第一話 プロローグ 星屑の彼方へ
初投稿、初小説でよろしくおねがいします。
《第五次深宇宙調査船団の各所属隊員に通達します》
《所定の搭乗控室にて最終ブリーフィングが実施されますので、速やかに集合してください》
施設内に管制センターのアナウンスが流れるなか、巨大な空間に張り巡らされた通路やタラップをグリーンジャケットの整備員がせわしなく行き交い、レッドジャケットの管制員たちはタブレットを片手に、互いの管制データをチェックし合いながら足早に持ち場へと向かう。
《スペースコントロールセンターより通達です。
第五次深宇宙調査計画は最終承認され、予定通り10:00時に出港します》
《調査船団の各セクション責任者は搭乗員の最終点呼の後に、搭乗ゲートへと移動してください》
《各調査艦は所定の手続きに従ってエンジン始動後に、アイドリングモードへ移行してください》
コントロールセンター全体を揺るがすような重低音が一斉に響き、ずらりと並ぶ調査船の炉心の稼働率がジワリジワリと上昇していく。
ホワイトジャケットの搭乗員たちは搭乗ゲートを歩きながら、窓の向こうに見える見送りの親族たちへ手を振りながら別れを惜しんでいた。
・・・・・・
搭乗控室の大窓から宇宙空間を眺めながら、艦長はゆっくりとコーヒーカップを傾けていた。
「艦長。第六補給艦アンバー、乗員総勢1200名の最終点呼、完了いたしました」
「うむ、ごくろう」
洗練された敬礼をしながら高らかに報告する副艦長に軽くうなずくと、口髭をひと撫でしながら艦長は整列した乗員たちへと向き直った。
「総員、気をぉ付けッ!」
一糸乱れぬ乗員たちの反応に搭乗控室の空気が一気に静まり、皆が艦長の言葉を待っていた。
「諸君、我々はついにこの時を迎えた。
第一次深宇宙調査計画から1500有余年、我々は数々の発見とともに人類の生存圏の拡大ならびに発展に大きく貢献してきた。
そしてついに、我々が先人たちの偉業を受け継ぐのだ。
我が補給艦アンバーも重要な任務の一翼を担っており、諸君の誠実な任務遂行こそが調査計画の成果に直結していることを胸に刻んでもらいたい。
各員の奮起を期待する」
「総員ッ、敬礼っ!」
艦長は満足気にうなづき士官たちと共に搭乗ゲートへと向かい移動を始め、それに呼応するように曹長たちが号令をかけ各班ごとにまとめあげていく。
「よーし、配給課はここに集合だ。全員揃っているか? 予定どおり搭乗したら速やかに在庫確認の作業を行うぞ。出航までに在庫確認の作業を完了し各班ごとに報告するように。では、速やかに各班ごとに移動を開始する」
曹長の言葉を合図に一斉に乗員たちが動き出す。
「おいミロク、こっちだ。集合して移動するぞ。在庫確認のためのチェックシートはしっかり揃っているだろうな?」
「はい問題ありません。搭乗後すみやかに作業が開始できるようチーム毎にチェックシートは配布済みですし、シートデータも積載順に並べ直してあります。確認作業の進捗状況は私の端末に逐次アップロードされることになっておりますので、随時ご報告をいたします」
私ことミロク・ラヴァスは第五次深宇宙調査船団所属 第六補給艦アンバー 配給課第一班の副班長兼チーム主任として5名の部下を指揮する立場である。「指揮する立場」というと聞こえは良いかもしれないが、実際のところは面倒な書類仕事を押し付けられただけの普通の乗組員である。
・・・・・・
第六補給艦アンバーは、主に艦船補修用資材と惑星調査資材の備品が積み込まれている。
補修用資材は外装パネルやエンジン部品などがメインだが、原料のまま積み込まれ補給艦の工作設備で必要に応じて生産されることもある。
また惑星調査資材は無人探査機を筆頭に、地表活動のための人員輸送艇や多目的偵察艇、小さなものだと土壌サンプルの試験機材や水質検査キットなど、多種多様な貨物が積載されてる。
補給艦アンバーの艦内では在庫確認も終了し、あとは出港を待つばかりである。
《これより出港最終シーケンスに入ります。各艦は発艦プロセスをスタートしてください》
《旗艦ダレイオスが発艦後、各艦は順次発艦し通常運行陣形へと移行してください》
《旗艦ダレイオス発艦まで、5 4 3 2 1 発艦》
《旗艦ダレイオス発艦しました。各艦も順次発艦を開始してください。発艦後は旗艦ダレイオスの船団管制に移行し、第一編成地点にて陣形編成を行ってください》
旗艦ダレイオスの出港にならい、続々と各艦が出港していく。
「艦長、第五補給艦オライリーの発艦を確認しました」
観測担当士官の報告にうなづき艦長はゴクリとコーヒーを流し込むと、落ち着いて指令を出した。
