36.待ち伏せ(said:プロクス)
目の前の光景に、リュズギャルの笑い顔に、プロクスは眉間に皺が寄るのを感じた。
「で、猫はどうだった? 間近でみたのだろう? わたしは見ていないのでな」
「なんで、リュズギャルがワタシの神殿にいるっ!?」
「もちろん、好奇心だが?」
プロクスは苛立たしい気持ちでいっぱいになった。
(なんでこいつがここに!!)
押し殺した怒りがまた再熱する。
猫は期待はずれもいいところであった上に、喧嘩まで売って来た。一応、不法侵入している身なので殺すことはしなかったがおかげで怒りの行き場がなくなった。
それなのに、住処に帰ると会いたくもない人物がいるではないか。苛立ちが増さないわけがない。
忌々しいことに、しかもひとの椅子に座って寛いでいる。
(こんなやつに教えたくない……)
「そう言えば、言っていた花を見たが、酷い臭いだ。あれが、本当に花なのか?」
「花だ!!」
アーグアへの貢物として準備した女も勝手に見たようだ。
(うちの神殿のやつらはなにしてる! 全員、みな殺す)
きっと良いように言いくるめられたか、神であることでごり押しでもしたのだろう。
相変わらず良過ぎる性格をしている。
「まあ、花は良いさ。猫だよ、猫。アーグアに何か関係があったかどうかが重要だ」
(自分から話をそらしたくせに)
軽く舌打ちしてから、地面に座り込む。
プロクスは短気だが無謀ではない。リュズギャルに喧嘩を売っても勝算の見込みが少ないのは理解しているので、大人しく語り出した。
「アーグアのことは知らないと言っていた。見た感じはただの白い猫だったけど、……ワタシに爪を立ててきた」
「猫がわたしたちを恐れないだなんて、くは」
この世界に生きるものたちは大小問わず、神である自分たちに畏怖を抱かずにはいられない。
人ではないと、猫ではないと。我々が神なのだと格差を付けるために、体から感情の一部が流れだすのだとかつてプロクスたちはアーグアに教えられた。
「そうか、猫が……」
人と言った危機感の薄い種族はあまり畏怖を抱かないようで、今も昔もどこか神を軽視している節がある。それに比べて、動物は危機感が強く決して自分たちに逆らうようなことはしない。むしろ、恐れてすぐにどこかへ逃げ隠れする。
「怯えてたようだったか?」
「逃げたそうにしてたけど、びみょう」
「益々面白い、くふふ」
(ちっともおもしろくない)
あの猫は異常だ。神に爪を立てようとするなんて普通はありえない。
「話はそれだけなら、かえれば?」
「いや、フィオーレ・ブルームの家に見張りを付けると言いに来た」
「は?」
(みはり?)
リュズギャルのすることは、訳がわからないことばかりだ。
「干しょうするの?」
「花かどうか、確かめる必要性がある。話を聞いて駒を増やすかどうかを今日は決めようと思っただけだ」
「そ、好きにすれば」
「するに決まっている」
にぃっと口角が上がる。
不気味なほど美しい笑み、人はこれを見ると呆けるらしいがプロクスには恐怖しか浮かばない。
「いつでも動けるようにしておけ、それと花もな。もうそろそろアーグアが動き出す気がする」
「わかった」
「良い返事だ」
一陣の風が部屋の中に巻き起こる。リュズギャルがようやく帰ったようだ。
(どいつもこいつも、ほんとむかつく!)
そういえば、他にも歯向かってきた鳥がいたなと思ったが。すぐに怒りでそれは心の水底に沈んだ。
この日、一つ火山が噴火した。
被害は通例通り大きくなかったものの暫く納まらなかった。