12.嗤う人(side:神官長)
執務室の中に置かれた唯一の椅子に男が座っている。女かと見紛うほど美しい男だ。銀の髪、緑色の目は宝石のに美しいが感情がないかのように冷たい。
男は嗤う。
「花のためにを、人間が口にすると嗤えるのだな」
「相変わらずお耳が宜しいですのぉ、ほぅほぅほう」
こちらが笑うと、緑の色が深くなった気がした。
「言い訳ぐらい聞いてやろう、お前たちからするとわたしは仲間内で三番目に優しいのだろう?」
否、目だけではなく今や髪も深い緑色に染まっている。
深い深い緑は風の色。
「神と言えど、人の風評は気になりますかな? リュズギャル様」
目の前の男は――彼の人は美しく嗤う。
「くはは、気になるはずもない! 所詮、人の戯言。事実、あれらよりわたしのほうが幾億倍も優しいしな」
膨らんだ胸元、丸みを帯びた体。目の前に居た男はもう居ない。
「何、彼女が今代の花なのではないかと思ってのこと。神官はその為だけに居るのですからな」
「あれが花? わたしは何も感じなかったがね」
「花の可能性は否定できますまい。青はあの方の色。毛は白くとも連なる何かでしょうぞ」
神は人の姿を偽ることはできても、猫の姿を偽ることはできない。
連れて来られた猫は毛は白かったが、目は深い深い青だった。あれは神の色。アーグアの色。
「だったら、なぜ手放す? あの娘の願いとは何だ? アーグアの魂が目覚めたことはすでにわかっているのに、何を考えている? 世界に馴染む前に見つけなければ、滅ぶのは貴様らだぞ?」
リュズギャルは顔を歪める。人とは違い、歪めても美しい。
「神さえも寄りつかぬ深淵などにはあれは眠っていないのに、信じて、祈って……。何度も言うが、あれは我々とは違う。根源から違うのだ」
「無論、存じております」
アーグアの神話と、事実は異なる。
花のためだけに世界を滅ぼしかけたアーグアは、他の神によって体と魂を分かたれた。
彼の人は花が見つかっても、世界を滅ぼすことをやめなかった。むしろ、一層怒りを強くしたのだという。
「口先などではなく行動で示して欲しいものだ。いいか、滅びたいなら、勝手に滅びろ。我らを巻き込むな、二度目も助けて貰えると思うなよ」
人に穢された花。
神の愛した花を人の輪廻に神々が加えたことにより、人々は滅びを免れた。
――花を生かすためだけに、人は生かされている。
「フィオ―レ・ブルームの願いは俗世からの解放。猫のこととて、彼女が花なら安い犠牲というものでしょうに」
高位の神官になってその真実を告げられた時、神官になったことを後悔した。
いつ世界が滅びるのかと、按じなければならないのは人の身には重すぎる。
「花ならばな」
ゆったりとリュズギャルは立ちあがる。
「プロクスも花を見つけたと言っていたが、一体誰が花なのだろうな?」
「プロクス様が?」
「ああ、やけに自信満々だったが……貴様とあれとどちらが正しいのか見ものだ、な。無論、このことは非の無いないように伝えてやろう、くふふ、ははは」
嗤い声が風となって、体を通り抜ける。
声が止むころにはもう、誰も居なかった。
『花のために』
かつて、アーグアが世界を滅ぼそうとした時口にした言葉。
今は、人が花に償うために口にする言葉。
神官長は、祈る。
彼の人らの慈悲が人間に有らんことを。
小難しい話は体力がなくなる……2話うpとかムリやった。
「Para uma flor」はポルトガル語で「花のために」だけど、翻訳サイトで翻訳したからあってるかは知らないっていうw