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第4話 白い鱗と禁忌の記録

 真実を知ることは、必ずしも救済ではない。

 時としてそれは、魂を焼き尽くす猛毒へと姿を変える。


 アスランは、正気を引き換えにしてでも「禁忌」の扉を叩く道を選んだ。

 踏み出した足元から光が消え、冷酷な深淵が口を開ける。


 ――「アーカイブ (ゼロ)」。


 地図にも、記憶にも存在してはならないその場所で、彼は王国の輝かしい歴史が「血」で書かれていたことを知る。

 白い鱗が皮膚を突き破るたびに、人間としての時間は砂時計のように零れ落ちていく。


 逃れられぬ運命を前に、王は何を捧げるのか。

 静寂が支配する王宮図書館。その最奥で、アスランは己の影を背負いながら立っていた。

 かつて父アルサロスが狂気に染まる直前に語った「アーカイブ」の伝説。それは王家の栄光を称えるための場所ではなく、直視できぬ闇を封じ込めるための棺だった。


 真実を探すため、彼は迷いにはできない。

 アーカイブ四から始まり、一に至るまでの書庫。そこまでは、守護家であるアキラ家やコルウス家が管理する、歪曲された「表の記録」に過ぎない。しかし、そのさらに下――地図からも、人の記憶からも抹消された「アーカイブ(ゼロ))」が存在する。


 秘密の鍵を使った時、隠し扉が開いた瞬間。あそこの漏れ出したのは埃と、そして腐敗した時間のような、ひどく冷たい空気だった。

 螺旋階段を下りるアスランの足音が、自らの心臓の鼓動のように重く響く。一歩下りるごとに、左手の血管が白く脈打ち、皮膚を内側から引き裂こうとする激痛が走る。


「……ぐっ……」


 彼は壁に手をつき、荒い息を吐いた。

 手袋越しでもわかるほどに硬質化した指先が、冷たい石壁を削り取る。

 最下層に辿り着いた彼の前に現れたのは、無数の黒い石碑と、血のように赤い蝋で封印された古びた羊皮紙の山だった。


 ここは、レガス王国が神から「死」を奪おうとした罪の集積所。

 アスランは震える手で、最も古い記録へと手を伸ばした。


 アスランは、血のように赤い蝋で封印された古い羊皮紙を手に取った。

 指先が震える。左手の白い鱗が、まるでこの記録に呼応するかのように激しく疼いた。


 そこには、第4代国王が愛した「双子の王子」の真実、そしてアルサロスが抱いた「狂気なる自負」が記されていた。


 書庫の奥深くに隠されていたのは、二つの対照的な薬瓶の記録だった。

 一つは、**『賢者の石』**から精製されたという、燃えるような赤色の霊薬。アルサロスは、自らと自らの直系家族こそが神に選ばれた者であると信じて疑わず、この「不死の鍵」を独占しようとした。


 しかし、彼が望んだ「永遠の命」は、皮肉にも彼自身を飲み込む破滅へと変貌した。神の座に手をかけようとした傲慢な王は、その代償として絶望的な最期を迎えたのだ。


 そしてもう一つ――。

 不気味なほどに深い紫色の液体。その解説文は経年劣化で激しく削られ、辛うじて読み取れたのは、絶望的な断片のみ。


「これは……『毒』……、……という……。……が……」


 文字はそこで途切れている。だが、アスランには理解できた。

 アルサロスは自ら「赤」を飲み干しただけではない。彼は自らの妻子さえも「選ばれし者」という甘い言葉で欺き、死の実験の**生贄(いけにえ)**としてその霊薬を与えたのだ。


 一方でアルティス家に対しては、さらなる悪意を隠し持っていた。彼はあえて「正体不明の紫」を彼らに飲ませたのだ。それは、アルティス家を永遠の支配下に置き、自らの玉座を脅かす余地さえも根絶やしにするための、冷酷な策略であった。


