1話
「ごめんなさい、いきなり呼び止めてしまって」
夜も更け始め、子供連れの家族が減り始めた頃。俺と少女は今、客足が減ったファミレスでテーブルを挟んで座っていた。
「どうしても、お礼を言いたくて」
同じ日本、同じ県とはいえ、まさか彼女と再会するとは。
これは彼女も同じだったようで、再会した奇跡を離さないよう、ほぼ強制的にファミレスにまで連れてこられた。
「そんなに気にしなくても、自分の仕事しただけだから」
結果的に助けはしたが、元が元だけにあまり誇れない。
下垣に唆されたとは言え、もっと良い方法だってあったと今なら思う。
とは言っても、俺みたいなのが何を言った所で、戯言と切り捨てられるのがオチかもしれないが。
「だとしても、貴方は命の恩人です」
どんな過程だろうとも、少女の命を救ったのはオワリで、この結果は何を言おうと変わらない。
打算があろうとなかろうと、行った善は確かに善なのだ。
「そういば、まだ自己紹介してませんでしたね。私は小日向ソラ、高校二年生です」
「常世オワリ、年齢は、多分同じくらいかな」
「多分?」
「あー、まあ、その、実は色々と事情があって……」
まずい。挨拶の流れで少し口が滑った。
どうしようかと悩みながら少女ことソラを見ると、興味津々といった顔でこちらを見ている。ここからやっぱ何もありませんは、通用しそうにない。
「実は……」
嘘のコツは、少しだけ本当の事を混ぜる事だ。俺は外枠を嘘で固めつつ、ある程度の真実を語った。
数年前にダークマターの被害にあって記憶を失った。今ある名前も後からつけたものであり、自分が誰でどこに住んでいたのかも分からない、と。
流石に本当の事を言うわけにはいかやいので、嘘で彩り、ある程度の脚色をしておく。個人情報なんて存在しないので、調べようがないから嘘がバレることもない。
「ごめんなさい、嫌な事を聞いてしまって」
「別にそんな、気にしなくて大丈夫だから」
「でも……」
「本当に大丈夫だって。記憶失くしたとか気にした事もないし」
人は失ったと実感するから悲しむのだ。例え何かを失くしても、失くしたと気が付かなければ悲しむ事もない。
実際、俺は記憶がないが、何を失くしたか分からない為実感が湧いていない。
「だからそんなに畏まらなくていいよ。同じ年齢だし。名前も好きに呼んで」
「……うん、オワリ君がそう言うなら。私の名前も好きに呼んで良いから」
「分かったよ、小日向」
「名前でもいいのに」
「呼びやすいから小日向で」
「もしかして照れてる?」
「照れてない」
恐らく同じ年の女の子に畏まられるよりは、こうやってお互いフランクに話せるほうが楽で良い。
「そう言えば、こんな時間に呼び止めちゃったけど大丈夫?何か予定とかあったんじゃ」
「あー、それなんだけどさ、ちょっと聞きたい事があって」
「何?」
「この辺りで寝泊まりできそうな所知らない?出来るだけ安いと助かるんだけど」
流石に今日一日で色々とあり過ぎた。疲労も含めて、沢山の事が積み重なって足が重い。
ホテルでもネカフェでもなんでも良い。今日だけでもちゃんとした寝床で休息を取りたかった。
「寝泊まりって、何かあったの?」
「あー、実は住んでた所がちょっと前に怪人に壊されちゃって」
理由の部分は適当に誤魔化すが、寝床がないのは事実。困っているのも同じく事実だ。
「……分かった。私に任せて」
ソラは少しだけ考えた素振りを見せると、スマホを取り出し通話を始めた。
通話を始めて数分がたつと、ソラは会話を終え笑顔を見せる。
「見つかったよオワリ君!」
「本当か!?」
「うん、早速行こうか。案内するよ」
二人分のドリンクバー代を払い、俺達はファミレスを後にした。
ようやく休めるとワクワクしながらソラと歩いていると、目的地は思っていた以上に近く、また予想もつかない場所でもあった。
