32.自称神さま現る!
首根っこを掴まれて、また、眠ったのだと想良は知った。
どうやら、この体は暇があれば本人の眠気など関係なく眠りに就こうとするようである。
重たい瞼を持ち上げた先は赤に埋め尽くされていたので、エクラの赤い髪を頭に浮かべる。
(三日坊主ならぬ、三度坊主……)
『おはようございます、メイドさん』
「だれがメイドだ、しね」
…。
………。
……………。
ムカツク喋り方はどこぞの弟の様である。
苛立ちに想良は頭を覚醒させる。
『あーん? てめぇ、どこのどいつだこんにゃろめ』
ぱっちりと目を開けた先に居たのは、エクラと同じように赤い髪をしている子供だった。目も血の様に赤い女の子。昨日見た子供よりも小さく幼いが、眼差しは老成していて強く鋭い。
(げ、なんだこいつ、キモっ)
高く一本に結われた髪、フィオ―レたちとはまったく違う服装。
子供の服装を一言で言うならば派手――派手以外にない。アジア風の強い奇抜な色と模様が施されたチュニックとバルーンパンツ、細い腕には不似合いな金色の太い腕輪。
「猫のくせに態度でかい……ワタシはプロクス、火の神だ」
知っているだろうと言わんばかりの態度に鼻を鳴らす。
『プロなんとかとか、知らんし。とっとと降ろせ』
近くにある顔に爪を掛ける。
エクラならば手の届く範囲に顔がないが、対格差もあってプロクスの顔はすぐそこだった。
「いたっ!」
くるっと円を描いて、下りる。
かなりの力を込めて引っ掻いたはずだが、子供の顔には赤い筋(といっても、傷ではなく痣)が薄らとしか浮かんでいない。
『か、ったあああああっ!』
(引っ掻いたほうが痛いとかなんなの!?)
爪が折れてないか慌てて確認をすると、爪とぎで研いだばかりのように先の方が削れていた。
(まじ、キケン)
こんな奇天烈な存在がここに居ることが想良には理解できなかったが、自分が逃げることの優先順位が最上位だということは理解できた。人間としてか、猫としてか――いずれかの本能がヤツに関わるなと言っている。
しかし、ここで自分が逃げたとしてフィオ―レたちは一体どうなっているのだろう、どうなるのだろう。
仮にも神だと言っている人間(?)だ。
易々と助けを乞うことはできないだろうし、彼女らに危険が及ぶのは不本意以外の何物でもない。
慰めにもならないが、距離を取りながら低く唸る。
(一宿一飯の恩義とか、日本人率四分の三にも適応されんのかねぇ?)
すでに痕すらない子供を見ながら、溜息を吐く。
こっちの装備、爪と牙。
爪はすでに役に立たないことが検証されているので牙も大差はないだろう。
相手の装備、鉈。
この柔らかふにふにボディはさっくりと当たった瞬間、天国行き確定。
(どう考えても、勝ち目ねーぇし)
「やっぱり、ただの猫のくせに生意気、ほんとしね!」
さっきの一撃で相手を怒らせたようだし、鳥になるのも時間の問題かもしれない。
「ぐげえええええええええっ」
まったく必要としてない時に限ってシャルロットは現れるし、本当にどうしようかと想良は頭を抱えた。
『頼むから、お前空気読めよ!』
悩んでいる間に、敵に突っ込んでいこうとするそれをとりあえず止める。
(いやー、絶体絶命?)
前には敵。
後ろには役立たず。
(なんか、虎や狼の方が逃げられる気がする……あー、めっちゃメイドさん二号に会いたい)
もちろん、戦闘要員としての希望である。
あの人だけはこの現状をなんとかしてくれそうな気がした。