてとんでも能力まで身について来たのだろうか?


「結局、いじめてたんじゃないですか!」


 再び、ダン!


 うるせーな。


「大勢に無視されて、泣きそうになってる顔を見て、楽しむだけだ。精神的に痛めつけてやらないと、そういうのって楽しめないだろ?」


 いじめというのをやってみて気付いたのだが、俺は他人の不幸を肴に悦に浸るのが好きなようだ。


「それ、見て見ぬ振りするより、酷ですよ!」


「そーか? 俺ってさ、泣いている奴見ると、笑っちゃうんだよね、『自然』に」


 バチン!


 乾いた音が店内に響く。

 けど、誰も俺達に視線を向けない。渋谷に集う人間のスル―スキルは半端ないな、おい。


 それより、結構、頬が痛い。


「目を覚ましなさい! そんなんだから、不要な恨みを買ったんでしょ!? だから、今、こうして皆からいじめられてるんでしょ!? 気付きなさい! 今の原因が自分にもある事に!」


 ――訂正しよう、コイツは少なくともバカじゃないようだ。


「……やっと、まともな言動になったな、山元後輩」


 こーいう、真っ直ぐ(バカ)な性格の奴なら、すぐに名前を覚えられたんだが。


「今さら名前を呼ばれてもうれしくありません!」


「そーか? これでも、俺は感心してんだぜ? 普通、ここまで本音晒したら、大抵の女は引くぞ?」


 できれば、とっとと向こうに行って欲しいのが、本音だけど。


「引かれる、っていう自覚はあるんですね」


「そりゃ、自分が異常だって自覚がなければ、あんな愛想のいいキャラなんか演じるかよ」


「何で演じてたんです?」


「余計な敵を作らない為だ」


「いじめられてる時点で、もう破綻してますよ、それ」


「だから、解らないんだよな」


「どういう事です?」


「お前が気付いているように、他人から感じる俺の認識は、『愛想のよいクラスメイト』に設定して接しているし、いじめられている奴に関しては、『手出ししてこないけど、間違いなく助けてくれない』生徒だ。ま、勘のいい奴なら、俺が後ろからアドバイスしているのも気付くかもしれない。それでも普通の人間の感性なら、痛めつけられている側は、直接痛めつけている人間を恨むもんだ」


 俺はそう言って、窓の外に視線を向ける。


 派手に暴れたせいなのか、ハチ公前からパトカーのサイレン音がたくさん聞こえてきた。

 じきにこっちに来るかもしれないな、『洗脳』された警察が。

 ま、今は後輩の相手をしよう。


「解るか? 恨むなら、いじめを実行している奴の方が大きい筈だ。だから、お前の考えじゃ、いじめられている奴が俺をターゲットにするのは無理がある。俺が洗脳されていないからという理由で、渋谷まで追いかけて魔法戦する理由にはならない」

 が、現状、ターゲットにされているのに違いはない。

 というより、相当、俺を恨んでいる。


 いじめとは排撃行為なのだから、学校の外に出た時点で攻撃の手は必然的に止まる。

 

 そりゃそうだ。

 

 気に入らない人間を集団から追い出して優越感に浸る為に、いじめはやるものだ。

 外に逃げた人間に追い打ちを仕掛ける時点で、これは既にいじめじゃない。

 そもそも、気晴らしにやっている事なのに、追い掛ける労力を加えたら元も子もないだろう。

 なのに、何故、三年生を動かしてまで俺を追撃する?


 俺に対して、学校生活とは別の接点を持っていて、尚且つそれ相応の殺意を持っている奴だろうか?

 大して恨みもないのに人を殺そうと思える程、壊れた奴の知り合いはいない。

 つまり、そいつは俺と繋がりがあって、一級クラスの洗脳ができる奴?

 まさか、あの『アーネンエルベ』のヨハンなのか?


 一瞬、そう考えたが、俺は瞬時にその考えを打ち消した。


 有り得ない。あの男はもっと劇的に事を進める主義だ。知りあって間もないが、奴が美学に殉ずる人間というのは理解できる。


 こういった行き当たりばったりな襲撃を繰り返すような真似は、三流の人間がやる事だ。


 だとすると、誰だ?