 さらにアスランを戦慄させたのは、その隣に置かれた古い採血瓶だった。

 そこには先代のアルティス家当主たちの紋章と、古びた日付が刻まれていた。

 アルサロスは十年の隠遁生活の間、墓を暴き、あるいは先代たちの血を密かに奪い、アルティス特有の「白蛇の因子」を抽出し続けていたのだ。


「……父上……、まさか貴方も、あの男の苗床にされていたというのか……!」


 その時、アスランの喉の奥から熱い塊がせり上がった。

 彼が口元を押さえると、指の間から溢れ出したのは、どす黒く粘り気のある漆黒の血。あの紫の「毒」が、体内で変質し、彼の命を刈り取ろうとしている証だった。


 絶望が、冷たい質量を持ってアスランを押しつぶそうとしていた。

 アルサロスが自身の家族さえも「犠牲」として捧げ、自分たちアルティス家を「家畜」のように扱っていたという事実に、アスランの理性が音を立てて崩壊していく。


「あ……ああ……あああああッ!」


 悲鳴が、アーカイブ(ゼロ)の重苦しい静寂を切り裂いた。

 次の瞬間、彼の左腕を激痛が襲う。手袋を突き破り、音を立ててせり出してきたのは、美しくも禍々しい「白い鱗」だった。


 それはティシアナを蝕んでいるものと同じ、だがより鋭く、より巨大な結晶体。

 鱗が肉を裂き、骨を削りながら成長していくたびに、アスランの視界から色が消えていく。


 床に突いた手の甲は、もはや人の皮膚の色を失い、月光を反射する硬質な甲殻へと成り果てていた。

 口から溢れる漆黒の血が、白い鱗に滴り落ち、不気味なコントラストを描き出す。


 混濁していく意識の中で、アスランの右目――まだ人の色を残した夕焼け色の瞳に、異変が起きた。

 瞳孔が縦に裂け、虹彩が異常な輝きを放ち始める。


 ――『真眼(しんがん)』の覚醒。


 だがそれは、王としての祝福ではない。

 死を拒み、異形へと堕ちていく男に刻まれた……遥か未来において**「化物の末裔」**として語り継がれることになる、呪いの刻印であった。


第4話、いかがでしたでしょうか。

 「アーカイブ0」に隠されていたのは、単なる王家の狂気ではなく、世代を超えて搾取され続けてきたアルティス家の悲劇でした。アルサロスが求めた「模造品の神域」の代償を、アスランがその身で支払わされる描写は、執筆中も胸が締め付けられる思いでした。


 家族を想い、国を想うアスランの決意。しかし、その決意こそが彼と彼の子孫を過酷な運命へと誘い、、1000年にも及ぶ血の物語が幕を開けることになります。


 次回、第5話**「王国の残照」**。


 去りゆく者、受け継ぐ者。そして1000年の時を超えて響く少女の声。

 レガス王国の歴史が、最も残酷で、最も美しい転換点を迎えます。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【補足情報:失われた記録の断片】


 ■ 二つの霊薬:『赤』と『紫』


 真実の霊薬(赤)/不死の鍵

 賢者の石の模造品である「神域への供物」。アルサロスは自らと、実験体(生贄)とした直系家族にこれを与えた。目的は、他者の命を薪とし、自らの「不変」を確立することにある。傲慢な王が求めた「偽りの神域」は、やがて凄惨な報いとして彼らを飲み込んだ。


 支配の毒(紫)/静止の鎖

 副産物の「赤」。アルティス家に強いた「偽りの不死」。その本質は生存ではなく、肉体の結晶化による「永遠の服従」である。アスランらを蝕む白い鱗は、この毒が血統因子と衝突した際の排斥反応に過ぎない。


 ■ 禁忌の書庫:『アーカイブ 0(ゼロ)


 公的な書庫(1~4)の最深部に隠匿された「真実の墓場」。歴代王の禁忌、人道外れた実験、レガス王国の原罪が埋却されている。純血の保有者のみが到達可能という皮肉な鍵が、アスランを逃れられぬ絶望の檻へ誘い込んだ。

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