愛と美の泉
トテトテトテ・・・・テテテテテ、ポテッ、バッシャーーーーン。
ううううう、もうヤダ、この服。
ただでさえ、手足が短く頭の大きい3歳児の体はバランスが悪いのに、ズルズルと長い衣は足に絡んで歩きにくい事この上ない。
裾が絡まって泉の一つに頭から突っ込んでしまった・
無駄に長いたっぷりとした衣の裾で顔をゴシゴシ。
恐ろしく豪華な絹蜘蛛の最上級の生地で作られた巫女服だが、私を束縛するばかりのその衣には憎しみすら感じる。
立ち上がろうとして後ろの裾を踏んでそのまま後ろに・・・、バッシャーーーーン!
すぐ傍の別の泉に倒れこむ。
水を吸ってゲホゲホ咽ていた私はハッと最初の泉を見る。
薄いピンクの水がキラキラ光っている。
げっ、(愛の泉)!
焦ってキョロキョロと周りを見回し、ここに居るのが自分だけである事を思い出し、ほっと安堵する。
(愛の泉)の効果はそう長い物ではない。
媚薬のような物でもないので嘗ては恋人たちがお互いの愛を確かめ強めるために見詰め合いながらその水を飲むと言う使われ方をしていた。
効果が短いと言っても好意を恋に進化させるくらいの力はあるし、飲んだり浴びたりした直後の人は異性にとってとても魅力的に映る事があり、その点は少々危険かも。
この泉はもう一つの泉と対のような物で、双子のように同じ形で淵を接しメガネのような形をしている・・・・。
タラリと背中に汗が流れる。
恐る恐るもう一つの泉を見る。
うっ・・・・・、対の泉でした。
パタパタと顔を撫でまわし、擦ってみる。
か、変わってないよね?そんなに凄まじい変化は起こさないはずだし・・・。
こ、困るーーーーーー!
私はこのまま歳を取らなきゃならないのにーーーーー!
はい、(愛の泉)の対は(美の泉)でした。
二つの泉は双子の女神が宿っていて色も形もとても似ているのだ。
多分、巫女でも見習いや新米では見分けられないほどに。
ゴクゴク飲んだ訳じゃないし、少しお化粧をしたくらいの変化なら、大丈夫きっとあの子なら見分けてくれる。
(愛の泉)と違って永続性を持つ(美の泉)を見た。
私が、なぜこんなズルズルした格好をして泉を見回っているかというと、泉の神気の確認と状態を見るためだった。
創世の女神が支配下のすべての世界に(神々の泉)の復活を告げたのだ。
そして、泉の巫女も復活し、その巫女がまだ幼い姿をしている事を告げるとさっそく巫女装束子供用が巫女装束をずっと納めてきていた国から贈られて来たのだが、3歳という外見的な年齢を言ったのにサイズが大きかった。
けして、すぐに大きくなるから大きめで、なんて言う訳ではなく、どうやらこの世界の3歳児は私よりずっと大きいようだ。
王家の正装に相応しい上等な生地で縫われた装束が何枚も、それこそ毎日着替えても無くなりそうにない量だった。
せっかくの献上品を着ない訳にもゆかず、ここには他に着る服も無い。
前世の私が死んでから、なんとここでは1000年もの時が経っているのだ。
他の巫女は、と言うと私を殺して完全犯罪を成功させたあの娘が巫女長になってから次々と辞めて行きほどなく新巫女長一人になってしまったと言う。
支配下の巫女が一人もいないでは巫女長という名も形だけ。
こんな筈では無かったと思った事だろう。
彼女は子供嫌いで見習いの子供たちが騒ぐとヒステリックに叱りつけていた。
その度に私に叱られていたのだが、私と言う重しが無くなって権力を握った途端孤児などを集めて作られた子供たちの家を閉鎖し、追い出してしまったのだ。
さらに自分の地位を脅かしかねない才能のある巫女を冷遇し、虐げたので巫女達が居つくはずも無かった。
将来自分を助けてくれるだろう者たちを邪険に扱っては未来があるはずも無かった。
神々は沈黙していた。
私を殺した事を責めるでもなくただ無関心だった。
元々、神の声を聴くことのできなかった彼女にはその異常さが判らなかったようだ。
神々は助言してくれるものでもある事を知らなかったのだ。
人々は怪しんだ。
神の助言が無くなった事。
神の愛が薄くなったような気がする事。
そして、どこからか噂が流れた。
今の巫女長が前任者を殺めてその地位を奪ったのだと。
他の神々の安定のために大切に保存されていた私の記憶の残滓を女神が時折前庭に放し、それがいつもそうしていたように泉を見回っているのを見るようになって、巫女長の宿命としてここから離れる事もできず、他の巫女を放逐してしまったためにその座を譲り渡す者も居なくて、彼女はとうとう精神のバランスを崩し私を殺した(若返りの泉)に身を投げたと言う。
ただ、受精卵になる前に命が絶えてしまったので泉に浮かんだ姿は彼女がここにやって来た少女の姿だったという。
その処理に外の世界の神官を呼び寄せ、(神々の泉)が閉ざされてから外の世界でもちょうど1000年。
人々は泉の奇跡の無い生活にも慣れていたが、それでも泉の復活は天にも昇る喜びで、小山のような量の巫女服子供用の寄進となったのだ。