4話
「警備の方、どうかお願いしたい。彼女を助けてやっては来れないだろうか」
決断を迫られる中、五人の内もっとも年配の男性が前に出る。
「危険な事を頼んでいるのは百も承知。だが、どうか、どうかあの子を助けてはくれないでしょうか」
「いや、でも……」
件の少女を助けに行くということは、彼等から離れなければならない。
ここはどこに敵が潜んでいるかも分からず、いつ崩壊が起きてもおかしくない危険地帯。彼等だけで行動させるにはリスクが高すぎる。
「儂等ならば大丈夫、こう見えて中々の修羅場を潜っておりますゆえ」
「だからどうか、お願いします!!先輩を助けてください!!」
彼等だけで行動させるには不安でいっぱいだが、ここで問答をしていたら全てが手遅れになりかねない。
「……わかりました、くれぐれも気をつけてください」
非常階段に向かう彼らと別れ、連れ去られたというもう一人を追う。
広すぎるフロアを闇雲に走ってもしょうがない。さっきと同じように音を拾い、燃え盛る炎と砕け落ちる瓦礫の中から、僅かに人の声を拾い上げた。
声の主が少女か、はたまた戦闘員かはわからない。だが、どちらにせよ目的には近寄れる筈。
走って向かった先は、パーティ会場のメインホール。ゆっくりドアを開けて中を確認すると、前さから会場の中心に、手足を縛られた少女と銃を携えた戦闘員であろう男が見える。
「こんな事して、貴方達何が目的なの!」
男は少女を無視して、地面に置いてある鞄を漁り始めた。
「なんとか言いなさいよ!!」
「うるせえなぁ、俺だってこんな事する筈じゃなかったんだよ……」
ぼやきながら男が鞄から取り出したのは、紅い液体で満たされた機械仕掛けの注射器。
「怪人ゲノム……!!なんで貴方達が……!!」
「はっ!こんなもん触りたくもない。だがまあ、どんな形だろうと、あんたに復讐できるのは悪くねえ」
「私を、殺すつもり……?」
「とっておきの方法でな」
男は注射器を自分に、ではなく少女に向ける。
「まさか、私に……?」
「燃えるホテル、火災の中心に倒れる怪人、正体はアンタ。随分とクソッタレな末路だろ?まさか自分の最後がこんな姿で終わるなんて」
「こんな事で騙されるとでも!?」
「分かってる筈だ。俺達が残した傷跡はあまりにでかい。怪人とは恐怖と憎しみの象徴であり、力の化身!!例え信じられなくても、僅かな疑念だけで世間は疑わずにはいられないのさ」
ダークマターが、怪人が残した傷跡はあまりに深い。未だ人々の心には恐怖と憎しみが渦巻いている。
当たり前だ。だって結社は世界征服目前まで迫っていたのだから。世界を壊した悪の力、結社の象徴たる怪人は、人々の深い深いトラウマとなって心に大きな傷跡を残したまま。
怪人は忌み嫌われた存在として魂に刻まれている。
だが、同時に世界を落としかけた力が安易に手に入るのが今。
恐れたが故に、力の大きさを知るからこそ、人は手を伸ばしてしまう。あの巨大な力が自分にも使えるのだと。
「死んだらたっぷり利用してやるから、精々あの世で後悔してくれや」
ゆっくりと、針が少女に迫る。
鋭い針は少女の柔肌を簡単に貫き、紅い液体は少女の体を怪物に変えてしまう。
「因子解放、怪力怪人マッスラー…!!」
強化された右腕で、素早く、正確にナイフを投げる。
雲を千切るように、立ち込める煙を切り裂いて、投げられたナイフは流星の如く男の腕に突き刺さる。
「っ!?!?」
焼けるような激痛と刺さった衝撃で、男は持っていた注射器を後ろに放り投げてしまった。
「誰だ!!」
想定外の乱入者に対し、ナイフの刺さっていない方の腕で銃を構えるが、男が狙いを定める前に俺は会場に転がっていた椅子を顔面に向けて投げつけている。
飛来する椅子が男の視界を塞ぐ。
「ちっ!!」
椅子を避ける為に大きく体勢を崩した所を、下から滑り込むようにして拳を放つ。
勢いを乗せた拳は男の腹部にめり込み、数メートル後ろに突き飛ばした。
「大丈夫ですか」