「ついたよ」
「ついたって、ここか?」
連れられて来た場所には、ネカフェもなければホテルもない。民泊のような場所もなく、俺とソラの目の前にあるのは五階建てのマンション。
「ほら、突っ立ってないでこっち来て。置いていくよ?」
「お、おう」
ソラの後を追ってマンションの中に入る。
「あ、ちょっと待ってて」
受付の前に着くと、ソラは俺を残して受付に座っている男の人に話しかける。一言二言会話をして、受付から何かを受け取ると戻ってきた。
「じゃあ行こっか」
何が何だかさっぱりだが、どうせ行くあてない。なら、ここは彼女を信じてみよう。
ソラに連れられ、マンションの五階にある部屋の前まで来た。
受付にもらった鍵を使って部屋の中に入るソラ。後を追うように、俺も中に入る。中は1LDKで、ベッドやエアコン、冷蔵庫と最低限の生活用品が揃っている。
「はいこれ。この部屋好きに使って。一応最低限の家具も揃ってる筈だから」
渡されたのはここの鍵。
「いや、使って良いって、ここをか?」
「うん」
ネカフェやホテルを紹介してくれればと思っていた所、急にマンション、しかもかなり新しくて広い部屋を渡された。
急展開過ぎて動揺を隠せない。
「そんな事言われても、こんなに良い部屋借りるだけの資金なんてないけど……」
「お金は大丈夫。この部屋ずっと余ってるだけだったから、使ってくれるだけでありがたいくらい」
「はぁ……?」
ソラ曰く、このマンションは彼女が所属している団体が建てた寮らしい。けれど、ソラを含めた数人以外は自由人ばかりで、自分達で拠点を決めているらしく、このマンションは建てたはいいものの、今はほとんどが空き部屋だという。
「お金の事は本当に気にしないで。どうせ誰も使う予定のない部屋だったから、むしろ使ってもらえるだけラッキーって感じ」
とても魅力的な提案だ。ソラの言う通りなら、家賃すら払わずこの部屋を貸してくれるらしい。今の自分にとってはネカフェの一室ですら豪邸だ。
こんな提案、すぐにでも首を振ってしまいたい。
「流石に、ここまでしてもらうわけには……」
「私、命を救ってもらったんだもん。これくらいさせてよ」
ソラは迷っている俺の手を取り、そっと鍵を握らせる。
「……良いのか。後で返せって言われても返さないぞ」
「もちろん。好きなだけいてよ」
俺が鍵を受け取ると、ソラはとても嬉しそうに笑った。まるで桜のように可憐で、見る人の心を温めるお日様のような笑顔だ。
「私隣の部屋だから、何かあったらいつでも呼んでね」
「本当にありがとう。正直かなり助かった」
「お互い様だよ。じゃあおやすみ、オワリ君」
ソラが部屋を出ていき、残されたのは俺一人。
「……」
持っていた荷物を床に置き、備え付けられていたベッドに横になる。
オンボロアパートで使っていた煎餅みたいにぺったんこな布団とはまるで違う。優しく体を包み込むようだ。
「……広いな」
今日までオンボロで狭い部屋を二人で使っていた。あの部屋に比べればまさしく雲泥の差。比べるまでもなく、素晴らしい住居だ。
「結局あんたの言ってた通りになったな」
形は違うが、下垣が言った謝礼が本当にもらえるとは。
夢のような出来事。だが、夢であってほしくもあった。
今は嬉しさよりも、寂しさが勝つ。
落ち着いた事により、俺は一人っきりになった事実をようやく実感する。
「おっさん、俺、頑張ってみるわ」
下垣は悪人で、どうしようもなく屑な大人だったけれど、俺にとってはヒーローだ。
血のつながりのない赤の他人だった筈なのに、二年もの間面倒を見てくれた。
だから、今日だけは涙を流す事を許してほしい。
明日から笑って過ごすために。
右手で目元を押さえ、静かに目を閉じる。
溢れる涙には、悲しみが溶けていた。




