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桃味のクラッシュゼリー

こんにちは。こちらも不定期更新です。

いつ終わるかも、終わり方も未定。斬新ですね。

 ぱぁん! と隣に立っていた人形の頭が弾けた。主人は悪い人ではないのだが細部にこだわりすぎるのが難点だ。そらみろ、書類にピンク色のシミができた。


「ご主人さま、大変申し訳ないのですが」


 言いあげないうちに、また『ぱぁん!』。……しばし考え、ため息をついた。


「クルトさま『ぱぁん!』…………クルト。あなたの言いたいことが何かわかりません。書類はもはや薄ピンク色ではなく桃色です。至近距離で人形を破壊するのではなく、口で言ってください」

「私とお前の距離が遠い」

「……クルトの言う『遠い』はつまり、机越しでもまだ、という意味ですよね。私が自分の仕事をできなくなります。あなたの膝の上ですと」

「…………それでも」


 緘黙か、とばかりに普段は喋らない男の、私にだけは主張をふんだんに返すさまに呆れるしかない。いったい、どこの誰ならメイドを自分の膝上に常に載せたがる主人がいるのか。イロモノ扱いか。

 考えていると、また『ぱぁん!』。私はぐるりを見回した。人形は壁の一面に控えている。頭部を破壊された人形は、速やかに次順で動き始めた同種に運び出され……るはずが。

 こう何体も続けざまに壊されれば、部屋に足の踏み場が無くなってしまう。


「死んでください、クルト。その書類を作り直してから」

「先にお前が死ね」


 主人の言葉はいつも足りない。私は従順に彼の膝の上に座った。ぐっと引き寄せられ、左腕が私の臍を超えて回ってくる。拘束され、引き寄せられ、もらったものは彼の右人差し指が運んでくる桃色のゼリーだ。

 コレはいささか趣味が悪すぎるのじゃないか。


「季節外れに桃ですか」

「ちに塗れてほしい」

「……念のために聞きますが、私を血液に塗れさせたいんですかね?」

「天上から、引きずり落としたい」


 ああそうですか、とも言えず、私は黙って唇になすられた桃のクラッシュゼリーを舐めとる。ヤメロ、口の中に指を入れるな。アンタ、手を洗ってないだろ。


「っんぅ、美味しいです」

「……」


 だから自分で食べたいし、むしろクラッシュゼリーは器に入れて匙で食べたい。

 当たり前の望みは、けれど、それが当然のような顔をした主人によって叩き落とされる。つまり、もっと大量を、今度は舌に直接なすられた。


「くりゅと」

「……もっと」


 ふざけんな、この野郎。大体、どれだけ綺麗にしてあるからってもだな、机の上に飛び散った食い物を他人に食べさせるか?! こいつ、真面目に死ね。

 ぴちゃぴちゃと私の舌と自分の指を遊ばせつつ、クルトが左腕を緩める。放っておけば拘束を上段の物に変えてくる。指ではなく自身の唇で私の舌を欲しがるだろう。だから、その前に。


「……桃は、嫌いか」

「そういう問題ではありませんクルト。旬の果実でゼリーを作成したまでは普通でした。ですがどうして、そこで、『生成したゼリーを核に人形の頭部を作る』に思考が至ったんですか。なにゆえに、そっとメイドたる私に勧めるという穏健な手段を用いなかったんですか」


 突きつけたナイフは正確にクルトの左腕の腱に当てている。彼は左利きだ。体に似合わない大剣を佩くのだから大事にしたいだろうとも。ふん、引き時を悟ったらしい。

 そっと私の拘束がほどけていく。名残惜しげに唇を撫でるな。摘まむな。エロいんだよクソ野郎。


「クラッシュゼリー」

「人形の頭部破壊が前提かよクソッタレ。ふざけんなボケ。女の子に勧めるにゃ、そのオヤツ、ちぃーっとばかしスプラッタすぎじゃねぇか?!」

「……」

「……失礼しました、クルト。ですが次からは、どうかもっと」

「早く死ね、イレーネ」

「お前が死ね」


 うっかり仕舞うはずのナイフを投擲しそうで怖い。私はこの任務に就いてから恐ろしく鍛えられた忍耐力、ただそれだけで殺気を沈めてみせた。そろそろ上層部から勲章の検討が来てもおかしくない。飾りはどうでもいいけど魅力的だろ金一封。

 なんていい響きだ。


「天使だか女神だか知らんが、死ねば俺の傍に立つことになる。きっと堕天したら行き場所がないハズだよな?」

「何度も言うがクルト、私はただのメイドだ。いいか、お前の言うような、そんな人外の者じゃない。ましてや天使にも神にもなった記憶は、昨日に切った爪のことほども無い」

「……」

「てっめぇ、この野郎、その『俺は理解してる』ってぇツラぁ、ヤメロ! 違う、正しくの意味で私はただのメイドなんだ!」


 っつーか貴様が組織の外れ、最上層のさらにトップじゃなかったらなぁ! んでもって人外レベルで頭のいい機械師がただの一言でもいい、他人と喋れたらなぁ!

 私はこんな場所にはいなかったんだよ!


「この、はた迷惑なコミュ障が! くそ、やっぱり死ね!」

「お前がな。早く死ね、イレーネ。そうして人になって、俺と結婚してくれ。愛おしすぎて俺にはお前を壊せないから。あぁ、誰かに傷つけられるなんて許せない、戦闘にも出せないか。もちろん、誰かがお前に懸想するといけない。人目にも見せられないな」

「じゃあどうやって死ぬんだよ!?」


 私以外の人間とクルトがコミュニケーションに成功していたら、まったくもってこんな理不尽な眼には会ってなかっただろう。私だって情報部の一員だぞ?


「……ふくじょ」

「クルト。私の退出の許可を。なんでしたら研究所からの永久退去許可状でも可能です」

「…………」


 腹上死なんて最悪の単語は言わせない。私はぶっつり切れた理性の糸を結び直した。平常心。

 平常心ですよイレーヌ。

 無言のままで首を横に振るクルトにきっちり60度で頭を下げる。彼の腰のあたりでそっと、手が揺れていた。所在無げに。掴んでるはずの何かが無くなったとでも言いたげに。

 寂しいのは、うん、わかるんだけどな。

 退出許可を勝手に貰ったことにし、私はくるりと向きを変える。いつの間にか壊された分まで補充され、壁一面にずらと並んでいる人形たちは無表情のままで私を見ている。

 この中のどれだけが頭の中に桃のゼリーを詰め込まれてるんだろうか。

 私を研究所から出ていかせないための殺人は犯せないからと人形で埋め尽くし、言葉でいうより早い脅しのために片っ端から私の至近距離でそれらを壊していくクルトと、たかが『戦場に出たい』ぐらいの感情でこの国唯一の機械師を物理的に殺そうとしている私と。


 どちらが、どれだけ狂ってるのかなんて。



 ああまったく、神様はいるもんだよ。ゼッタイにな。




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