「う、うん」
急いで少女の元に駆け寄る。見る限り外傷は見当たらないが、顔色がひどく悪い。煙を吸い込みすぎたのだろう。早くこの場を離れなければ。
「ま、待て……!」
後ろで、突き飛ばされた男がよろめきながら立ち上がる。
突き飛ばされた時に銃は手を離れ、片腕はナイフが深く突き刺さり使用不可。もはや戦闘は不可能だと思われたが、彼の手には床に転がっていた注射器が握られている。
「連れて行かれてたまるか……!俺達には後がねえんだよおぉぉぉーー!!!!」
握られた注射器を、太ももに突き刺して中身を押し込む。注入された怪人ゲノムが細胞を蹂躙し、人の根本から形を作り変える。
燃えるように赤い肌。機械のような鎧に、砲台のような右腕。あまりに異形と呼ぶべき力の化身。
かつて世界を混沌に陥れた悪の化身。劣化した偽物だとしても、少女は覚えている。この怪人の名を。
「怪人ヘルフレイム……!」
炎を司る怪人が、再び現れる。
「私の事はいいから!!早く逃げて!!」
「それは出来ない。頼まれたんでね」
ここに来るまでに頼まれてしまった。
自分よりも他人を大切にする思いは、何も持たない俺からすれば、とても綺麗なモノに見えた。だから、彼女を見捨てるわけにはいかない。
「助けるよ、絶対に」
「舐めるなよ怪人を!!!!」
怪人は砲台となった右腕を俺に向ける。
少女が見ている前で怪人としての能力を見せびらかす訳にはいかない。だがまあ、ハンデとしてはちょうどいい。
「死ね!!」
放たれる炎。怪人としても少女を利用しなければならない為、狙われるのは俺一人。ならやりようはいくらでもある。
怪力怪人マッスラーの因子による肉体強化は未だ継続中。怪人の炎に反応することは造作もない。
回避と同時に怪人との距離を詰め、腰に携えている会社から支給された警棒を抜くと同時に勢いよく叩きつける。
「かってえなぁ!!」
「効くかよそんなもの!!」
叩きつけた警棒から伝わるのは肉体の堅牢さ。俺の攻撃などまるで意に返さず、炎を纏った拳を振り下ろしてくる。
大ぶりの攻撃など当たるつもりはないが、怪人の一撃は思っていた数倍鋭い。大きく一歩後ろに下がる事で何とか回避に成功した。
肉体の硬さも、振るう拳のキレも、肌を焼くような熱も、紅蓮に燃える火炎も、昨日戦った怪人とは別物。
なるほど、怪人ゲノムは使う人間によって性能が変化するのか。結社によって改造された肉体は、本来の性能に限りなく近い。
「死ね死ね死ね!!」
右腕から放たれる炎の三連撃。怒りに支配された攻撃の狙いは乱雑で、避ける事は容易い。
怪人ゲノムがもたらす力が、マグマのように溢れ出る怒りによって振り回されている。乱雑で精細さに欠けるが、このままではこのフロアごと大惨事になってしまう。
「っ!!」
「ついに諦めたかぁ!?」
避けるのではなく、距離を詰めるために、怪人に向かって一直線に走り出す。
連続で放たれる炎を、全て紙一重のギリギリでかわし、警棒を怪人に突きたてる。
「効かねえって言ったんだろうが!!」
振り下ろされる拳。怪人の一撃が俺の頭を潰すよりも先に、少女に見えないよう身体に眠る因子を叩き起こす。
「因子解放…!!電気怪人デンキング……!!」
元々配布された警棒には暴徒鎮圧用にスタンガンのような機能が備わっている。あくまで人用で、怪人に通用するモノではないが、なら、強化すれば良い。
警棒の電撃に合わせ、異能による電撃を上乗せする。バチン!!という音と共に、莫大な電撃が怪人の身体を駆け巡る。
「カッ……!?」
電撃によってできた大きな隙。怪人の体は痺れて動かない。
今の攻撃で壊れ砕けた警棒を放り捨て、握りしめた右手で怪人を殴り倒す。
「手間、かけさせやがって……!」
とりあえず一撃は叩き込めたが、あくまで電撃によって一時的に動きを封じただけにすぎない。すぐにでも起き上がってくる。
僅かな隙にだが、彼女を連れて逃げるには十分。
さっさと逃げようと彼女の側に駆け寄る。
バン!!!!
