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魔族の秋  作者: かぱぱん
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序章 1

登場人物


ルア・・・・・・八代目魔王


マフィ・・・・・魔王の護衛


ギアス・・・・・サードム国王


オクミール・・・サードム国宰相


バルファト・・・サードム国将軍

 荒野が燃えていた。

 炎が周囲にある全てを呑み込んでいく。

 ルアは、小高い丘から、その様子を眺めていた。

「片付きました。生き残っている人間はおりません。」

 伝令からの報告に、ルアは小さく頷いた。

 魔王として魔族を率いて初めての実戦だった。

 人間が六百人ほどが暮らす、小さな集落。

 自警団らしき武装した人間が、およそ百。

 皆殺しにするとなると、それなりに手間はかかったが、見せしめの為には仕方ない。

 こちらの損害は、知性の低い獣型の魔物が二体、罠にかかって死んだだけだ。

「すぐ、城に戻る。ついてくる者共をまとめろ。」

 言って、ルアは炎に目を戻した。

 まだ、盛んに燃え続ける。

 獣が苦しんで、のたうちまわっているように見える。

 事の始まりは、この近辺を塒にする魔物が人間の何人かに怪我を負わし、殺した事だった。

 人間達は色めき立ち、数に任せて、その魔物を嬲り殺しにした。

 先代の魔王が亡くなって以来、人間は平和を謳歌し、魔族をそこらの獣程度にしか考えなくなっていた。

私腹を肥やす為に、魔物が狩られるのか。

 そう思った時、出陣を命じていた。

 内に溜まった黒い怒りが、そうさせたのだ。

 今は、奇妙な虚脱感がある。

 初めて、人間を殺したからだろうか。

「魔王様、人間が一人、逃げた気配があります。痕跡は残っておりませんが。」

 旗本の一人がが耳打ちした。

 旗本を構成する魔物は、魔族の中から選りすぐった精鋭だった。

 あらゆる意味で、他の魔物とは格が違う。

「良い。逃げられるような戦を、俺がしたという事だ。」

 言って、ルアは炎に背を向けた。



 城に戻り玉座につくと、政務についている者達が列を成した。

 人間との戦争が始まって以来、魔王であるルアのもとには、様々な案件が舞い込んでくる。

 それぞれの族長達に、それを裁く能力はまだない。

 気に入らなければ殺し、腹が減っては殺し、気が向いたら殺すような連中ばかりだった。

 魔族の中でも若い者達を側近として使い、実務に当たらせる事で、いずれは自分で判断できる者が育ってくる筈だ。

 それまでは、自分がやるしかない。

幸いな事に、魔物の数が減り過ぎて、縄張り争いだけは起きていない。

 適当なところで政務を切り上げ、私室に戻る。

 卓に地図を広げた。

 魔王として、生を受けて18年。

 この地図を見続けてきた。

 地図にはそれぞれの勢力の領地に印がつけてある。

 人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、そして魔族。

 全体を見れば、人間が世界を席巻している。人間がいない土地などない。

 しかし、森はエルフが、山はドワーフが領地としていて、そこだけは彼らの数が多い。

 ホビットは世界各地に集落をつくって点在している。

 我々だけが、ルアは思う。

 魔族はその領地を年々急激に削られている。

 数も、全盛期の半分以下になった。

 先代魔王が勇者に敗れて二百年。

 魔族は、種としていつ滅亡してもおかしくないところまで追い詰められていた。

「また、眺めておられるのか。」

 顔を上げると、青白い肌の魔人が立っていた。

 背に翼があり、額に小さな角が一つある事と肌の色以外は、人である。

 人間との間にできた魔族の子を、魔人と呼んでいた。

「癖のようなものだ。」

 マフィは、幼少の頃からルアの側近として仕えている。

 魔人は、魔族としては極端に寿命が短い代わりに、莫大な魔力を生まれつき持っており、忠誠心も篤い。

 護衛にはうってつけなのだ。

 魔力だけでなく、人間に由来する理性も、今のルアにとって貴重だった。

「それで、なんの用だ。」

 普段は、部屋の外で姿も気配も消している。

 姿を見せるのは、何かあった時だけだ。

「その人間を、どうされるおつもりか、確かめておかねばなりません。」

 ルアは舌打ちすると、魔術を解いた。

 部屋の隅で怯えている人間の女性が姿を現す。

 攫ってきたのは、気紛れだった。

 気を失って倒れていたところを、ただなんとなく連れてきた。

「どうするつもりもない。しばらく、傍に置く。」

「飽きたら、殺すおつもり、ととってよろしいのですか?」

