21.怒る人(side:リュズギャル)
正面から飛んできたナイフをひょいっとリュズギャルはかわしながら、嗤う。
「よけんな、まじうざい。リュズギャルしね」
「痛いのは嫌いなものでね、プロクス死ね」
「しねとかいうな! リュズギャルがアーグアの手がかりを手ばなしたからいけないんだろ!」
一メートル半ほどの正方形の食卓の四席のうち、三席は埋まっている。
リュズギャルから見て正面に座る子供――の姿を装っているのがプロクス、火の神だ。子供の姿に似合いの幼稚な性格をしている。食べ方にも品がない。
(髪も顔も赤々と……これが神とは嗤えることだ)
対して、左側に座る土の神ラントは我関せずを貫いている。老人の姿をしているのが忌々しいことこの上ない。出された食事にも手を出すことなく、こちらの出方を窺っている。
(体の筋肉同様、頭まで筋肉でできているのだろう。相変わらず、腹立たしい)
これが人間から二番目に優しいとされる神様、だ。
(黙って、関せずにいるだけで優しいと思うから人間はアーグアを怒らせるのだ)
同じ四神であっても、あれと相容れることはない。
神としてリュズギャルらが目覚めた時、アーグアは神だった。
名を与え、力を説明し、世界についてを淡々と語っていく。
一通り説明を終えると彼の人は言った。
「以上でこの世界の説明は終了とします。君たちは神として各々のすべきことをし、人と常にあってください。尚、私は基本的には水の中から世界を見ていますが、必要以上の干渉はしませんのでそれを念頭に置いて貴方方で問題には対応するようにしてください」
「最後に」と、どうでもいいように付け足す。
「君たちは不老ではありますが、不死ではありません。人とは違いますが死にます。多少丈夫なだけですので、履き違えないでください」
ぺこりと青い髪と目をした青年の姿をした神は頭を下げ、水の中へ消えた。
(自分は、首を切られても死なないくせによく言うものだ)
切ったらたぶん、自分たちは死ぬだろう。
アーグアは次元の違う、化物だった。あの時、確信した。
「リュズギャル、態々呼び出したのだからそれ相応の理由があるのだろう?」
「理由などない。模様のない猫はフィオーレ・ブルームという女に譲渡した。神官長曰く、花だと言うのでな」
「うそだ! 花はワタシが準びしたあれだけだ!」
花。アーグアの愛した唯一。
アーグアは花を人に模した。花は美しい娘になった。
誰もが穢したいと思わずにはいられない純粋無垢な女にした。
(神の愛する者を奪って穢して、滅びたいとしか思えん)
リュズギャルはどっちらでもいい。
人が滅びようがどうしようが。自分に被害がなければそれで構わないと思っている。
前回は、アーグアが人ごと、否、世界ごと全てを水に沈めようとしたから止めただけにすぎない。
「どちらが花か比べればよい。それを人は望んでいるようだからな、くふふ」
「勝手な言い草だな」
低い声。苛立つ声。
「勝手とは、な。貴様は優しい神なのだろう? 人間が望むことを叶えて何が異論ある? ああ、そうだったな、毎日毎日苛立ち地面を人が気づかぬほど少しずつ動かしている貴様だものな。人間などいっそ滅びろと言いたいのか? くははは」
だんっ、強い衝撃に食卓が割れ、上の料理が零れ落ちる。
「食べ物を粗末にするな、勿体ない」
零れた黒い液体。
味も何もない液体。
神の供物として造られた食べ物。
神の他は、猫だけが口にすることを赦された食べ物。
「世界には美味いものが溢れている。しかし、我らはこれを食す。そう決まっているからだ」
土色の瞳、焔の瞳。
こちらを見るそれは人のそれとなんら遜色ない。
「口は話すためにある。物に当たるな、言いたいことがあるなら口にしろ」
「勝手なものは勝手だ」
一段としゃがれた声は低くなる。
「グローム王の寵姫だろうに、そんな女に手掛かりを渡すなどと」
「グローム?」
「はて」と首をかしげる。
「この国の王でしょ、リュズギャルいいかげんすぎ!」
「どこでもいい、とにかくわたしは釘をさした。話はこれで終いだ」
花にでも何にでも干渉したいなら勝手にすればいい。
「ワタシは行く」
「好きにしろ」
火柱が立ち、プロクスが消える。
「で、ラント貴様は何をする?」
いつも最後の最後まで手を出さない神は何をする?
「今はまだ様子見だ」
(口先すらない弱い神め……)
「ならば、消えろ。見えないところで高みの見物でもしているといい。世界が終わるまでな」
「……………」
土にラントは沈む。
焦げ跡に、土汚れ。食べ物の残骸。
「さて、わたしも消えるか……」
部屋の変わりように嗤う。
神殿の者たちが苦労するだろうが、所詮、人ごと。
タイトルは「いかるひと」。アーグアの次に力のある神がリュズギャル。