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第一話 受け継がれた絆 パート2

『――今朝未明、新宿都庁前にて、男性が死体で横たわっている所を、偶然通りかかった通行人によって発見されました。被害者の名前は、本条 竜雅(たつまさ)さん98歳です。被害者の本条氏は、日本魔法協会の会長であり、――』


 リビングに置かれたTVに映し出されたニュースキャスターが、淡々とした口調で文面を読み上げていた。


 唐突だが、亡くなったのは、俺の曽祖父らしい。俺と同じ『本条』という姓が、それを証明している。 


 曽祖父は、日本ではかなりの重鎮的な人物で、二つ名は『愚かなる魔法使い』を持つ、一流の魔法使いである。


 ……それは、ただの馬鹿じゃないのか、という突っ込みは無しに願いたい。

 重鎮は重鎮なのだ。TVで偉い人達が言うんだから、間違いない。


 その曽祖父が亡くなった報せは、先程、電話でやって来た。

 電話を受け取った俺は、叔父が何を言っているのか解らなかった。

それ以前に、


曽祖父(ひいじいさん)? え、生きていたの!?」


 と、電話口で素っ頓狂な声を上げる程だ。


 お陰で訃報を知らせたくれた叔父に、電話の向こう側から、溜息混じりに窘められてしまった。

 取り敢えずも、――それは、突然の訃報だった。


「――武尊(たける)、変わりなさい」


 俺の電話対応に見かねたのか、台所から髪の長い、綺麗な女性が現れた。

 この人は俺の姉、本条 (ひかり)(23)だ。忙しい両親に代わって、家事全般と俺の世話をしてくれる、ありがたーい『肉親』である。


 これ以上の電話の対応に自信が無いので、後は姉に任せて、俺は自分の部屋へと退散する事にした。

 そのまま電話口で応対していたら、茶を濁す程度じゃ済まなくなるのは、目に見えていたからだ。


 俺はそのまま自分の部屋に退散すると、TVを付け、死んだという曽祖父の情報を頭に入れる事にした。

 時間は朝の9時。

 どの放送局も、通常の番組を全て取り止め、特番を組んでまで、曽祖父の死を放送している事から、その立場が伺いしれた。


 『生きていたの!?』という生存を確かめるのは、失言だったのかもしれん。反省しとこ。


「武尊、ここ?」


 と、ここで姉が俺の部屋の扉を開けてきた。


「なに、姉さん? どっかした?」


 姉に向かって、俺はそう尋ねてみた。

 どうもかなり深刻そうな表情だ。

 まさか、俺は葬式に呼ばれないという、駄目展開が……、


曽祖父様(ひいおじいさま)のお葬式、貴方も参列する事になったわ。――という訳で、早く支度なさい」


 ――、来る訳ではなかったようだ。


 それどころか、その葬式にこの俺――、本条 武尊(たける)が参列するのは決定

事項のようだった。


 曽祖父の葬式に参列が義務付けられた時、俺の口から出た言葉は、


「いよっしゃあぁっ! 学校、休めるっ!!」


 という歓喜の叫びであった。

 学校は『忌引』となって、出席はしなくて済む事が単純に嬉しかったので、高揚した気分で旅支度をする事にした。

 勉強も嫌いだし、空気を合わせるだけの親友ゴッコも嫌気がさしていた頃の、この訃報。天の恵みとは、この事だ!


「で、場所はどこ?」


「九州の佐賀県よ。都市部から離れた、森の中にあるところ」


 ――うんうん、森の中か。落ち着いて普段の心身ストレスを解消する、絶好のチャンスだ。

 姉さんは、浮かれる俺に、何故か憐れむような視線を送った後、


「……準備ができたら、言ってね」


 と言って、出て行った。

 何故、憐れみの視線を向けられたのか、全く解らないが、――まぁ良いか。

早速、準備だ! えーと、制服と着替えと、洗顔セットと……。

 気を取り直し、俺は小学校の修学旅行の時から愛用している旅行バッグに、次々と必要なものを入れていった。

 だが冷静に考えると、俺の気分は徐々に下がってきた。


 曽祖父の死を悼んでいる、――訳がない。


 学校を堂々と休めるにも関わらず、気分が乗らないのには訳があった。

 それは、曽祖父の葬式が行なわれるという事は、その一人娘である、あの女が現れる事を悟ってしまったからである。

 

 その一人娘とは、俺の父親の母親。つまり、俺の祖母だ。

 