「出力50%に上昇、発艦準備」
「出力50%に上昇、発艦準備。……出力上昇確認。発熱、振動ともに正常値です」
「よし、補給艦アンバー、発艦」
「補給艦アンバー、発艦します。……管制センター、こちら第六補給艦アンバー、発艦完了しました。これより船団管制に移行します」
『こちら管制センター、第六補給艦アンバーの発艦を確認、船団管制への移行を了解した……航海の安全を祈る』
補給艦アンバーはゆっくりと発艦し、宇宙空間へとのり出した。
前方の宙域には旗艦ダレイオスを先頭に発艦した艦艇がぞくぞくと続いており、後方でも次々と艦艇が発艦を続けている。
「これより艦内アナウンスを行う」
「艦内アナウンスを行います……接続しました」
『艦長のミナコフから全乗組員へ通達する。本艦は無事に発艦した。これより第一編成地点へと向かい通常運行陣形へと移行する。諸君らのスムーズな発艦に感謝する。以上』
「よし。通信担当、船団管制へとコンタクト。これより陣形の所定の位置へ移動する」
・・・・・・
第一編成地点では調査船団の陣形編成が完了し、船団は徐々に速度を加速しながら航路を進みはじめた。
第五次深宇宙調査船団は旗艦ダレイオスを中心に120隻の艦船から構成され、乗組員の総数は53万人を超える。過去1500年の深宇宙調査船団の規模と比べても艦船人員ともに大々的に投入されていた。
しかしそんな巨大な船団と53万を超える人員が常時フル稼働するだけの衣食住を提供するほど補給艦が充実しているわけではない。惑星間航行が当たり前になった時代ではあるが、それでも深宇宙調査という目的を達成するために多くの時間と壮大な距離を移動しなければならない。そのために一般化されたのがコールドスリープ装置である。
コールドスリープ装置の実用化に大きなはずみをつけたのは、ナノマシン技術の飛躍的進歩であった。冷凍・保存・解凍の各プロセスにおいて細胞の安定管理を一手に引き受け、超長期間でのコールドスリープを実現したのである。
またこの技術は様々な日常生活でも恩恵を与え、軽微な肉体損傷の修復や身体能力強化、網膜内での情報表示技術や脳細胞を活用した記憶力強化に処理速度の向上など、まさに新時代の幕開けを告げる技術となったのである。
この深宇宙調査においても、初期段階での航海予定軌道への導入までは乗員が担当し、その後は航行制御AIによる自動航行へと移行されて乗員はコールドスリープすることになっている。
航行制御AIは航行予定軌道をたどりながら、重要度の高そうな天体を発見した場合には自動で無人探査を行うことになっている。
出発して一週間。
予定どおり航海予定軌道への導入が完了した深宇宙調査船団は、コールドスリープへと移行する最終段階へとなっていた。
「ミロク主任、コールドスリープ装置に入る前のナノマシン注入は受けられましたか?」
「ああ、先ほど医療室で受けてきたよ。しかしアレだな、安全とは分かっていても事前に抜き取った血液で培養したナノマシンを再度点滴で血液ごと戻すってのは何度やっても慣れないな」
「そうですね、民間用ナノマシンみたいにカプセルを飲むだけですむなら楽ちんなんですがね。やっぱり超長期コールドスリープともなると必要なナノマシンも大量ですからね。それこそカプセルで飲んでたら胃がカプセルで埋まっちゃいますよ」
「そうだよなぁ。あーあ、もっと技術が進んで豪勢なステーキとかに塩コショウみたいにふりかけて食べれたら楽ちんだよなぁ」
「いいっすねぇ。コールドスリープ前の壮行会で出たステーキは美味かったっすねぇ」
部下と雑談しながらもコールドスリープ前の最後の残務をテキパキと処理していった。
調査船団は亜光速で航行し、さらに数度の空間跳躍を挟んでも目的の星系がある宙域までは500年超のコールドスリープとなる。そのあいだ祖国では5世代も変わってしまうが、同じような境遇の過去の調査船団のメンバーたちはどんな気持ちだったのだろうか。そんな禅問答のような思いがふと頭をもたげたが、宇宙の中でちっぽけな自分というものがありながら、時を超えて500年の旅をすると行為がなんとも巨大な時間軸で生きる存在のような感覚も芽生えて、自然とクスリと笑みがこぼれてしまう。
残務処理を終えコーヒーを片手に机でくつろいでいると、部下たちもそれぞれの業務を終え集まってきた。
「ミロク主任、5人とも残務処理が終了しました」
「了解。じゃあさっそく上に報告してとっとと寝てしまいますか。どうせ起きてたって無駄に物資を消費するだけだからな」
卓上の通信設備を起動し、上司を呼び出す。
