6話
二日連続の怪人騒動。失礼、怪人もどき騒動。二度ある事は三度あるというが、同じ怪人もどきと三度会うなんて事は流石になかった。
例のホテル騒動から一週間。俺は下垣に紹介された普通のバイトをいくつかこなして過ごした。
ホテルと違ってごく普通の労働、残りの時間を家で過ごす。まさに日常だ。
激動の二日と違い、ごく普通の一週間。今日も今日とて余っている時間をゆったりとテレビを見ながら過ごしてると、あるニュースが流れてきた。
『先週都内のホテルで起きた爆破テロ事件ですが、犯人達は未だ黙秘を続けているようです。見つかった証拠が非常に少なく、事件の究明にはいたっていません』
この前居合わせたホテルの一件。当たり前だが、やはり大きな事件として取り沙汰されている。
「なあ、もしかして俺ちょっとやばい?」
「あぁ?何がだ」
「普通に正面からバトっちゃったし、俺のこと色々バレるかもって」
あの時はテンションやらなんやらで色々派手に行き過ぎた。犯人達とも正面からやりあってしまった。しかもバイト先の制服を着て。
「大丈夫だろ。怪人もどきが俺はヒーローじゃなくてそこらの警備員に負けました、なんて言った所で信じられると思うか?」
「それは、まあそうだな」
ヒーローには勝てたけど後から来たよく分からない警備員に負けました。なんて言い分が信じられるとは思えない。
「そもそも、仮にも結社の一員だった俺達が簡単に口を割るかっての」
「見上げた忠誠心だことで」
「当たり前だ。俺達は結社に選ばれたんだからな」
これだ。これが彼らの持つ結社への忠誠心の源。
悪の結社ダークマターは究極の選民思考。選ばれた者のみで世界を統治しようとした。構成員は結社直々に選ばれた者のみで構成され、メンバーは全員肉体改造による恩恵を受けている。
選ばれた側という強い自負から来る忠誠心は、敵対するヒーロー達にとって非常に厄介だっただろう。
俺みたいにどこからか誘拐されて無理矢理
改造された人もいるみたいだが。
どれだけ強引な手段を取ろうと、記憶がなければ恨む事も憎む事もできない。今の俺のように。
「ちなみにお前のことは普通にゲロるからそのつもりで」
「はぁ?」
「当たり前だろ。俺よりお前の方が強いんだから」
「忠誠心はどうした忠誠心は」
「結社に忠誠を誓ってるだけで、お前に忠誠は誓ってないし」
「……たく、やっぱ悪党だよあんた」
「そりゃあ、結社の戦闘員だからな」
少しだけ見直したのに、損した気分だ。
「それならなんで、俺の世話やいてくれてんだ。厄介者だろ」
悪党であるなら、俺の事など放っておけば良かったのに。実際には約二年間も世話を焼いてくれた。
記憶もない、戸籍も身分も何もかもない俺に、住む家や仕事まで提供してくれる。悪党と呼ぶには世話になりすぎた。
「さてな、同じ結社の人間としての同情や使命感かもしれないし、ただの気まぐれかもしれない。あるいは、お前の事を攫ったのが実は俺で、罪滅ぼしをしてたり」
「あんまり面白くないぞ」
「そうかい、つまんない冗談で悪かったな」
あるいは、本当に冗談ではないのかも。
当時の結社は多くの人を攫ったらしい。下垣も片棒を担いでいてもおかしくない。もしかしたら、攫ったうちの一人が俺だった可能性はある。
だとしても、記憶のない俺が確かめる術もなければ、湧き上がる怒りもない。何せ覚えていないのだから。
本当に、悪い冗談だ。
「っと、ちょい出かけて来るわ」
「どうした急に」
「この前言ったろ。俺の方でも探り入れとくって」
確か先週の事件について元結社のコミュニティで探ると言っていた。
「急ぎで話したい事があるらしくてな、行って来るわ」
「それ本当に大丈夫か?最近ちょいきな臭いぞ」
