第21話
公安を名乗るアヤという女性。怪人を倒した所を見るに、少なくともヒーロー側の存在なのだと分かる。
しかし、怪人を倒したからと言って、俺達の味方とは限らない。
「公安が、オレに何の用だ……」
状況を測りかねていると、先ほどまで力無く倒れていたミカがゆっくりと俺の手から離れ、立ち上がった。
「ミカ、もう大丈夫なのか?」
「ああ、これ以上、お前に迷惑はかけられないからな……」
立ち上がって見せたミカだが、彼女の足はふらつき、ただ立っているのもやっとの様子だ。
心配の声をかけるも、返ってくるのは逆に俺を心配する声。
俺が公安に目をつけられないよう、無理矢理立ち上がったのだろう。
「……立ち話もなんですから、場所を変えましょうか」
明らかにフラフラなミカを見て、アヤも少しは心配したのだろう。場所を移そうと提案してきた。
俺達はアヤの提案を受け入れ、彼女について行き、この近くの喫茶店に入る。
ボックス席に座ると、アヤは早速メニューを手に取り目を通す。
「せっかくなら何か頼みましょうか。お二人ともお疲れでしょうし、何か甘い物でも」
「御託は良い、要件はなんだ」
呑気にデザートのページを眺めるアヤに、ミカはさっさと要件を言えと迫る。
提案を断られたアヤは、やれやれと首を横に振った後、テーブルに備え付けられたボタンを押して店員を呼んだ。
「アイスコーヒーを1つと、オレンジジュースを2つ」
「おい、勝手に……!!」
「安心してください、もちろん私の奢りです。あ、注文は以上で」
ミカの様子に戸惑っていた店員は、アヤの注文を聞き取るとさっさと厨房に下がっていった。
少しして、俺とミカの前にオレンジジュースが、アヤの前にはアイスコーヒーのグラスが置かれた。
「そろそろ要件を話せ。俺には時間がないんだ」
置かれたコーヒーに手をつけ、ゆっくりと口に含み満足そうに味わうアヤに、ミカは左手の人差し指でコツコツとテーブルを叩きながら話を急かす。
「では、本題に入りましょうか」
アヤはコーヒーを机に置くと、横に置いていた黒の鞄から何かを取り出し、俺達の前に見える様に置いた。
「こちらに見覚えはありますか?」
「これは……!!」
俺達の目の前に置かれたのは、拳銃のような形をした注射器。備え付けられたシリンダーには、青い液体がたっぷりと入っている。
「怪人ゲノム……!!」
ミカの顔つきが変わる。
中に入っている液体の色は違うものの、コレの正体をミカは知っているからだ。
使用者に代償と力を与える怪人ゲノム。まさにミカが追っていた物。
「でも、色が違うような」
これは間違いなく怪人ゲノムなのだろうが、今まで見てきた物と明らかに色が違う。
俺の指摘を受け、アヤが答える。
「これはブルーブラッドと呼ばれています。どうやら、怪人ゲノムを特殊な薬品を混ぜて希釈したものらしく、怪人ゲノムのさらに量産品と思っていただければ良いかと」
怪人ゲノム自体が怪人を量産するための兵器だ。その怪人ゲノムをさらに安価に量産したのが、このブルーブラッドらしい。
「効果は通常よりもさらに小さく、副作用は通常よりも大きい。そんな厄介な品が最近この辺りでで周り始めました」
「まさか……」
「えぇ、これを売り捌いているのが緋祭組、より正確に言うのならば、緋祭組の一部なのだと私達は推測しています」
アヤの言葉を聞いて、ミカは体を縮こませて下を向く。誰にも表情を見せず、ただ無力感を噛み締める様に唇を噛む。
「緋祭ミカさん、私達と取引しませんか?」
「取、引……?」
「我々公安が貴方の抱える問題を全て解決しましょう。主犯格及び関係者の逮捕、怪人ゲノムの販売ルートの根絶。この全てを極秘に処理します。もちろん一切の情報を表には出しません」
今のミカにとっては蜜よりも甘い誘惑の言葉。思わず手を伸ばしたくなる手を押さえつけ、ミカは睨むようにアヤを見据える。
「条件は」
「3年以内に緋祭組の解散及び、貴方の持つ鬼神楽の回収です。条件さえ飲んでいただけるのなら、すぐにでも我々が本部に突入して全てを終わらせましょう。今なら貴方はただの被害者として扱います。残りの人生を一般人として過ごせるかと」
「っ……!!ふざけるな!!!!」
振り下ろされたミカの手によって机が揺れる。