「それも決めてない。が、この部屋からは出すな。」

 言って、手でマフィを追い払った。

 無表情に軽く会釈をして、マフィは姿を消した。

「どうして、助けたの?」

 ルアは女に目をやった。

 着ている服は襤褸に近く、血に染まっている。

 怪我はしていなかったので、返り血だろう。

「聞いてなかったのか。理由はない。」

 それだけ言うと、ルアは寝台に寝転がった。

 睡眠は、厳密には必要ないのだが、とっておいた方が集中力が維持しやすい。

「殺して。」

 女が呟くように言った。

 涙を流している。

「拾った命だ。大事にしろ。」

 言うと、女は少し驚いたような顔をした。

 魔物らしくなかったか、思ったが、口には出さず、ルアは眼を閉じた。



 地方の役人からの報告に、城内は恐慌状態に陥った。

 集落が丸ごと一つ全滅するなど、この二百年ほどはなかった事だ。

「皆、静かにしてくれんか。」

 玉座から、声をかけると狂ったように議論を続ける廷臣達は口を噤んだ。

「三千。騎士を編成し、壊滅した集落の跡に砦を築き、周辺の警護に当てよう。指揮はバルファト将軍。」

 指名されたのはでっぷりと肥った白髪まじりの男だ。

 バルファトは、顔を引きつらせて、震え始めた。

 実戦経験は皆無というわけではない。

 隣国とは国境を巡って小競り合いを繰り返していたし、強力な魔物が国内で発見されれば討伐をしたこともある。

「承知致しました。」

 震える声で言い、顔をひきつらせたまま、バルファトは平伏し退出していく。

 ギアスは、深いため息をついた。

 報告があったのは昨日の夕刻だった。

 今朝になって宰相から廷臣達に公表され、対応策を求めると収拾がつかなくなったのだ。

 ギアスはただ早く居室に戻りたかった。

 政務のほとんどは宰相が見ている。

 ギアスは、それに追認を与え、宰相が用意した書類にサインするだけ。

 今回の対応策も、宰相が昨夜打診してきたものを、自分が口に出しただけだ。

「今回の件については、今後宰相に一任する。各々、全力で事の解決にあたるように。」

 宰相が平伏し、廷臣がそれに倣う。

 即位してから、ずっと続けられている茶番だ。

 いくらか白けた気分でギアスは立ち上がり、奥に下がった。



 宰相オクミールは執務室で書類の山と格闘していた。

 部下たちにも次々に仕事を割り振り、それぞれ抱えるほどの書類を持って部屋を出て行った。

 オクミールは三百名ほどの部下を抱えているが、更に増員しなければ追いつきそうにない。

 今まで、軍が力を持つことを嫌って、軍の機構そのものを骨抜きにしていたのだ。

 今の軍には、将軍こそいるものの、総帥権は宰相が握り、まともな事務官すらいない。

「お呼びですか。」

 顔をあげると、若い文官が三名立っていた。

 三人とも、最近部下に加えたばかりだが、そこそこの能力は持っていた。

「お前達三名は、明日から軍に転属とする。早急に兵站と装備を整えさせろ。砦の資材はこちらで手配する。」

 それだけ言うと、手を振って三名を追い払った。

 入れ違いにバルファトが入ってくる。

「宰相、どういう事だ。」

 低い、不快な声。

 この男は、嫌いだった。

 将軍としての軍歴は、全てオクミールが作ってやった。

 国境の小競り合いなど、ここ数年起きてなどいなかったし、童がいじめているような魔物の群れを嬲り殺しにした時は、誇張して喧伝した。

 若い頃、バルファトの父に世話になった。

 その恩は、もう返しきったと思っている。

「将軍しか、適任がいなかったのだ。魔物が攻め寄せてきたら、砦は放棄して良い。」

「軍歴に、傷がつく。」

「それは、私がどうとでもする。とにかく、将軍でなければ陛下が納得しないのだ。」

 バルファトの口元が緩んだ。

 嫌悪が湧き上がってくるが、無論顔には出さない。

 扱いやすい男だったが、ここのところ驕りが過ぎる。

 数人の貴族から賄賂を受け取り、軍の物資を横流ししている証拠も、掴んでいた。

「とにかく、勅命は下ったのだ。それに、攻め寄せた魔物を蹴散らせば将軍は誰もが認める英雄だ。」

 何か言いかけたバルファトを制し、オクミールが言うと、バルファトは曖昧に頷き、出て行った。

 オクミールは深いため息をつき、天井を見上げた。

 人間は平和を謳歌していたが、問題は山積していた。

 昨日の集落の件など、オクミールからすれば小さな事件だった。

 二月ほど前に、隣国が交易の諍いを発端に戦争を始めたし、他種族との外交は破綻しつつある。

 また、経済の膨張で商人達は急激に力をつけ、その財力を背景に国家の権威を脅かし始め、狩人や遊牧民の生活を圧迫していた。

 サードム国は、元々は狩猟と遊牧の国だった。

 領内は平野が広がり、世界有数の馬の産地でもある。

