22.人間と猫、小さな世界
長い時間考えた。
フィオ―レの柔らかくて温かい胸の中で想良は考えた。鼻を啜りながら。
(人間じゃなくなったのはもうしかたないと思う。メイドさんが俺のこと嫌いなものしゃーない)
『結論、フィオ―レさんにだけ干渉して、俺は小さな世界で生きる!』
傷つけるものなんて世界に入れなければいい。
人間の時そうしていたように、そうすればいいと――想良はそう結論付けた。
(メイドさんは俺のこと叩いたから、怪我させたことは帳消しにする。もう、関わんない)
猫らしく猫を被って、猫のフリ。
呼ばれたら『にゃあ』って鳴いて、用がないならフラッとどこかへ逃げればいい。
エクラの前では――フィオ―レの前以外はソラになる。猫のソラに。
「もう、ソラさん悲しくない?」
『一緒に居てくれんでしょ?』
(悲しいよ、寂しいよ。だから、ソラになる……嫌だけどわけわかんないことに悩むのヤダし。だけどさ、水縁想良を捨てられないから、フィオ―レさんの前だけ想良のままで居ても許してよ)
『にゃあ』っといつかのように、猫は白々しく鳴いた。
☆★☆★☆★
あの騒々しい子供は帰宅したようで、昼飯というよりも、夕飯に近い時間になってエクラはフィオ―レたちを食卓に招いた。
「フィオ―レ様、食事の時間ですので馬鹿猫は床に下ろしてください」
膝の上の想良をエクラが睨む。
ソラはわけがわからないというように首をかしげ、丸くなる。
「あら、どうでもいいでしょ?」
準備された魚料理をフィオ―レはナイフとフォークで小さく切り分けると、白い手にそれを乗せる。
「フィオ―レ様っ!」
「ソラさんはシートスが嫌いなのだから、普通のご飯を食べさせてもいいと思うの。いつもいつもエクラは無理やり食べさせていたけれど、私そういうの良くないって思ってたもの」
しれっと言うフィオ―レに耳を疑う。
なんだか、険悪だ。いつも穏やかな彼女の言葉の端々に棘がある。笑顔も声音も違わないのに。
「それと膝の上に乗せながら食事を行うことは別のことと存じます」
睨まれてもソラは空気を読まない。猫だから。以前のように降りない。
(『私も悲しいわ』)
あの時、フィオ―レも泣きそうだったことを想良は思い出す。
自分のことでいっぱいいっぱいだったので今の今まで忘れていたが。
(フィオ―レさんもこの世界嫌なのか……)
何が理由かわからないが、エクラがその一端を担っているらしい。
「なら、食事をとらないわ。これでいいでしょう?」
静かに置かれたナイフとフォーク。
「飢え死にを選ばなかったのは、気が狂って理性を保てなくなるのが嫌だっただけよ」
「今は関係なくなりましたから、どうでもいいんです、ふふふ」と笑いながら、想良を抱きかかえるとフィオ―レは席を立とうとする。
「お待ちください、そのままでも良いので召し上がってください!」
「席を一度立ったら、戻るのはマナー違反よ」
らしくない様子のエクラに想良は目を伏せる。
(メイドさんは敵。フィオ―レさんの敵は俺の敵)
言い聞かせるように心の中で繰り返す。
自分に向けられない感情がフィオ―レには向けられている。
そのことに痛む胸。これは想良の感情だから、ソラは知らないフリをした。
『フィオ―レさん、お腹すいたらシャルロットを捌いてあげるよ』
想良は『にゃあ』っとしか聞こえない声でフィオ―レに言う。
「行きましょう」
微笑んだそれを了承とする。
(せめて、言葉がわかればなぁ……)
フィオ―レの悩みを軽くすることができるのにと、思って更に心が痛くなった。