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死んだら猫った!  作者: 青藍蒼
猫の暮らしも楽じゃない
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18.どうして?(side:エクラ)




そろそろ、食事の時間なので想良を探しに出ようとしたエクラは窓の外に人影を見た。


「あれは、フリンデッル様?」


フィオ―レに良く似た男と小さな少女が馬車から下りようとしていた。


男の名は、フリンデッル・ブルーム。次期ブルーム伯爵にして、フィオ―レの異母の兄。少女はその娘、クークラ・ブルーム。


フィオ―レもそうだが、彼も年齢よりかなり若く見える。

二十と言う年齢より、フィオ―レは三、四歳ほど若く見える程度だが、フリンデッルは二十代前半にしか見えない。


(記憶が正しければ三十に届く年齢のはずだが……)


娘のクークラは見た目と同じ七歳程度の年齢にしか見えないのに、遺伝子の異常を感じてしまう。

彼女も大きくなれば二人の様に見た目よりどんどん若くなるのだろうか。


「迎えに行かねば……」


客人の来訪にエクラは溜め息を吐いた。


(フィオ―レ様に迷惑を掛けねばいいが……)






玄関に向かうと門をくぐることを許していないのに、娘の方がすでに中に居た。

腕の中には想良も居る。


(彼らはやはり厄介な客人だったか……)


「やあん、可愛いー」


クークラは人形にするように猫に力を込めている。


(あの馬鹿猫は気が長いほうではないのに……)


止めないうちに、想良は爪を出した。だから、エクラは自分の手でそれを止めた。


「爪のあとは残りやすいというのに……女は傷痕を残すものじゃないんだぞ、馬鹿猫」


「反省しろ」と、猫の額を軽く小突く。


想良と目があった。


(「どうして?」)


ジッと見るその目に見覚えがあった。あれは理解できない出来事に遭遇した人間がする目だ。

驚愕し、絶望し、泣きそうな少女と蚊の鳴くような小さな声が頭の中に浮かぶ。


守ると決めたのに、守れなかった少女と目の前の一匹の猫が被った。違う色の瞳なのに。


猫は上の階に向かって走っていく。


「あ」


にゃーにゃーと、鳴く声に傷が痛んだ。こんな小さな傷口、痛くないはずなのに。




「おとうさま! 聞いて、クク、フィオお姉様の猫さんに怪我させられそうになったの!」


クークラは、エクラを振り払って飛び出す。


「おやおや、それは君が悪いことをしたんじゃないかな、小さなお嬢さん(リトル・レディ)?」


いつの間にかフリンデッルも入って来たようだった。


(許していないのだが、……元々ここはブルーム伯爵のものだし、仕方ないな)


「ククそんなことしてないわ!」


ぷぅっと顔を膨らませるクークラにフリンデッルは笑う。異母兄妹だけあって、クスクスと笑う顔はやはりフィオ―レのそれと重なる。


「フリンデッル様、ようこそお越しくださいました」


淡々とお辞儀をする。


「突然の来訪失礼するよ」


外された帽子とコートをすかさず預かる。本来の仕事ではないがメイドらしく。


(こういうのはスキアーがするべきなのだが……、どこかで嗤ってそうだな)


影は影らしくどこかにいるのだろう。

見えないこの家の住人、スキアー。自分と同じくフィオ―レのために準備された従。


「ねえ、エクラ、あの子はどこかな? ちょっと、怒りたいのだけれど」


口調は柔らかいがフリンデッルの言葉の端々から怒りを感じ、エクラは考えるのをやめる。


「ダイニングルームに居られますが……?」


「ああ、警戒しなくていいよ。僕は、純粋にお説教に来ただけだから。ねえ、君知ってた? 猫をフィオ―レが飼うつもりだって」


「フィオ―レ様がお決めになったことに意を唱えることはありません」


白い手袋をした手は呆れるように頭を掻く。


「あの人は何も言ってきてない?」


「ここ暫くはあの方からご連絡はありません」


「あー、てことはやっぱり知らなかったんだね、君」


盛大な溜め息に、眉尻を上げる。


(回りくどい男だ)


「良く、聞いてね。貴族は猫を飼おうとすると籍を返還……つまり、貴族じゃなくなるんだ。これどういう意味かわかるよね?」


良く似た翠の目に、血の気が引いた。


「陛下からそのうち連絡が来ると思う、まったく、フィオ―レはいつになったら大人になるんだろうか」


『悪いことをしたわ』


馬車の中で彼女が口にした言葉の意味を今更ながらにして、知った。
















フィオ―レとエクラが出会ったのは五年前だ。

今のフィオ―レより、一つだけ若く、エクラは盛りだった。女としてではなく、騎士としての盛りであったけれど。


陛下直々に、彼女を守ることを任されてエクラは舞い上がった。


女の騎士は珍しい。後ろ盾のない自分がやっと認められたのだと思った。

ただ、男と彼女が接する機会を減らすためでしかなかったのに。


側室にと望まれた美しい娘の末路は決まっていたのだろう。




身分にも申し分がない少女が寵愛を受ければどうなるか、どうやればその腰入れがなくなるのか。




実力も、緊張感も足りていなかった。慢心だらけで、守れるはずもなかった。

守れなかった少女は――フィオ―レがすぐそこであの時と同じ目をしてこちらを見ていた。


「お兄様、お早いおつきね。もっと遅くてもよかったのに」


笑う、けれど、笑わない。






背中に入った一文字に彼女は呟く。


『どうして?』


何も知らない、ただ美しいだけで愛されていた少女は理解できない現状に呟いた。


死ねばよかったと少女は言った。

修道に入りたいと少女は言った。


貴族なんかに生まれたくなかったと少女は言った。



なにも赦されたなかった少女は大人になって、赦されることを諦めたのだと思っていたけれど、美しい仮面の下で爪を隠していただけだった。


「エクラ、ごめんなさいね」





――謝罪は、罪を認めること。



彼女は誰のことも何も赦すことも、信じることもなかったのだろう。この五年間。


それを、知った。



過去が徐々に見えてきますた。新キャラはスキアーさんです。容姿はもう間もなく……出てくるか、な?

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