 祖母は、魔法界隈では世界的に名の知れた魔女である。

 二つ名は『夜明けの魔女』という、とんでもない異名を持つ魔女であり、実際、この国どころか、世界中の国家に対して、多大な影響力を持っている化け物だ。

 

 そして、そのとんでもない魔女は何を勘違いしているのか、俺を暇つぶしの玩具か何かと勘違いしており、何かに理由をつけて俺を弄くりまわすのだ。

 主に精神的に、ついでに肉体的に。

 

 主な嫌がらせの一つが、俺の友達との友情を破壊する事だ。


『お前の友達との間の友情を壊すのが、好きで好きでたまらない』

 

 とは、これは当のクソババアの言い分である。

 俺自身からすれば、もはや虐待である。

 まぁ、実際、いじめというのは大概、そこまでしないと面白みのないものだという事は、実際にやってみて初めて気付いたものだが。

 それは兎も角、物心がつく前から俺の面倒を見ていたのは、その化け物な訳で、――俺は中学を卒業するまでの間、ずっとその化け物と相手に生活してきたのだ。

 最初は友達がいなくなっていく事を悲しみはしたが、次第にどーでもよくなった。

 我ながら、よく発狂しなかったと、自分を褒めてやりたい。

 という訳で、小物の魔法使いである俺としては、できるだけお会いしたくない人物なのである。

 『肉親』を避けるな? 無茶を言うな。どこの世界に、ヘビに会いたがるカエルがいる?



 準備が終わると同時に、姉さんは一昨年に取得した一級魔法免許が財布にあるのを確認し、全ての荷物を自家用のワゴン車に積んでいった。


「空港まで車で行くわ。お父さんとお母さんは現地で落ち合う段取りよ」


 簡潔にそう言うと、姉さんは運転席に向かってブツブツと何かを呟いたのち、俺の座る後部座席の隣に腰を降ろした。


「それでは、行きましょう」


 姉の言葉に答えるかのように、俺達が乗り込んだ車は、勝手にエンジンを掛けてギアチェンジをした後、ゆっくりと動き出した。


 一級魔法免許を持つ姉にかかれば、車の自動運転の術式なんか簡単に編んでしまうのだろう。


「姉さん、魔法を使う余裕なんてあったの?」


 俺は単純にそう感じ、隣に座る姉に問い掛けた。

 魔法を使うという事は、それだけ疲れるという事だからだ。

 姉の夜は、ネットゲームで忙しいので、魔法を使える程の魔力はあまりないのである。疲労が高まれば、それだけ魔力の消費は大きくなり、魔力値ゼロの状態で魔法を使えば、その代償が高くつくのは、この世界の常識である。


「構わないわよ。これくらいのマナは残っているの。――それより、今は武尊と話をしておかないと思ったの」


「……話? 何を?」


「そう、お話。曽祖父様の事よ」


 車は少しだけスピードを上げ、見慣れた住宅街の道を順調に進み始めた。


「? 死んだから、今から葬式に行くんだろ?」


「そうよ。曽祖父様(ひいおじいさま)がどんな方か知ってる?」


「日本魔法協会の会長、ってさっきテレビで言っていたかな?」


「その通り。だから、今回のお葬式には、日本魔法協会の幹部や政界の偉い人が、たーくさんやって来るの。……私が言いたい事、解る?」


「何一つ、解りません」


 と、即答してみた。

 考えても結論が出ないと解っている疑問に関しては、とっとと放り投げるのが俺の信条なのだ。


 俺はこの瞬間、姉に何で説教を受けているのか、本気で解らなかった。

 そのせいか、姉は俺のまえで盛大に溜息を吐いた。

 何故か、思いっきり馬鹿にされている気分だ。


「……解らないなら、伝えておくわ。そのニヤケ面、九州に着くまでに引っ込めておきなさい。幾ら親族でも、そんな顔で葬式に参列するなんて失礼でしょう?」


 姉はジロリと俺を咎めるように睨んだ後、コテンと横になって俺の膝に頭を置いた。


「……あの、姉さん?」


 説教のあとに、甘えるように弟の膝枕を所望するのは、すごく対応に困るんだがな。

 俺は辟易した表情を隠さずに、姉さんの肩をゆすって起こそうとするも、


「……寝不足であの魔法使ったから、魔力の消費が激しいの。空港に着いたら起してね」

 姉はけだるげにそう言ったきり、規則正しい寝息を立ててしまった。

 俺の姉、――本条 光(23)は、『一級魔法免許』の資格を持つ、世間一般で言う所の超一流の魔法使いだ。


 『魔法免許』。


 読んで字のごとく、魔法の使用を許可する証である。

 人は生まれながらにして魔法を使えるので、出生と同時にこのIDカードが魔法協会から渡される。

 ちなみに貰うのは『五級魔法免許』である。

 

