29.何も考えない猫
朝誰に言われるまでもなく、食卓へと向かう。
猫のご飯を文句を言わずに食べる。
呼ばれれば返事をし、「やるな」と言われればやめる。
もちろん、フィオ―レの前でも猫になる。
必要以上に自分からは近づかず一定の距離をとる。そして、無駄な時間はベッドの中で眠る。
何も考えないのは意外と楽だった。
楽だけど酷く退屈だ。
部屋に入るなり溜め息を吐く。とぼとぼとベッドへ歩く。
(一生こうして、無駄な時間を生きるのかー)
布団の上に寝転がって、胸一杯匂いを嗅ぐ。甘い香りだけに今は救いを感じた。
どうしてだかわからないが、救われる。
夕食までの時間何をして過ごせばいいのかわからないし、眠るのも飽きた。
『シャルロットも居ないし、お外でも見っかね』
シャルロットを昨日の朝以来見ていない。
暇を潰す相手には多少うざいが持ってこいなのに。
(俺を一人にすっとか、ありえんし)
青々と茂る木々、空を飛ぶ小鳥らしき物体。
同じように見えるのに、異世界なんだと思い知らされる。
『俺、どこへ帰ればいいんだろなー』
家に待っていてくれる人はいない。
それどころか、あっちの世界でも好かれていた気がまったくしない。
都合良く、生き過ぎた。
ここもずっと居たいとは思わない。
こっちの世界に想良も、ソラも必要とされていると思えない。
ありえる未来予想図としては、猫の嫁さんと見合い。結婚、ベイビー。
(吐き気がするな、猫に欲情とかウケル)
最低な未来予想図だ。
ギィっと軋む音に視線を投げる。扉のところにはフィオ―レが居た。
『にゃー』
言葉に意味を込めずに鳴く。
「ソラさん、一緒にお庭を見ましょう? お花がとっても綺麗なのよ」
近づいて、膝を折り、頭を撫でる。
服が汚れるのを構わないのは「もうどうでもいい」からなのだろうか。
(なら、構わないでくれたらいいのに……)
撫でる手が、棘のように刺さる。
庭は色とりどりの花で溢れていた。
バラに、チューリップ。パンジー。きっと、名前の違うのであろう花。
「綺麗でしょ?」
『これに乗っていなければ』
現在、乳母車での移動中。
これはフィオ―レが成猫を持って、庭を歩きまわれるわけがないというエクラの配慮によるものだ。
遠くに気配も感じるので、たぶん、見えないところから彼女は見張っているに違いない。
(別に、もう、何もしねぇよ)
空を見上げる。
綺麗な青空だ。雲もなくて、日差しがまぶしくて――海が見えれば言うことがないと想良は思った。
(風の匂いが違うな、ここは)
空と海が綺麗で、日差しが眩しい場所に帰りたいと思った。
「これは、ワイド。こっちはね……」
しきりに説明する彼女を見る。
『フィオ―レさん、日傘しないと肌やけちゃうよ』
日差しの中で、くるくると回る白い傘。
(きっとあの傘が似合う)
そのピンク色のドレスにも。
「ふふふ、楽しい?」
『にゃー』
また音だけで鳴く。
自分の痛みで精いっぱいなんだ。