37.甘い悪戯(side:フィオ―レ)
出るなと言って出ないのは昨日までの私だとフィオ―レは部屋に入るなり、にこやかに笑う。
フィオ―レの計画はこうだ。
窓から下りたように見せかけて、エクラが慌てて出て行った頃に普通に正面から外に出る。続いて、真っ先に裏庭を彼女が探すと思われるので入れ違いに裏庭に入る。
(スキアーにならこんな作戦通じないだろうけれど……)
今のエクラは動揺しすぎている。騎士として如何なものかと思うほどに。
(私情を忘れて自分の仕事だけしていればきっと彼女も一流と呼ばれたのでしょうけどね)
所詮は仮定の話に過ぎない。
彼女は私情をなくせないし、今後もそうだろう。
(どうせ賊が居てもスキアーが片付けてしまうに違いないもの)
そして、自分が居ても居なくても関係ないということを学ばない限り決して変われないだろう。
「さ、準備しましょうね」
そう言って、声を掛けると想良が引きつったように笑った気がした。
上手くいきすぎように思われたがついつい笑ってしまう。予想外と言えば部屋の鍵を壊されてしまったことぐらいだ。スペアキーで開けるだろうと思ったのに。
(今は時間が惜しいし、気にするのはやめましょう)
「ソラさん、行きましょうね。静かにしてね?」
「にゃー」
素直な返事に「いい子ね」と頭を撫でる。
静かに階段を下りて、裏庭を目指した。
裏庭へ行くための小道を進んでいくと、大声で自分の名を呼ぶ声が聞こえてきたので茂みに身を隠し息を殺す。
「フィオーレ様ぁー! フィオ―レ様ー!!」
どんどん声は遠のいていくようだったが、張り上げる声は反対に大きくなるようだった。
(この調子だと、正面をそのまま抜けて正門のほうへ行くわね。もっと声が小さくなってから出ましょう)
「にゃー」
腕の中の温もりがもぞりと動く。
「まだ騒いでは駄目」
抱きしめて落ち付けさせようとするが、想良は落ち着かない。
「お願い静かにして……」
どうしても、裏庭に今日行きたいわけじゃない。行けないわけじゃない。
だけれど、このままだとどうなるかわからない不安が胸の中で大きくなった。
賊が居るなら殺されたいと思っているのかもしれない。
(殺されたほうが楽になれると思っているだけだわ……)
心の奥底にある疑問。
壊れたのになぜ死を望んではいけないのか。
いつまで生きる屍でいればいいのか。
生きる意味などありはしないのに、生かされることの疑問。
段々と動きが想良の動きが小さくなる。
(ありがとう、ソラさん)
心の想いを伝えるために、額に軽く口付ける。
私はこの後、裏庭で起きることをまだ知らないでいた。
知っていれば引き返したかもしれないけれど、やはりそこに居た気もする。
エーアトベーレを摘んでいると、遠くから懐かしい声が聞こえた。できることならば一生聴きたくなかったその声に、身が凍る。
想良が唸る。
唸った方向には、闇がこぼれたような深い黒髪の男がそこに居た。
「へい、か……」
灰色の目をした美麗な男はまっすぐにこっちへと進んで来る――この国の王オーディオ・グロームがすぐ傍に居た。
敵がやってまいりました。