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十万億土の星屑  作者: 長月塞翁
第一章 サバイバル編
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第六話 名も知らぬ訪問者

 拾った鹿の死骸を運ぶといっても、かなりの重労働だった。

 右後ろ脚と腹部の内蔵、左わき腹の一部が無くなっても100キロ近い重さで、むしろバランスが崩れていてそのままでは持てなかった。


 しょうがないので即席の背負子を作ることにした。

 縦横4本の強度のありそうな枝を肩幅で長方形に組み、短い辺にバツ印に交差させ縛った枝を90度の角度できつく縛りつける。

 鹿を背負子にうつ伏せに寝かせお尻を先ほどのバツ印の枝にピタリと寄せ、強度を保つために蔓でバツ印の上から鹿の背中で交差させて反対側の短い辺に括りつける。

 鹿の首に蔓をぐるりと巻きつけて背負子の上側に固定し、さらに前足を足首で縛り、これで何とか背負子に乗せた。

 ここまで作ってから、背負子の肩紐を作ってないことに気付き、無理やり背負子ごと鹿を立たせて肩紐を作った。

 これでなんとか持って帰れる。


 ナノマシンで筋力強化した肉体でなんとか背負い上げ、2キロの道のりを拠点へと戻ったのは1時間後のことだった。


・・・・・・


 鹿の解体にとりかかる前に、ナノマシン培養のために鳥の血抜きをしておこう。

 木の枝を三角錐に組み、中心から鳥を逆さ吊りにする。首のしたに培養タンクを持ってきて首を切ったら後は待つだけだ。


 よし、次は鹿の解体だ。角も骨も皮も肉も腱も、残さず活用してやるからなっ!!


 まずは角をサバイバルナイフの背にある鋸刃で切り落とす。

 毛皮を剥ぐために首周りにぐるりとナイフを入れ、顎に蔓をきつく縛って丈夫な枝に吊るす。

 最初から食い破られていた腹はすでに綺麗に噛み跡を削ぎ落とし内蔵も抜いてきたので、首に入れた毛皮の切れ目から縦方向に腹まで毛皮だけにナイフを入れる。

 続いて両前足と左後ろ足もそれぞれ足首でぐるりとナイフを入れ、その足首の切れ目から腹に入れた縦の切れ目までナイフを入れる。

 最後に首から手を肉と皮のあいだに潜り込ませ、十分に掴めるほど広げたら、あとは握って一気に皮を剥ぐ。


 次は肉の解体だ。

 まず両前足と左後ろ足をそれぞれ根本の関節部分で切り離し、脇に吊るしておく。

 後ろにまわりこみ背中の肉も切り離し、脇に吊るしておく。

 続いて胸や肋骨に薄くついている肉をナイフで綺麗にこそげ落としていく。肉が薄く吊るせないので燻製器の網の上に一時的に退避させておく。

 次に片側の肋骨の根本をナイフの鋸刃で全て切り落とし、ふと置く場所が無いことに気付き大慌てで肉を置くための簡単な台を作る。仮置きってことで。

 そして首周りの肉と背骨の内外の肉を丁寧に削いで燻製台の網の上に置く。

 やっと解体が終了した。あー疲れた。


 ちょっと休憩して昼飯にしよう。リブと背骨の端を切り取って、リブは串焼きに背骨は鍋で煮込む。

 昼飯ができるのを待ちながらも、このあとの保存のことで頭が一杯だった。


「なあリュージュ、これってざっと40キロはあるよな。どうやって保存しようか?」


《腐ってはいなかったとはいえ死骸から回収した肉ですから、急いで燻蒸してしまうのが良いと思います。血液があればナノマシン培養をしながら血中の塩分も精製できたのですが、回収した時点では既に血液が流出するか凝固していました。非常に残念です》


「やっぱり燻製にしないと腐っちゃうよね。そうなると大きな燻製器を急いで作らないといけないな」


・・・・・・


 培養タンクには鳥の血液が300ccほどの溜まっていた。こちらには私の血液を混ぜ密封し培養を開始する。あとはナノマシンにお任せだ。


 さて、鹿のサイズに合わせて燻製器を作りなおす前に、残りの下ごしらえをしてしまおう。

 足の蹄や腱を切り取り、頭を落とし背骨は長いので中ほどで切り分ける。よし、これで次に進める。


 まずは木材を集める。鹿肉が全て収まる燻製器となると最低でもサイズは高さ1.5メートル、横幅1.2メートル。4本の支柱に8本の梁、そして煙と熱を閉じ込める遮蔽物を固定するのに必要な横木。さらには鹿肉を設置するための台をを作らなければならない。


 どんどんと若い木を伐採して材料を集めていく。


 材料が集まったら、最初は木のフレーム作りだ。

 梁をしっかりと同じ長さに切り出し、それを支柱へと括りつけ安定させる。

 安定したフレームを燻製器の設置場所まで移動し場所を確定させたら、今度は軍用シャベルでフレーム中央の地面に穴を掘りはじめる。

 今回の燻製器はサイズが大きく煙の量が必要だが、一方で鹿肉もかなりサイズが大きいので地面に火元を設置すると鹿肉が近くて焼けてしまう可能性がある。 燻製は煙の温度が高すぎてはいけない。煙と素材の距離を空けることで、少しでも煙の温度を下げたいというのが狙いだ。

 深さ30センチほど円形に掘り下げ、そこからフレームの外に向かって斜めに焚き口を作っていく。この焚き口からフレームの真下にある火元へと追加の薪を投入することになる。