 駄目だな。判断材料が少なすぎる。


「あの、……先輩、ごめんなさい」


「ん?」


「……その、先輩を勢いでぶったりして。何か、その……」


 山元後輩は指先を弄りながら、完全に落ち込んでいる。


「そんなんでテンション下げるなよ」


「でも」


「お前は、悪くないさ。――じゃ、最後に質問いいか?」


「どうぞ?」


「何で、お前はその生徒Xに洗脳されなかったんだ?」


「私、学校をサボるのが大好きなんです」


「……そーかい」


「あっ、何ですか、先輩! その軽蔑した眼差しは!」


「うるさい、話しかけるなよ、山元。バカがウツる」


 俺は気だるい口調で適当に山元の抗議を聞き流しつつ、トレイを持って席を立った。


「もぅ、先輩の意地悪」


 頬を軽く膨らませながら、山元は俺に続いて席を立った。

 ゴミ箱へ紙くずなどを捨てて後片付けを済ませ、俺達はマックの外に出た。

 平日でも昼飯時なので、一般人の往来はとても多い。


「それで先輩。これからどうするんです?」


 歩き始めた俺の隣へ歩を進め、山元がそう尋ねた。


「そりゃ、家に帰るんだよ」


「えっ?」


「何だよ?」


「てっきり、こっから一気に謎の生徒Xとの全面対決だと思ってたんですけど」


「全面対決?」


「そうですよ。こっから一気に敵の首魁をズバババーンっと、やっつけるんですよ」


「やだよ」


「えぇー」


「別にダルいから言っているんじゃないんだぜ?」


「?」


「順当にいけば、次に来るのは風見鶏の呪術攻撃だ。見事に髪の毛もとられたし、下手したら明日の朝日は拝めないかもしれん」


「……あの先輩? サラッと言っていますけど、結構、追い詰められていません? 力になりますよ、私?」


「実は、全然追い詰められてない。結構、余裕に対処できる」


「えっ? どうするんです?」


「最初に言ったろ? 家に帰るだけで風見鶏は自滅するんだよ」


「何か魔法を使うんですか?」


「俺じゃなくて、別の人間が使う魔法で対処する。最初は気が進まなかったけど、相手も大人気なく手駒増やして来るから、こっちも応援を頼むことにしたのさ」


「応援? 学校はもう生徒Xの支配下ですよ?」


「山元はつくづく馬鹿だな」


「先輩はつくづく失礼です」


「そろそろ嫌いになっただろ」


「いいえ。一目惚れは百年経たないと醒めない女の子にかけられた魔法なんです。ルン♪」


「そりゃ魔法じゃなくて呪いなんじゃ」


「それで応援してくれる人は誰です?」


「俺の姉さん。キリスト教系術式のエキスパートだよ」


「へー、すごい人なんですか?」


「本条 光って知っているか?」


「なーんだ、ひーちゃんの事?」


「人の姉をあだ名で呼ぶんじゃねぇ、馴れ馴れしい」


「う……、……すいません、ふざけました」


「そーかい。……うちの姉さんは、聖蘭女学院っていう、キリスト教系術式の教育に関しては日本の中でもトップクラスの学校を卒業した、日本にも数人しかいない一級魔法使いだ」


「あっ、一応、聖蘭は近代魔法もやってるよ? 悪魔契約関係は御法度だけど」


「詳しいな」


「……すいません、続けて下さい」


「ゴホン。――そして、我が家はその姉さんが張った結界に護られている。もう解るよな?」


「成る程。全部、打ち消すんですね。桜井先輩は魔力が枯れて選手交代となる、と」


「そう。そして、選手交代しても風見鶏以上の戦闘力持った魔法使いなんてそういないからな。次は教師か洗脳した保護者の誰か、ってとこだろうな。そいつら

が出っ張るまでに、俺も体勢を整える」


「解りました、先輩。でしたら、わたしが家まで送って行きますね」


「……まだついてくる気か、この野郎」


「大丈夫です、先輩。不肖、この山元 大子が先輩をお守りします」


 そーかい。

 期待していないから、安心してくれ。

 後から思えば、俺はコイツに騙されていたのだろう。

 俺はこの瞬間、山元の嘘を見抜けなかったのだから。


「ま、いいけど」


 俺達は、他愛のない軽口を言い合いながら、帰路についた。

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