壁が砕かれ、炎が舞う。
「きゃっ!!!!」
炎の中から転がる用に出てきたのは、焼けこげたピンク色の服を纏う少女。
何の因果か。怪人に引き続き、魔法少女まで再会を果たすとは。
「ハートちゃん!!」
「せん、ぱい……!」
ハートと呼ばれた魔法少女はボロボロだ。立ち上がるのが困難なほどにダメージを受けている。
「チッ、どうなってんだオイ」
「おいおいマジかよ……」
破壊された壁から現れる、二体目の怪人。
状況は、どうやら最悪に転がってしまった。
「せんぱい、ステッキは」
「ケホッケホッ、ごめん、今は持ってないの……!!」
先輩と呼ばれた少女の言葉を聞き、魔法少女は覚悟を決めた表情で立ち上がる。
「ここは、私が引き受けます。先輩を連れて逃げてください」
「ダメだ!あんたも一緒に」
「無理ですよ。私まで逃げたら、誰がアイツ等を相手するんですか」
電撃から回復し、二人の怪人が立つ。
「っ、こうなったら」
こうなれば、異能を全開にするしかないかと考えると、後ろでバタンと音が聞こえた。
振り返ると、少女が気を失っている。煙を吸いすぎたのだ。すぐにでも運び出さなければ命が危ない。
「早く行ってください!!」
二人の怪人が放つ炎を、少女はピンク色の障壁で受け止める。ヒビが割れ、不恰好で歪。でも、少女の意地が炎を決して後ろに通さない。
「お願い!!早く……!!」
戦闘員が変身した怪人が二人。今ここで本気を出せば、いや、この建物が持たない。なにより、少女達を巻き込んでしまう。加減をすれば時間がかかり、少女の命が持たない。
俺には、怪人には壊す方法は思い浮かんでも、全員を助ける方法は思い浮かばない……!
「大丈夫、大丈夫です、だって私、ヒーローですから」
「っ……!!」
ああ、なんて力強い言葉。ボロボロで、今にも倒れそうなのに、きっと俺よりも弱いはずなのに、巨大な敵を前にする彼女の背中は、放つ言葉は信じてしまうだけの力がある。
俺は、倒れた少女を抱き抱えて走り出す。
間違っているかもしれない。けれど、彼女の覚悟を無駄にする事はしたくなかった。
少女の命を救う為に、俺は走る。階段を飛び降りるように、身体能力に物を合わせて一息で走破する。
建物を出ると、外には消防車やら救急車やらが所狭しと集まってきていた。
「すいません!!彼女を!!」
「……!!こちらに!!」
俺と抱えられた少女を認識した救急隊の一人が、急いでこちらに駆け寄って来る。
すぐに少女を救急隊に預けようすると、少女の手が俺の袖を掴んでいるのが分かった。
手は直ぐに離れ、少女は救急車に乗せられる。俺は、少女を見送った後、握られた袖を見る。
「おい!!どこに行くんだ君!!」
無意識の内に、足は燃え盛る建物に向いていた。
「もうすぐヒーローが到着する!!無理をするんじゃない!!」
きっと、これから到着するヒーローが全てを解決するんだろう。俺はヒーローなんかじゃない。ただの雇われただけのバイト。仕事は十分にこなした。これ以上はお金にもならない無駄働。
『だって私、ヒーローですから』
けれど、俺の足は止まらず建物に向かう。
頭に浮かぶ言葉が消えない。
「おい!!何をするつもりだ!!」
「ヒーローを助けに」
だって、彼女をかっこいいと思ってしまったのだ。