 これで工程の半分ほどまできた。このあとは内部の吊り下げ用の梁を作り、そして四方と天井を塞げば完成だ。


 完成した燻製器は焚き口側の一面が先ほどの剥ぎとった鹿の毛皮で覆われ、それ以外の四面は枝葉を編みこんで覆われている。毛皮を開閉できるような構造にした。これで多少は使いやすいだろう。


・・・・・・


 怒涛の一日が終わり、星空の下で燻製器の火を絶やさないようにしながらゆっくりとくつろぐ。


「なあリュージュ、不思議なもんだね。食料を多めに確保しただけなのに凄く気分が良いんだ。石器時代の人々もこんなふうに感じていたのかな? 食事っていう単純なことで見通しが立つだけで、人間はこんなにも幸福感を感じることができるんだね」


《古来より、衣食住足りて礼節を知る、とも申します。あるいは三大欲求の一つでもあります。人類だけに限らず多くの生物は寿命の大半を食料確保のための行動に費やしますので、その悩みが解消されることは生命の根源に刻み込まれた何か、あるいは細胞レベルで栄養が満たされた喜びを感じているのかもしれませんね》


「これで30日ぐらいは食料の心配から開放される。そのあいだに次の獲物を確保しような」


 そんな取り留めのない雑談をしていると、急に視線と気配を感じた。

 きづけばドラゴンと遭遇したあの時のように、小鳥の鳴き声が静まり返っている。


 ドラゴンなのか? 上空を見上げるが輝く星と暗い夜空ばかりで何も見えない。


 上空を睨みつけドラゴンを発見しようと必死に視線を散らす。


 パキッ。枝の折れる音がする。


 ドラゴンだと思い込んで全神経を上空に向けていただけに、不意打ちに飛び上がりナイフを構え地上の暗闇を睨みつける。

 夜空と同じように、いや星がないぶんだけ夜空より闇に飲み込まれている。


 じっと森の暗闇を睨みつけていると、いつからそこにあったのか2つの瞳がこちらをじっと見ている。


 どのぐらい時が経ったのか、2つの瞳から目を逸らさずにじっと耐えていると、瞳がゆっくりと近づいてくる。

 姿を現したのは……狼だった。


 もしかしたらこれがあの鹿を倒した狼だろうか。鹿を運んだ私の臭いを辿ってここに来たのかもしれない。


 狼は悠然と、しかし隙を見せることなくゆっくりと近づいてくる。

 暗闇と焚き火の明かりのあいだほどで止まり、こちらをじっと見詰めている。


 私も動くに動けず、狼とじっと見詰め合っている。

 狼の息づかいと私の息づかいとが同期し、私と狼だけが世界に存在するかかのような錯覚にとらわれる。


・・・・・・


 バチッ、焚き火の薪が爆ぜる。


 止まっていた時が動き出すように、狼がゆっくりとその場にしゃがみこむ。

 私は我に返り同じように腰を下ろした。


 幸運なのか偶然か狼に敵意は無いようだ。リラックスとまではいかないが私は人心地ついた。


 さて、この状況はどうしたものか。


 何となくこの空気を誤魔化すかのように、狼に向かって燻製中の肉を取り出し放り投げる。

 狼は目の前に投げられた肉にちらっと視線をやり、ふたたびこちらをじっと見つめる。

 私も燻製肉を取り出し、焚き火で炙りはじめる。


 燻製肉の焼ける匂いが漂う。


 ほどよく焼けた燻製肉を私が齧ると、それを見届けたように狼も目の前に放り投げられた肉を食べ始めた。空腹だったのかペロリと平らげ、またこちらをじっと見つめる。

 また燻製肉を投げてやったら、今度はすぐさま食べ始めた。


 肉を食べ終わった狼はその場で毛繕いを始めるが、焚き火の熱に誘われたのかウトウトと眠りだした。


 私は追い払うわけにもいかず、かと言って燻製器のなかで燻製している肉を放置することも出来ずに、しかたがないので焚き火の横にシュラフを敷いて寝ることにした。


・・・・・・


 あれから5日が過ぎた。


 大型の獲物はまだ捕獲できていないが、魚用の籠罠と鳥用に小型化した餌付き括り罠が好調だった。

 おかげで食料には困っていないが保存食が増えているわけではない。

 

 というわけで積極的に狩りにいくために弓矢を作ってみた。

 弦はサバイバルキットのケーブルを使い、弓幹(ゆがら)は普通の若木からナイフで削り出した。

 ここ2日ほどは弓矢の練習ばかりしている。


 あれから狼は1日おきに訪ねてくるようになった。きまって夕方に焚き火で調理している時間を見計らってやって来ては、こちらに強請るような視線を投げかけてくるので私もついつい肉を与えてしまう。

 ペットというほどではないが、徐々に焚き火への距離は縮まってきている。


 さらに拠点周辺の森林伐採も積極的におこなった。

 私のコールドスリープが解除された原因は脱出ポッドの太陽光発電装置の効率低下である。この星の重力に引かれて着陸してからの400年で、周囲の木々が生い茂り太陽光発電のパネルを覆い隠してしまったのだ。

 私は今のところコールドスリープ装置を再起動して、再びコールドスリープに入るつもりは無いが、しかしいつでも使用できるように環境整備をしておくのも悪いことではない。何より、一旦脱出ポッドの電力が完全に消失してしまっては再起動できるかも怪しいのだ。

 今後、私がここを離れて長期の探索をしたとしても、周辺の木々を伐採し脱出ポッドの電源維持の目処さえ立てておけば安心できる。

 そして木材はそのまま住居の整備にも使うことができる。


 私が覚醒して10日余りが過ぎた。今ある燻製肉も野外にそのまま吊るしてあるだけなので、倉庫と住居を兼ねてしっかりした拠点を作りたいのである。

02/07 修正 句読点

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