20.目の前の現実が答え
水縁想良は人間。
ソラは猫。
水縁想良は自分が猫のソラなのだと今になって理解した。
猫のソラになったのに人間の水縁想良のまま生きていた。
『違う! 俺はソラなんかじゃない。水縁想良なんだ! 人間なのに、嫌だ。嫌だ、帰りたい。こんなとこ、やだ』
顔は良い方だった。スカウトもされたことがる。
勉強もスポーツもなんとなくでできた。ちょろいもんだった。
人間付合いだって自分で選んだ。気に入らない人間は見ない、知らない。
水縁想良は愛されて、世界の中心だった。特別だった。
ソラの世界は残酷で、冷たい。愛がない。
手に毛が生えている、これは前足。
耳に、髭。尻尾。この体は人間の時とは違いすぎる。
(母さん、母さん、母さん助けて)
泣くからあの男をオトウサンと呼んだよ?
(ひろ、ひろ、ひろたすけて)
隣の家の子、皆から嫌われた子を愛したでしょ?
(コサカ、コサカ、コサカタスケテ)
いじめられた子、助けたじゃない!
『ねえ、俺、凛を助けたじゃない、なんでこんなことになるの!?』
嫌いな弟助けたのに。
(ねえ、神さま。これは、何の罰?)
『人間に戻してよ、こんなの違う、こんなのになりたかったわけじゃない』
愛サレテタ、水縁想良ニ戻シテ!!
「ソラさん?」
フィオ―レが部屋の中に入って来る。
『寄るな、近寄るな。俺、あんたの猫じゃない!』
麗しい美人の飼い主も、巨乳のメイドも要らない。
欲しいのは水縁想良の自分。
「どうかしたの? 高くて降りられないの?」
伸ばされる手も、甘い香りも要らない。
欲しいのはこんな世界じゃない。
『要らない、欲しくない!』
「誰かにいじめられたの?」
泣いているのに、涙が出ない。
ずっと、ずっと泣いてるのに、涙が出ない。
人間じゃない。人間じゃなくなったから、涙が出ない。
泣きそうな声でフィオ―レが言う。
泣いているのは想良なのに。
『ここは寂しいんだよ』
「大丈夫、私が居るわ」
俺は寂しい。
俺は寂しい。
俺は寂しい。
あの世界は好きなものだけ、素敵なものだけでできていた。
水縁想良は特別だった。
人を傷つけることが平然とできた、許された世界。甘美で甘露な世界。
「おいで」
愛して。
愛して。
愛して。
人間に戻ることが許されないなら、得られるだけの愛を求めても許されるでしょう?
(花の香りは優しい、いつも優しい)
いつもみたいにソラはフィオ―レの胸にもぐりこむ。
「私も悲しいわ」
『俺も寂しい』
鼻のキスに、キスで返す。
(ちゃんと愛したら、愛してくれる?)
現実を告げるのは悪いことではないけれど、現実は痛い。
綺麗な部分だけじゃなくて汚い部分を含んでいるから痛い。
想良は痛みから目を逸らす。
わからないままなら、世界は醜くても痛くないから。
子供は痛みを伴った現実が嫌い。想良はまだまだ子供。フィオ―レさんが一応、ヒロイン!!