アヤの出した条件は、ミカの大事な物を全て差し出せと言っていてるものだ。
「良い条件だと思われますが」
「どこがだ!!オレに、全てを売り渡せって言うのか……!!」
「どうやら、貴方はまだ状況が理解できていないようですね」
「何……?」
「良いですか、今の貴方にこの件を解決する手段はない。どれだけ頑張ろうと、貴方の望みは叶わない」
最善は緋祭組をミカの手に取り戻し、全ての件が丸く片付く事だ。
だが、緋祭組は既に結社シャドーに組している事実があり、ヒーロー側も公安もこの事実を知っている。全ての問題を片付けてもお咎めなしとはいかない。2代目を引き継いだ以上、このままではミカは全ての矢面に立って罰を受ける事になる。
シャドーと手を組み怪人ゲノムをばら撒いた組織の存続を、世間は決して許さない。組織の手綱を握れなかったリーダーに対するバッシングは想像を絶する筈だ。
「今回の件については我々公安だけでなく、ヒーロー達も既に動き出しています。彼等も最近飼い犬に手を噛まれて大きなバッシングを受けましたからね。イメージの回復の為にも全力を尽くしています。貴方がいくら拒絶しようと、我々が動き出すのにそう時間はかかりません」
最近ソラやココロがせわしなく動いているのは、この件を追っての事だったのか。
部屋を開けている隣人の謎が意外な所で解けたと同時に、アヤの言葉が嘘ではないという証明でもあった。
「条件を飲んでも飲まなくても、残念ながら緋祭組の解散は避けられない。鬼神楽は今も様々な組織に狙われている。一個人では守り切れないと判断され、国が回収するでしょう。訪れる結果はどうなっても変わらない。ならばどちらを選ぶべきかは一目瞭然だと思いますが」
片や事件の被害者として、片や事件を止められなかった責任者として。
待っているのはどちらかの結末で、よりマシな方は明らかだ。
「オレは、オレは……!!」
ミカには答えられない。
緋祭組と鬼神楽。どちらも大好きな母が残した大切なモノ。この二つを守るためにミカは今まで奮闘してきたのだ。簡単に捨てられるわけがない。
「一つ、聞きたいんだが」
何も言えず、ただ歯を食いしばるミカを見て、今度は俺がアヤに質問を投げかける。
「何でしょうか」
「なんでミカに取引を持ち掛けるんだ」
「……なんで、とは?」
「結果が変わらないのなら、ミカに取引を持ち掛けずにさっさと動けば良い」
緋祭組の解散、鬼神楽の回収。どちらの結末も変わらないというのなら、こんなところでミカに提案などせず、さっさと動き出せばいい。
「あんた等、まだ動けないんだろ」
こうしてミカに提案を持ち掛けているのは、ミカの了承が欲しいから。恐らく、今はまだ公安もヒーロー側も緋祭組本部に突入できるだけの証拠を持っていない。
だから、動き出す為にミカの了承を取る必要がある。
「……確かに、貴方の言う通り、我々はまだ決定的な証拠を掴んでいない」
公安は国の機関、法を順守する必要がある。どれだけ怪しかろうと、証拠がなければ家に押し入るなど出来るはずもない。
ヒーロー側も、ヒーローによる自作自演が発覚し世間から強くバッシングされている最中だ。今はとにかく潔白な組織であることをアピールする必要がある為、強引な調査などはできない。
今回ミカに取引を持ちかけたのは、ミカという被害者の要請があれば即座に動き出せるから。
どうやらあちらは、この件を少しでも早く片付けたいようだ。
「ですが、ヒーローも我々も本気で捜査しています。証拠を見つけるのも時間の問題ですよ」
公安は分からないが、ヒーロー側が優秀なのは知っている。ソラが動いている以上、ヒーロー側も本気で今回の件に取り組んでいる筈だ。直ぐにでも何かしらの証拠を掴むだろう。
「けれど、まだ時間はある」
だが、今すぐにではない。ミカが一度考えるだけの時間はある。
「……良いでしょう。ここは一度引きます」
アヤは置かれていた怪人ゲノムを鞄に戻すと、代わりに二枚の名刺を俺とミカも前に置く。
「いつでも連絡してください。ただし、貴方たちが思っているほど時間は残されていない。そのつもりで」
アヤは机に置かれた注文票を手に取ると、俺たちの分の会計も済ませ店を出る。
残されたのは俺と、血が出る程両手を握り俯くミカだけ。