「班長、ミロクです。こちらは店仕舞いの準備が完了しました」
「了解した。ほかのチームも順調にコールドスリープに入ってあとはお前たちぐらいだな。すまないね、最後までバタバタさせちゃって」
「いえいえ、じゃあそういうことで店仕舞いして寝てしまいますので、あとはよろしくお願いします」
「わかった。では、1620時をもってミロク主任は通常勤務を終え、コールドスリープへと移行するように」
「了解しました。1620時よりコールドスリープへと移行します。500年後にまたお会いしましょう」
通信を終了し立ち上がり部下たちを見渡す。
「じゃあそういうわけなんで、みなさんでオヤスミなさいしますか」
ミロクを先頭に艦内を移動し、長期睡眠室へと向かう。
長期睡眠室は壁に高さ3メートルほどのコールドスリープ用カプセルがずらりと直立して並んでいる。
室内のベンチでは数人が長い眠りを惜しんでなのか、雑談に花を咲かせていた。
「よし、じゃあ各自手順は分かっていると思うからマニュアル通りに抜かり無くやってくれよ。まぁ間違った操作をしちゃっても機械が作動しないだけなんだけどさ。500年後に起きてみたら誰かがミイラになってたなんて笑えないからよ」
「了解しました。ミロク主任は直ぐにカプセルに入られますか?」
「いや、俺はお前たちがしっかり眠りに着いたのを見届けてから最後にするよ」
「なるほど、ではお先しますね」
そう言って部下たちはそれぞれのカプセルに入っていく。
部下の中にはカプセル内にお守りだろうか小型の十字架を持ち込んだり、家族の写真をカプセルの内側に貼り付けている者もいる。なかには小型のクマのぬいぐるみを持ち込んだ者も居るようだ。
準備が完了した者から機械を作動させたようで、グリーンの作動ランプが点灯しカプセル内が液体状のナノマシンと保護液で満たされていく。冷凍が完全に終了するまでのあいだは肺の中に満たされた保護液から液体状のナノマシンが酸素を供給し呼吸をサポートしてくれる。液体を肺の中に満たすので素人だと溺れるような感覚に戸惑いパニックを起こすかもしれないが、我々は訓練で何度も経験しているので手慣れたものだ。 コールドスリープ装置が正常に作動し冷凍が開始された段階でカプセル内の人員は眠りに入る。これは事前に血液ごと注入したナノマシンが脳と神経に働きかけて行われる。
順調に睡眠導入が完了したようでカプセルを保護するための金属装置に覆われていく。そして完全に覆われたカプセルからブルーの作動ランプが点灯し、床下に吸い込まれるように収納されていく。この部屋からカプセル保管用の倉庫に移動し安全に保管される。
さて、部下も全員が無事にコールドスリープに入ったことだし、私も行きますか。
カプセル内に入り込み認識番号と装置を起動することを口頭で伝えるとカプセルの透明ケースが締まり始める。完全にカプセルが密閉されるとAIから応答が返ってくる。
《コールドスリープ装置、起動します。スキャンを開始します……完了しました。カプセル内にナノマシン処理が済んでいない有機体は存在しません。保護液の注入を開始しますか?》
私は尻ポケットから小さな写真を取り出し目の前のカプセルに貼り付けた。
大切なお守り、3世代の家族写真である。
私と妻、私の両親と妻の両親、そして私の3人の子供たちが集合して、出発祝いを開いてくれた時のものだ。
120年ほど前のことである。
皆が微笑み楽しげにしている。この微笑みが私の宝だ。
長期航海が必須であるこの稼業なら誰だって経験するありふれた話で、長期航海にはコールドスリープが付きものなのである。
我が子の子孫たちも居るには居るが、まぁ私にとっては他人も同然なんだよな。
大切な思い出はしっかりと脳裏に刻まれている。
「注入を開始してくれ」
《保護液の注入を開始します》
足元から保護液が注入され徐々にカプセル内が満たされていく。
数秒で口元まで保護液が満たされたので、ここで一気に保護液を吸い込むと肺の中が一気に満たされ保護液に含まれるナノマシンが酸素供給を開始しはじめる。
頭まで保護液に浸かり、カプセル内は保護液で満たされた。
《保護液の注入が完了しました。呼吸循環も正常に機能しています。コールドスリープシーケンスを開始します、5秒後に睡眠導入を開始しますので緊急停止する際は非常ボタンを押してください》
《……睡眠導入を開始いたします。おやすみなさい、ミロクさん》
そして私は眠りについた。
02/06 修正 誤字 ミクロ → ミロク
02/07 修正 句読点
02/10 修正 誤字 ダイダロス → ダレイオス