第22話
アヤが店を出た後、俺とミカも店を出る。
ミカの足取りは酷く重い。恐らく、アヤの言葉が延々と頭の中を巡り続けているのだろう。
フラフラと歩くミカの後ろを歩いていると、見覚えのある場所にたどり着いた。
「ミカ」
「……ん」
「結構歩いただろ。少し休憩しよう」
「……でも、さっき」
「良いから」
ミカの手を取り寄った先は、かつてミカを介抱した公園。
まだ一週間ほどしか経っていないのに、酷く懐かしい気分だ。
前みたいにミカをベンチに座らせると、ミカは鬼神楽をギュっと抱きしめて顔を俯かせる。
「……本当は、分かってるんだ」
「ミカ?」
顔を俯かせたまま、ミカはポツポツと湧き出るものを漏らすように言葉を吐き出す。
「今こうなってるのは、全部オレが悪いんだ。オレじゃ、お母様みたいにはなれないって、本当はずっと分かってたのに、ずっと見えない様に心の中で蓋をしてた」
「ミカ……」
「分かってる。アイツの提案を受けるべきなんだ。それが、正しいってのは分かってるんだ。オレじゃ何もできない。もう、全部手放すしかないって、分かってるんだ……」
ミカはここまで頑張ってきた。どうにか組織を運営しようと、母親の残したものを守ろうと頑張ったんだ。けれど、現実は簡単じゃない。いくら頑張ったって、冷たく冷徹に牙を剥く。
「でも、でも、オレには、これしかないんだ。これしかないんだよ……」
顔を上げたミカは泣いていた。堪えきれない涙が頬を伝い、声は震えて嗚咽が混じる。
彼女の心はとっくに折れていた。けれど、強くあらねばと折れた心を無理やり継ぎ接ぎ、見栄を張っていたにすぎない。どれだけ強がろうと、彼女はまだか弱い少女なのだ。
「お母さまが死んじゃって、緋祭組が壊れそうになちゃって、オレがどうにかしなきゃって。大好きだったから、憧れてたから、お母さまの残したモノを、失いたくなかった……!!」
きっと、誰にも言えなかったんだ。組織に立つリーダーとして、緋祭カグラの娘として、誰にも弱みを見せられなかった。誰も彼女をただのミカとして見れる人がおらず、誰もが彼女をカグラの娘としか見れていなかった。
結果、今彼女は関が外れたように押しとどめていたモノを吐き出している。
「壊しちゃった、オレが、全部壊しちゃった」
ミカが上に立たなければ、どのみち緋祭組は崩壊していた。きっと右龍も、緋祭組関係なくシャドーと手を組んでいただろう。
ミカが出来たのは、少しだけ崩壊を先延ばしにしただけ。絶望的な無力感が、ミカを飲み込む。
「ねえオワリ、オレはどうしたらいいの?」
「ミカ……」
まるで縋るように、ミカが俺に泣きながら問う。
「全部、全部なくなっちゃう。オレが守りたかった物、お母さまが残してくれたものが全部、消えちゃう……」
泣きながら大事な物を抱え込むミカの姿は、か弱い少女そのもの。
涙を零しながら、より強く刀を抱きしめる。
「……先生が言ったみたいに駆け落ちしたら、これだけは守れるのかな……?」
弱ったミカが思い出したのは、今朝のやりとり。
医者の先生が言った冗談が、砕けたミカの心の底に入り込む。
今ここで全てを捨ててどこか遠くに逃げ出せば、鬼神楽だけは守れるのではと。
「ねえ、オワリ。オレと一緒に、逃げてくれる……?」
ゆっくりと、ミカが俺に向かって手を差し出す。
泣きながら無理やり笑みを作るミカ。今にも壊れそうな彼女の手を、俺は優しく握る。
俺が手を握ると、ミカは自分に引き寄せるようにゆっくりと手を引く。
まるで、底なし沼に沈むような感覚だ。
このまま身を任せれば、きっと俺はミカと共にどこまでも沈んでいく。
俺の能力があれば、捕まることなくいつまでも逃げられる。ここではないどこか遠く。たった2人でどこまでも。
「……あぁ、ミカがソレを望むなら、どこまでだって一緒に逃げてやる」
ミカに最後まで付き合うと決めたのは俺だ。ミカが本当に望むのなら、世界の果てだろうと一緒に逃げよう。
彼女が本当に望むのなら。
俺は引かれる手に力を入れ、ミカの手を思いっきり引っ張る。
座っていたミカを力一杯引っ張ることで立ち上がらせ、もう片方の手で背中を支える事で不安定な姿勢を補強する。
俺の目と鼻の先には、ミカの驚いた顔。
「本当に、それがミカのやりたいことなのか」
「オレ、は……」
「お前は、どうしたい」
分かっている。酷な質問だ。
今のはミカの精一杯のSOS。だけど、今ここで逃げれば、ミカはこれから先ずっと前を向けない。二度と心の底から笑えず、後ろ向きに逃げ続ける人生を送ってしまう。
そんな事、認められるわけがない。
例えミカがどれだけ暗い世界に居ようとも、俺はいつだって手を差し伸べる。
あの日、誰にも見つけられずに朽ちるしかなかった俺に手を差し伸べてくれた下垣がいたように。
今度は俺がミカに手を差し伸べる番だ。
「お前の心はなんて叫んでる」
「オレは……」
ミカの目じりに涙が溜まる。
「オレは、諦めたくない……!!」
ミカは溢れる涙と共に、心の奥底に隠していた本音をぶちまける。
「例え結果が変わらなくても、無駄になるとしても、諦めたくないよ……!!最後まで足掻きたい!!だって、だって!!オレの大切な物だから……!!」
どれだけ強く願っても、緋祭組の解散は避けられない。けれど、例え結果が変わらなくても、諦める理由にはならない。
歩く道が変われば景色も変わる。例え同じような結果になるとしても、足掻いた果てに見える景色は、全てを諦めて捨ててしまったものとは別物になるはずだ。
「例え終わってしまうとしても、オレが起こした問題なら、オレが片付けたい……!!せめて、最後だけでも、二代目としての責務を果たしたい」
「ああ、やりたい様にやればいい。俺が最後まで手伝ってやるから」
俺にできる事は多くない。でも、ミカを支えてやる事はできる。
「うん、うん……!!」
ミカは俺の胸に顔を埋め、胸に積み重なった全てを涙と共に吐き出す。
俺はただ、彼女が泣き止むまで静かに受け止める。これで少しでもミカが前を向けるのなら、俺がいた意味もあるのかもしれない。
この壊す事しか出来ない両手でも、1人の涙を拭ってやるぐらいは出来た。
「そうだ。絶対に見捨ててやるものか」
今だけは、ミカだけのヒーローになろう。
例え他のヒーローが見捨てても、公安と敵対しようとも、世間が騒ぎ立てようと。
俺は決して彼女を見捨てない。
だって俺は、ミカが心の底から笑う所を一度だって見た事がない。俺が知ってる彼女はいつも気を張って、体がボロボロに傷つけながら泣いている姿だけ。
ミカが心の底から笑う姿を見るまで関わり続けてやると固く誓う。
ヒーローは、目の前で泣いている人を決して見過ごさない筈だから。




