とある転生少女の話
異世界転生。
それは、ある種の勇者譚でしばしば見られる設定。古くは神仏の生まれ変わりとして描かれ、近年の作品では、凡人が死後、異世界で違う人生を歩むための仕掛けとなる。そのすべてが英雄的とはいえないが、よくも悪くも非凡な人生となる仕掛け。それが異世界転生という設定である。
今夜は、そうしたひとつのケースについて語ろうと思う。
彼女の名はサエといった……。
前世記憶といっても色々あるのだが、サエの場合、個人的な記憶はほとんどなかった。たくさんのデータがあるがそれは客観的な記号にすぎず、つまり今のサエには理解できない情報が多かった。それは当然の事で、エンジンの概念すらない世界に自動車の記憶があったとて、それは理解できる情報にならないという事だ。
ただ、複雑な情報はわからないが、役立つものもあった。
たとえば、摩擦によりパチパチする事を、静電気が発生していると理解できた。
たとえば、炎の色と温度の関係を知っていた。
これらの自然科学的な情報を概念として理解できている事が、魔法の技能を急速に伸ばすのに非常に役立った。サエは言葉より先に魔法を覚えるほどの熟達ぶりを示した。もちろん村では何桁も違うレベルの最強に達していたし、それどころか、所持魔力の大きさがバレれば一発で王都に連れて行かれるレベルにも到達していた。
魔力だけではない。
この世界では、高度な呪文などが必要な魔法は少ないし、あったとしてもそういうシステマチックな魔法は単独で使うものではない事が多い。ゆえに、細かい制御や魔力の節約に目をつむれば完全独学でもOKなわけで、十の歳に達する頃には、サエはおそるべき魔法使いに成長していた。
しかし、サエはその魔力を巧妙に隠した。ちょっと魔法の得意な村娘、程度に綺麗に隠蔽し、せいぜい魔法上手の村娘程度にみせかけていた。
もちろん、それには理由があった。
理由はわからないが、サエには確信があった。つまり、非凡な能力をもつ村娘など、体よく利用され、食い物にされるだけだという事だ。そして、確かに自分には強い魔力と魔法の知識があるが、英雄だの聖女だのと呼ばれるほどの器ではないし、実際、家族や友達のためならともかく、見知らぬ誰かのために生涯を捧げるなんてのは自分のやる事じゃない、とも考えていた。
実際、そういう考えをするべきなのは、いわゆる貴族や王族のやる事だろう。彼らが大きな権力などを持っているのは、いざという時に私を捨てて国や民を守る事とバーターなのだから。
そんなわけで平和に生きてきたサエだが、大きくなってから困った事が発生した。
そう。
年頃になったサエには当然ながら、縁談の話がやってきたのだ。
サエは特に美人というわけではなかったが、魔法が得意という事で有力者の評価は悪くなかった。また、一般的な村娘とは思考パターンが違っている事はどう隠しても隠せるものではなく、特に長老格の者たちを中心に、サエが実は相当に賢い娘であり、しかもそれをひけらかさない事を好意的に受け止めていた。つまりサエを良妻向きの娘と考え、自分の息子や孫と是非、という声が多かったわけだ。
サエは心底うんざりした。
それでなくとも、人間は男より女の方が早熟なものだ。しかもサエは生前の情報蓄積があるわけで、彼女には同年代の村の男の子など、ただの下半身全開のガキでしかなかった。当然だが、そういう意味の関心などあるわけもなく、ただただ不快なだけだった。
しかし同時に、ただの村娘に自由に結婚相手を選ぶ自由がないのも知っていた。せいぜい、先に相手を見つけておいて、彼と結婚したいと告げるくらいが精一杯の抵抗だろう。
自由恋愛が絶対に正しいなんて言えるのは、命の危険もなく、衣食に困らない世界だから言える妄言にすぎない。村はその意味では人類社会一般の方の常識に従っていた。つまり、子は宝であり、子を産める者が生む事は義務に等しい。村という共同体の一員としては当然やるべき事だった。
だけど。
(ごめんなさい。本当にごめんなさい。悪いとは思うけど……あんな連中に捧げて子を産むくらいなら、一生独身でもいい)
自分で子をなさない事が罪というのなら、いつか機会があればその罪滅ぼしをすればいい。その気をなくさない限り、いつかその機会は訪れる事だろう。彼女はそう考えた。
とにかく、今は今を切り抜けなければ。
考え悩んだ末、サエは村を出る事にした。
問題は、どう言って出るかだ。
普通に家出してしまうと、彼らは探しまわるだろう。それは仕方ないのだけど、自分のわがままのせいで万が一、村人に犠牲者を出してしまったら、いくらなんでも申し訳ない。
よってサエは、自分が悪者になる事にした。
もちろんこの方法の場合、残した家族に迷惑がかかる。
だけど、下手な事故を装ってだますくらいなら、真っ正直にわがまま言って村を飛び出した方がいい。結局、それが一番迷惑をかけない方法だろう事もわかっていた。もちろん、それで出てしまえば二度と村には戻れないわけだけど、変な細工して外に出ても結局は大差ないだろう、とも考えた。
そんなわけである日、魔法使いとしての修行の旅に出る旨を村長と両親に告げた。
当たり前だが、サエをちょっと魔法のうまい村娘としか見ていない彼らは一笑に付した。サエが、ならば実際に魔法を見せるといっても聞こうとせず、くだらない妄想に走るのもさっさと結婚しないせいだと決めつけてしまい、しまいには勝手に村長の息子と結婚させる話をはじめる始末だった。
やはり、普段から魔法を見けつけていた方がよかったろうか?
