閑話.水縁想良(side:凛)
母が兄だったものに縋って泣いている。
声を殺すこともなく、鼻水も零して子供の様に泣いている。
兄の友人たちがそのすぐ傍で泣いている。
「起きろ、起きろ」ってうるさいくらいの声で怒鳴ってる。
(僕が死ねばよかったのに……)
助かった人間が言ってはいけない台詞しか、頭に浮かばない。
だって、僕が死んだとしても母はあんな風に泣かないのを知っている。
友達だってそうだ。誰もあんな風には嘆いてくれない、悲しんでくれない。
なんで、庇った。なんで、身代わりになんかなった。
僕は泣けない、僕は泣かない。
あの中に入れない僕なんかをどうして庇ったんだ。
「凛、先に家に帰ろう……」
あの中には入れない二人――父と僕は少し離れ場所でそれを見てるしかない。
何も言わずに首を振る。
家にもどこにも居場所なんてない。どこに帰ればいいのか、わからない。
兄、水縁想良は周囲から浮いていた。
独特の雰囲気を纏っていたせいだと親しい人は言うだろうけど、僕から言わせれば人間に興味がなかった故に浮いていただけだ。
気に入ったものだけに自分を見せ、興味のないものは視界にすら入れない。それが兄の実態だ。
僕は弟だったからこそ「凛」という名前を覚えて貰えたけれど、もっと長い名前だったら兄は覚えなかっただろう。母親の名前を兄は知らない。この友人たちとて正確には覚えてもらえてない。父なんて父親とすら兄の中では認識されていない。
なのに、愛されている。
内側からも外側からも愛されている。
(ずるい、ずるい、ずるい)
――青い目を細めて、僕は笑ってほしかった。かまってほしかった。
母さんと貴方が呼んだ人は、水縁蛍。
ヒロと貴方が呼んだ人は、前島広人。
小坂と貴方が呼んだ人は、十時此方。
深い緑の傘を兄が持つとオヤジ臭いから大人っぽいに変わる。
黄色い傘を兄が持つと子供っぽいから鮮やかに変わる。
好きなように人の名前を呼んで、好きなようにして生きて、なんで愛される?
兄との買い物なんて行きたくなかった。
めんどくさいという雰囲気を隠そうともしないその姿が嫌だった。
オヤジ臭い緑色の傘に耐えられなかった。
早く家に帰りたくて急ぎ足だった。
ぽつぽつ、ざーざー。
雨は次第に酷くなって、いく。
「喫茶店に入って、時間つぶすぞ」
スーパーの外を見るなり、兄が言う。
行きよりうっすらと霧がかかっているようだった。
「別にいいよ」
僕は制止を振り切る。
とことこ走る、ずんずん歩く。
霧がもっと深くなったみたいだった。
「凛っ!」
家まであと二百メートルもない場所だった。
少し大きな道路を渡ったら家だった。
白い霧の中でライトが光る。車だってすぐにわかった。
でも、僕の体は動かない。石みたいに固まって動かない。
体をどんと突き飛ばされた。
持ってた卵はぐしゃり。
視界に嫌だった黄色い傘が見えた。
車から人が降りてくる。
兄は雨に打たれて動かない。
僕は尻もちをついたまま動けない。
あ。
あああああああああああああああああああ。
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
ああああ。
ああ。
「生きてて、ごめんなさい」
愛されたかった。
僕も特別の中に入りたかった。
入り方がわからなかった。
冷たい青じゃなくて、温かい青に愛されたかった。
愛されてた黒い六つの目が僕を見る。
(ごめんなさい)
これにて、第一部「麗し令嬢に飼われよう」は終了。
なんで、これがオチなんだよ、と思うかもしれませんが……なんか、書きたくなった。気が向く度に、弟や友人の話は出てくると思います!
次回か、次次回には新キャラとロリっ子が出てくるよ!!ってことで第二部「猫の暮らしも楽じゃない」をお楽しみに。