 理論、発動方法を把握していないが、突発的に魔法を行使する事は可能な人間なら、このレベルだ。


 日本では、義務教育として小学校から近代魔法を一般教科と一緒に学び、使用方法や理論の基礎を学ぶ。


 中学を卒業する頃には、基礎的な魔法は行使可能という事で『三級魔法免許』が交付される。

 実を言うと『近代魔法』の行使そのものは、使い方さえ解れば携帯電話を扱うくらいに簡単なものなのだ。

 否、呪文と魔力の流れさえ理解していれば、人は魔法を使える。

 杖のようなものがあれば、さらに呪文詠唱の手間すら省かれる為、どんなにハンディキャップを背負う事になっても、魔法の行使は誰でも行えてしまうのだ。

 

 むしろ、数学の3次関数や英語の分子構文の方が難解なので、余程の馬鹿じゃない限り『三級』の取得とは、難しい話ではない。むしろ、これこそが『凡人』の証とでも言うべき奴だ。


 ちなみに、俺は『準二級魔法免許』を持っている。


 俺は近代魔法以外に、精霊魔法が使える。


 精霊というのは、自然現象の中に存在する、意思を持ったエネルギー体の事である。


 風が吹き、雨が降り、地震が起き、火山が噴火する、これら全てに精霊は関わっている。


 その精霊と魔法の力で契約し、その力を行使する。それが、精霊魔法だ。


 俺は風の精霊と契約し、自分の脊椎に宿らせている。

 自慢じゃないが、かなり人間離れした離れ業だ。

 普通は宝石の中に宿らせて使役するらしいが、奪われるリスクがある為、俺は自分の脊椎の中に風の精霊を憑依させたのだ。


 実は、ここまでやって、まだ『準二級魔法免許』だ。


 つまり、魔法協会の中では凡人を抜きん出た程度でしかない。


 そこで、姉さんが持っている『一級魔法免許』である。

 

 実は、この免許を所持しているのは、姉さんを含めて日本では10人しかいない。

 

 1億2千万人中の、10人だ。

 

 つまり、この姉は日本では10本の指に入る魔法使いの天才なのだ。

 例外として、俺が大嫌いなクソババアは『特級魔法免許』という、『一級魔法免許』よりも更にワンランク上の免許を持っているが、あれは例外中の例外なので割愛する。

 

 姉にはそこまでの魔法の才能が有るにも関わらず、その職業は『家事手伝い』であり、早い話が職業は『女版ニート』だ。

 

 有り余る時間を、昼は家事、夜はネットゲームで消化し、世間が羨む程の才能を何一つ行使しない、完全無敵の女ニート。それが、我が姉、本条 光なのである。

 

 だが、社会人として大した地位はないくせに、さっきのように人道に沿った正論で俺を諭してくる、変な所で立派な、よく解らない姉なのだった。

 

 よく解らないのも無理はなく、俺は姉という存在がまったく理解できない。

 

 何せ、姉は小中高大まで揃った全寮制の女子校に通っており、俺と会話する機会など、長期休暇の春、夏、冬の数日程度だ。

 

 その姉さんも最近になって女子大を卒業し、何故か就職もせずに実家に帰ってきた。


「……やれやれ、アンタは一体、何がしたいんだよ?」


 規則正しい寝息を立てる姉の前髪を撫でながら、俺はそう呟いた。


 2年間、姉と暮らして解った事といえば、姉はゲームと家事が大好きで、けれど、社会で働く事が何よりも嫌いな、――そして、無意識なのか意識しているのかは解らないが、結構俺に甘えたがるという、それだけの『肉親』。

それだけだ。


 ま、家族として、これだけ知っていれば、十分か?


 俺はそう結論づけると、去年、姉から貰ったブレスレット型のロザリオを撫でてみた。


 銀で完成された正十字を素体とし、銀の珠が等間隔で巻かれている、――よく見れば完成度の高いブレスレットであった。

 だが、ところどころ煤汚れているので、幾分、薄汚い印象を受ける装飾品である。

 和装の葬式に、十字架を持ち込むのは、失礼じゃないだろうか、――と考えはしたが、俺はそれを、外そうとは思わなかった。

 何故かは、解らない。

 ただ、これを付けていると、気持ちが安らぐのだ。

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