一瞬そんな事を考えたサエだったが、もちろんそれが間違いだろう事もわかっていた。
もしそうした場合、サエの未来は村での結婚でなく、中央の貴族に買われて最良でも宮廷魔道士、悪ければ魔法使いの血筋を入れるために子を産む機械扱いかだったろう。あるいは戦場で使い潰されるか。つまり、どのみち自由な未来はないだろうとも。
自分がどんな未来にたどり着くのか、どういう結末なのか、それはわからない。
わからないが、自分の能力を、技能を活用できる人生を歩みたい。そうサエは思っていた。また、それが叶うなら、ラストがたとえ野垂れ死に仕方ない、とも考えていた。
そうですか、わかりましたとサエは言うと、部屋に引き上げた。
両親や村長たちは、サエの返事を言葉通りに考えてはいなかった。彼らはサエの秘めた性格の苛烈さをしっかり見抜いていたから、今夜のうちにがっちり手を打たないと本当にサエは家を出かねないと考えていた。
親たちは頷きあうと、村長が息子を呼び、密かに指示を出した。それは両親公認の、未来の妻であるサエに対する夜這いの許可だった。サエを非常にかわいがっていた父親だけは泣きそうな顔をしていたが、妻と村長夫妻には逆らえなかった。
しかし、彼らの作戦は成功しなかった。サエの部屋には誰もおらず、残念ですという趣旨の書き置きだけが残されていたからだ。つまりサエの方が一枚上手だった。
そして彼らは、サエを見つける事はできなかった。理由は簡単で、彼女はその晩のうちに転移魔法を使い、普通に移動すれば片道一週間以上かかる遠くの森に移動していたからだ。そこはここ数年、彼女が魔法の練習に使っていた秘密のポイントであり、地元の猟師すら近寄らない森の奥底。おまけに、長く拠点として活用していたおかげで、しばらく籠城できるほどの道具類も揃っていた。
サエはそこでゆっくりと旅立ちの準備を整えた。
そして季節がひとつ巡った頃、旅立っていった。
この後、サエを見たという記録は一切残っていない。
彼女はおそらく、徹底して目立たないように努めていたと思われる。その徹底ぶりは大変なもので、たとえば戦争などがあっても特定の魔法使いが目立ったという話は全く聞かない。だが侵略軍が唐突にトラブルに見舞われたとか、夜襲の直前に何故か前線の兵士たちが一斉に風邪をひいた等、おかしな事件が蔓延した時代があり、サエが背後で動いていたのではないかと推測がなされている。また野戦病院にサエと思われる謎の治療術師が現れた記録があちこちにあったのも事実。おそらくは正体を隠したまま、あちこちで活動していたと見られている。
またこの時代、今で言う西の国に魔法学校が創設されている。ここの校長は冒険者あがりの無冠の女性であったが、この者の出生そのほかは一切不明しなっており、もしかしたら彼女がそうなのかもしれない。
また、二百年ほど後の話で、強大な魔力を誇るがゆえに非常な長命になった人間の女の話であり、この者の特徴もサエに似ている。しかし魔力が増大しただけで長生きできるという話には確たる証拠がなく、吸血鬼の眷属にでもなったという方がまだ信ぴょう性があると、学者たちには否定されている。




