13.夕食という名の液体
皿の中身を想良はジッと見つめる。
フィオ―レの座る食卓のものはどれも美味しそうなものばかりで、目の前のそれとは天と地の差がある。
『だ、誰が用意したのかは知らないけど、さ……こんなもの喰えるかっ!』
そっぽを向いて、食卓を目指す。
帰って来た頃には既に食事の準備ができていたことから、この屋敷にはまだ誰か居るのだろう。現在は、姿も音もまったく感じないのでもしかしたら日中帯だけ働いているのかもしれない。
『絶対、これは無理ぃ』
これならあの市場で見た魚の方が幾分マシである。
転げまわって、「うぉおおおおおっ」とか言いたいぐらいありえない。
『フィオ―レさん、あんなの俺は喰えないー!!!』
無臭の真っ黒なでろーんとした液体が並々と注がれた皿を指差す。
「どうしたの? 猫さん」
「お前の食事はあっちだぞ」
二人は不思議そうに想良を見る。
『だ、か、ら、む、り、な、の、っ!』
フィオ―レが小首を傾げる。
「食べたくないのかしら?」
「まさか、猫はあれが好きだと昔からいうじゃないですか」
どうやら、あの黒い液体はこの世界での猫のご飯らしい。
(も、もしかして、あれ、向こうの世界で言うところの牛乳なの? 猫、魚も食べるよ!)
「ほら、お前の飯はこっちだ」
エクラが想良の体を皿の前に持って行く。今回は首根っこを掴んではいないが横腹をがっちりと掴むようにしてなので、やはり胸とは距離がある。
『やーめーれー』
手足をバタバタさせながら逆らう。
『いやいやいあああああっ、食べないぃいいいいいいいっ!』
液体を蹴散らす勢いで暴れる。
人間として十七年生きた想良にとって、この摩訶不思議な食べ物は食べ物として認識されなかった。
「明らかに嫌がってるわね……、なんでかしら?」
「もしかして、食べたことがないのでは?」
エクラは片手で想良を持ち直すと、右手の人差し指と中指で液体を掬う。ゼリーのように液体は皿の中でぷるんと揺れる。
『ぎもい。きもいを通り越して、ぎもい!』
ジェルのようなそれは指に絡みついている。色が白なら、「エロい」と叫ぶところだが黒である。エロさの欠片もない。
「あーん」
男がいつか彼女に言われてみたい夢の台詞をエクラが言う。
(美人だしね、いいよ、いいけどね、この状況はいただけないぜ!)
美人の手に液体。
美人の指を舐めてもよし、噛んでもよし。
しかし、胸とは距離がある。
以上、現状解説。
『オナカイッパイナノデ』
ぐぅ。
(切なく鳴った腹、空気嫁っ!!!!!!)
口の中に突っ込まれた指に絡まる液体のあまりの不味さに猫は泡を吹き、令嬢は悲鳴を上げる。
ただ、メイドだけは職務を遂行したことに満足し、頷いた。