先週の一件もそうだが、何かおかしな空気が漂っている。
いくら怪人ゲノムが多く取引されていると言っても、二日連続で同じ怪人が三人現れるなど何か裏があるようにしか思えない。
「大丈夫、もしもの時にはコレがある」
下垣が見せたのは、スマホぐらいの大きさをした黒い機械端末。確か戦闘員用のバトルスーツを展開する為のデバイスだ。
「こいつを使えば、拳一つでコンクリを砕ける。ヒーローだろうと逃げる事くらいはできらぁ」
結社かれ直々に配られたデバイスは、下垣にとって一番の宝物。戦闘員としての誇りと言っても過言ではない。
だが、今の異能溢れる世界で、何処まで信用出来るかは未知数。
「本当に大丈夫か?」
「心配しすぎだっつうの。夕方には帰ってくるから、夜はまたラーメン行くぞ」
下垣は最低限の準備をして部屋を出る。
「あ、そうだ」
こっちに不安を残しながら出て行った下垣は、言い忘れがあったのか、玄関前に戻ってきた。
「この後のバイト、俺の代わりによろしく」
「…………は?」
気がつけば下垣の姿はない。スマホには位置情報と時間がメッセージで届いている。
最後の最後で仕事を押し付けられた。
やはり、下垣は最低最悪の悪党だ。
しょうがなく、俺は緩やかな休みを返上し、下垣に押し付けられたバイト先に向かった。
「お前が下垣の代打か!よろしくな!!」
なんてスムーズな交代だろう。涙が出る。
下垣に押し付けられたバイトは工事現場。大規模な戦闘で破壊された住宅街の復興工事だとか。
任されたのはとにかく大量の資材の運搬。運ぶべき資材は山のようにあるが、単純な肉体労働ならむしろありがたい。
文字通り人間離れした肉体は、この程度の負荷など合ってないようなモノ。疲れ知らずで働き続けられる。
一時間、二時間、三時間、一向に減る気配のない資材を黙々と運び続ける。
真上に輝いていた筈の太陽は、気がつけば深く沈み、青かった空は夕焼けに染まり始めた。
「おう、お前ら!!そろそろ上がっていいぞ」
親方の号令がかかり、ようやく仕事が終わった。
「今日は助かったよ。最近は何処も人手が足りなくてな」
最近の異能犯罪の増加により、被害規模は増加を辿っている。結果、この手の建築業は何処も人手が足りていないらしい。
通りで仕事は山のようにあるのに、人手は少なかったわけだ。結果、大量の仕事が俺に降りかかった。
「下垣によろしく言っといてくれや」
「うっす」
体力には自信があるが、流石にここまで長時間の肉体労働は疲れが溜る。
家に帰って一汗流したい気分だ。
「そういや、今日はラーメンって言ってたな」
汗で流した塩分をラーメンで補給する。うん、考えるだけで素晴らしい。
今日は餃子にチャーハンもつけよう。もちろん下垣の奢りで。バイトを押し付けてきたのだから、対価は頂かなければ。
「ただいま〜」
夕飯に思いを馳せれば、帰り道はあっという間。ギシギシと音を立てる錆びた階段を上がり、古く狭い我が家に帰還。
「あれ、まだ帰ってないのか」
部屋は真っ暗。まだ下垣は帰ってない。夕方には帰ってくると言っていた筈だが、もうすぐ日は完全に沈んでしまう。
ピコン!
先に風呂に入るか悩んでいると、スマホから通知音が響く。
何かなとスマホを見ると、ちょうど下垣からメッセージが届いた。内容は、
『にげろ』
ごく短い文章。端的で、異常事態を知らせて来る。
「っ!?」
下垣の身に何かがあった。思考が別の何かを出力するよりも早く、体が動き飛び出すように家を出る。
「因子解放……!機械怪人アンドロボッド!!」
解放した異能を使い、意識の一部を電気に乗せてネットの世界に送り込む。
メッセージを辿り、送られてきた位置情報をつかむと、全速力で走り出す。
目指すは、ただ一つ。下垣がいる場所。