 二百年前、勇者の魔王討伐の際は、当時のサードム国王は騎士を率いて参戦し、魔王軍と激戦を繰り広げたと聞く。

 魔王討伐後は、その他の国家もそうであったように、交易に力を入れ始めた。

 魔獣や獣を狩り、その毛皮や角などを工芸品に加工して他国に売り、鉱石や穀物を仕入れ、国民の生活は一変した。

 族長と呼ばれたサードム王の盟友達は貴族化し、かつての遊牧民達は隊商を組んで国を出入りして生計を立てている。

 かつて、世界最強と謳われたサードム騎士の気風は、形骸すら残っていない。

 今のサードム国益とは、すなわち国庫の収益だった。

 もたらされる情報は、国家の経済の為にあり、オクミールはより均等に富を配分する事に腐心するだけだ。

 バルファトのような、腐った者たちも少なくない数いることもわかっている。

 しかし、綺麗事だけでは、政治は進まない。

 オクミールは、書類の山に目を戻した。

 部下たちにいくらか割り振ったとは言え、片付けるまでには、夜までかかりそうだ。

 分厚い冊子を手にとり、オクミールは意識を集中させていった。



 人間の軍が、集落の跡に砦を築き始めたと言う報せは、その日のうちにルアの耳に入った。

 大広間の玉座に座ると、堰を切ったように集まった者達が喋り始める。

 要は、軍議を開け、と言う者が多いようだ。

 先日の出来事を、サードム国への侵攻を開始した、と受け取っていた者もいた。

「軍議など、無用。攻め落とす時は俺が決める。」

「しかし、サードムの騎士はこちらに刃を向けております。今一度、魔族の恐ろしさをやつらの身体に刻み込んでやらねばなりません。」

「意味はない。」

 言うと、話していた魔物の目に怒りが宿った。

 顔が体毛に包まれているので、顔色はわからない。

 怒りのあまり、言葉を失ったようなので、ルアは口を開いた。

「この砦は、しばらく無視する。こちらに攻め入るような兵力でも装備でもない。それに、攻め落としたところで維持する力もない。泥沼の闘いになるのは見えている」

「しかし」

「お前の一族のみで攻め、駐屯すると言うなら止めはしない。サードム騎士の牙は抜かれたとは言え、動員できる兵力はおよそ38万。やってみるか?」

 どよめきが広がった。

 この程度の情報すら、族長達は掴んでいないようだ。

 サードム国の男声は15歳になると三年間兵役を課せられる。

 常備軍ではないが、事実上、国民の全てが兵士だ。

 これに他国や他種族が加われば、魔族に勝ち目はない。

 魔族に国家はない。

 世界中に散らばっている為、現状では組織として動く事が難しいのだ。

「あの程度の砦を落とすぐらいなら、俺の旗本達だけでもやってのける。だが、その後を考えろ。」

「では、どうするのです?」

「砦は放置、俺はエルフとドワーフとの交渉に専念する。それぞれの族長は己の領分を守り、子を育て、戦に備えてくれ。」

「恐れながら魔王様、我々の限界は近づいております。生まれてくる子より、殺される者、飢えて死ぬ者の方が多いのです。」

 大広間に、賛同する声がいくつかあがった。

 彼らは誇張している訳ではない。

 日を追う毎に魔族の力は衰退している。

 時間をかけたところで、人間との差は開く一方なのだ。

 ルアは、族長達に頭を下げた。

「それに関しては、俺にはすまぬとしか言えん。だが、知らぬ訳ではない。俺自身、サードムごとき小国に、舐められているのは腸が煮える思いだ。頼む。耐えてくれ。」

 意見を出してくるのは、族長と言うより長老と言うべき年老いた魔物達だ。

 本来なら、一族のもとで静かに死を待つ筈だった余生を、ルアが城に連れてきた。

 その経験と、一族の若者達を抑える年月の重さは、ルアにはないものだ。

 彼らは、自分が魔王だから、という理由だけでついてきてくれた。

 自然と頭が下がる。

「魔王たる者が、簡単に頭を下げないでください。」

 戸惑いながら言ったのは、先ほど怒りの色を見せた魔物だ。

「我らは、耐えよと言われれば耐えます。しかし、そう長くは無理です。せめて、いつまで、と。」

「一年。その間に、俺は人間以外の種族からこちら側につく者達をまとめて見せる。」

 言っていた。

 本当は三年はかけたいところだ。

「わかりました。一年、我らも一族を減らさぬ努力をいたします」

 皆が納得したわけではないだろうが、これ以上の反論は出てこないようだ。

 これまでは、一族の間で縄張り争いが絶えなかったが、それも減るような気がする。

 この一年をどう耐えるか、族長達が珍しく建設的な議論をするのを、ルアは不思議なものを見るように、ただただ聴いていた。




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