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死んだら猫った!  作者: 青藍蒼
猫の暮らしも楽じゃない
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17.なんで?




予想外。ただ、この一言に尽きる。




爪は子供の肉を引き裂くはずだった。加減はできなかったので爪を立てていたら服だけではすまなかっただろうことは言えるが、とにかく、彼女の手を傷つけるはずじゃなかった。


「爪のあとは残りやすいというのに……女は傷痕を残すものじゃないんだぞ、馬鹿猫」


エクラの茶色いメイド服に深々と刺さった爪。服には大きな穴が開いている。


(やばい、やばい)


「反省しろ」


ぺちりと、額を叩かれる。

痛くないのに、痛くて、痛くてたまらない。


反射的に、爪を引っ込める。加減できなかったそれは、服の下の柔らかな肉にもつき立てられたはずだ。


『ごめん、メイドさん、ごめん。俺そんなつもりじゃなかったよ、ほんとだよ』


(その子には、爪を立てる気だったのは否定しないけど……そんな気じゃなかった)



――女は傷痕を残すものじゃない。


服のせいで傷跡がどんなものか想良にはわからない。エクラの表情からも窺うことはできない。

いつもと同じように冷たい目がこちらに向いているだけだ。


エクラのことを好きか嫌いかで言われたら、「どっちでもない」と答える。

じゃあ、なんと思っているのかと聞かれたら、「苦手」とだけ答える。


扱い方が彼女は雑だ。

フィオ―レと比べると猫を扱うというより、雑巾を扱うようにしか感じない。優しくされないのは苦手だ。


(俺が優しくしないのはわかるけど……もう、メイドさん理解不能!! 傷どうしよう……責任とって嫁!! いや、俺今猫だし……どうする? アイフ……っ違う! あああああああっ!)


唸っても、考えてもわからなくて、どうしようもないバツの悪さだけが胸を占める。


「この子、ククに怪我させようとしたわっ! レディに怪我させようとするなんて、悪い子っ!!」


手の中の生き物が牙をむいたことをやっと理解したらしい子供がぷぅっと頬を膨らませ、小さな体を投げ捨てる。


これ幸いと、想良は逃げた。


くるっと、回転しながら地面に下りる。

振り向けば、自分と同じ色の青い目はこちらをまだ見ていた。


『謝ったから、俺もう、悪くないもん! メイドさんには悪いと思うけど、ちびっ子には謝らないしっ!!』


ダッシュで逃げる。とにかく逃げる。ひたすら逃げる。

厨房に行くのも忘れて階段を上って、自分の部屋に飛び込んで一番高い棚の上で丸くなる。耳も塞いで、目も瞑って。


(嫌なことは聞かない、嫌いなことは見ない!)






棚の上で、猫が鼻を啜りながら鳴く。


気がつくと想良は泣いていた。なんだかよくわからないけど、涙が出るのだ。その上、やたらとしょっぱい。

好きな子に振られても、どんなに怒られても、死んでもこんな風に泣いたことはない。


「ぐえぇげ?」


ドタバタと足音がしたかと思えば、棚の下にシャルロットが居た。


『ジャルロッドーぅ、お前俺の舎弟だろ! ぬわぁに、一人でどっか行ってんだよ、ばあぁか、わーん! フィオ―レさん、優しくなぐさめてぇえ! メイドさんごめんよぉおおっ!!』


猫は鳴く。力の限り、大きな声で。






誰か聞いてよ、俺、今悲しい。

わかんないけど、悲しい。なんで、悲しいのか理由をきいて。

小坂なら訊いてくれるのに、ヒロなら聞いてくれるのに。なんで、聴いてくれないの?


母さんや大人はあんな風に怒らないよ。

メイドさんの目はどうしてあんなに冷たいの?


メイドさんはだって、俺をキライって目で見るんだ。

俺が嫌いじゃなくて、メイドさんが俺を嫌いなんだ。

なんで、なんで、なんで、なんで!?


嫌われるのは平気、畏敬とそれは似てるから。

恨まれるのは平気、嫉妬とそれは似てるから。

憎まれるのは平気、愛欲とそれは似てるから。

平気、へいき、ヘイキ。



なのに、俺は今は平気じゃない。なんで?






猫は知らない。

愛されてばかりだったから。

綺麗なものばかり選んでみてたから。


純粋な敵意や、嫌悪といった負の感情を知らない。


知らないことは理解できない――想良は理解できない。






『わーん、わーん!』


怒られて泣くのは、後悔しているわけじゃない。反省していたわけじゃない。

優しい誰かが慰めてくれるのを待ってただけ。


『わーん、わーん!』


窘める時、人はどこかで「想良ならしょうがない」と思っていてくれた。

けど、その誰かはここにはいない。

ここじゃ、想良の言葉を誰も理解できない、きけない。


『わーん、わーん!』


怒られたことはあっても、叱られたことがなかった。

自分を嫌いだという人たちの目の中に、羨む気持ちがあったのを知っていた。

自分を影で笑う人たちの心の中に、妬む気持ちがあったのを知っていた。




猫になって初めて想良は叱られることと反省することを知った。


『わーん、わーん! 理解不能、意味不明っ!!』


大きな声で猫は鳴く。

理由もわからないけど、想良は泣く。



想良は甘やかされたまま大きくなった子供なのでいきなりですが、成長させようと思います。本当はもう少し先でそうするつもりでしたが、今回は別の伏線も入れるためにここでボコります……ところで、ヒロインってフィオ―レさんなの? エクラさんなの? エクラさんでばりすぎじゃね? おかしいな(-ω-;

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