第18話
タクシーが向かった先は、少し古めの建物が並んだ住宅街。どこを見渡しても病院らしき建物はない。
「こっちだ」
先導するミカに連れていかれた先にあったのは、一際古い民家。
ミカはなんの躊躇いもなく、とても病院には見えない民家の中に入っていく。俺も慌てて後を追うように建物の中に入る。
玄関は普通の民家のようだが、見た目と違い古いながらにとても清潔だ。
「先生!!いますか!!」
「誰だい、こんな朝っぱらから。って、ミカちゃんじゃないか」
玄関で待っていると、奥から現れたのは50代ぐらいの女性。とてもふくよかな体に白衣を着た女性は、ミカを見ると目を丸くして驚いた。
「どうしたんだいその傷!!」
「すいません、色々あって……」
「そんなの良いから!!早く中に入って!!そこの兄ちゃんも!!」
「は、はい」
促されるままに中に入り、飛び込んできた光景に俺は目を丸くする。
外は古びた民家だったが、中身はまるで別物。完全に改造されてきっており、中は小さな病院と大差なかった。
「兄ちゃんはそこで待ってな」
「うっす」
ミカを連れて奥に入っていった女医を見送り、俺は今を改造したであろう待合室に座って待つ。
10分ほど経っただろうか?奥からミカを残して女医だけが出てきた。女医は湯気の立つ湯呑を俺の前に置く。
「あの、ミカは」
「今は点滴を打って寝かせてある。随分無茶してたみたいだね、ぐっすりだよ」
女医の言葉を聞いて、ひとまず安心する。特に問題はなかったようだ。
「ミカちゃんの手当したの、あんたかい」
「え、あ、はい。そうですが」
「ふーん」
女医がジロジロと俺の全身を値踏みするように見渡す。なんだか、少し居心地が悪い。
「えっと、何か不備がありましたか?」
「いや?素人にしては良くやってたさ」
何かまずいことをしたのかと思ったが、違ったらしい。なら、なんで女医はまだ俺の事をこんなにもジロジロと見てくるのだろう。
「お前さん、緋祭組じゃないね」
「まあ、はい。そうですね。わかるんですか?」
「あいつらの面倒を見てるのは私だからね、全員の顔ぐらい覚えているさ」
居心地の悪さを誤魔化すように、適宜返答しながら湯呑に入ったお茶を口に含む。
「お前さん、ミカのコレかい?」
女医は俺に向かって左手の小指を立てる。
何が言いたい事理解してしまったせいで、たまらず咽て咳き込んでしまった。
「ガフッ!!けほっ、違いますよ……」
「なんだ、違うのかい」
「俺とミカはそんなんじゃないです」
俺とミカは恋人ではない。なんなら、友人ですらないのかもしれない。だが、決して仲が悪いわけでもなく、腐れ縁とも少し形が違う奇妙な関係だ。
まあ、少なくとも悪い関係ではない。
「ふん、まあいいさ。少なくとも、ミカちゃんの敵じゃなさそうだしね」
「ミカとは親しいんですか?」
「そりゃあね、あの子の母親とも古い付き合いさ。ミカちゃんは親戚の子供みたいなもんさね」
ミカはこの女医と仲が良いようだ。確かに本人も母親と一緒に世話になっていたと聞いた。
「何があったか、聞かないんですか」
ミカをこれだけ大切にしているのだから、もっと踏み込んでくると思ったのだが、女医は深い事を何も聞いてこない。
「ここに来る奴は大抵訳アリの奴らばかりさ。私の仕事はそんな奴らを治す事。客も私も何も聞かない。それがここのルールさね。まあ、話したいなら勝手に話せばいい」
例え個人的な関係があろうとも、患者としてきたならルールは守るのが、ここを長年運営している女医のプライド。
「だから、あんたが守ってやんな。あの子がここに部下じゃなくてあんたを連れて来た意味、分からないわけじゃないだろうね」
「ええ、俺なりに全力は出すつもりですよ」
「なら良い、あんたになら、あの子を任せられる」
なんだか、この女医から妙に信頼が厚い。女の勘と言うやつだろうか?
「ミカ、最初は病院に行くの断ったんですよ」
「まあ、時期が時期だからね。ウチ以外には来れないだろうさ」
仮に他の病院に行けば、直ぐにヒーローや警察に連絡が行き、直ちに事情聴取が行われることになる。ミカは長い間拘束されて身動きが取れなくなるに違いない。
さらに、負った傷に事件性があるとなれば、緋祭組本部に調査が及ぶ。今は非常に繊細な時期だ。なにより、自分のせいで緋祭組に非が及ぶなんて事、ミカ自身が許せない。
「まったく、本当は下のもんが支えるべきなんだが、どいつもこいつもカグラちゃんがいなくなって腑抜けやがって。左虎の大馬鹿野郎が」
女医の溢した愚痴になんて答えようか悩んでいると、ガラガラと扉が開いた。
「せんせー、ミカさんおわりましたー」
何やらとても緩い言葉遣いのナースと共にミカが出てきた。ここに来る前よりも、顔色が随分と良くなっている。
「調子はどうだい?」
「はい、もうすっかり元気です」
女医はミカに近寄ると、ミカの顔を両手で抱え込むように掴み、ジッと観察する。
縦横斜めと一通り確認すると、手を離してはぁ、とため息を吐いた。
「まったく、誰に似たんだか」
「……すいません」
「そこの兄ちゃんと駆け落ちでもしてくれた方が、よっぽど安心できるんだけどねぇ」
「彼とはそういう関係じゃないです!!」
ただの冗談のはずなのに、声音がまったく冗談に聞こえないのは気のせいだろうか。
「まあ良いさ。私達は奥に行ってるから、ここを好きに使うと良い。どうせ客なんて滅多にかのいから、一度ゆっくり話し合いでもしときな」
女医は看護師を連れて奥の部屋に入り、この部屋には俺とミカだけが残された。
「……で、これからどうするんだ」
女医によって広げられた微妙な空気の中、俺はどうにか口を開く。
「そう、だな……」
ここまで直接行動に出たということは、向こうも状況が変わったのか。はたまた痺れを切らしたのか。
どちらにせよ、状況は変わったと見える。
「何か行動するにしても、一度組に戻らないと」
「あぁ、それもそうか」
昨日の夜から今まで、ミカは一度も組に帰っていない。着替えやら報告やらあるだろうし、帰ることに異議はないが、心配はある。
「戻らないと、だけど……」
「まあ、そうだよな……」
戻らないと、と口では言っているが、ミカの本心は違う言葉を持っている。
今の緋祭組にはミカを襲うように指示した人物がいる可能性が高い。一人で帰すにはあまりに危険だ。だが、これ以上本格的に調べるなら内部の情報は必須でもある。
二人してうんうんと頭を悩ませていると、扉が開いて女医が部屋に入ってきた。
「お前さん方。ちょっと厄介な事になったかもしれん」
「厄介な事?」
「ああ、さっきから左虎のやつに連絡を取ろうとしてたんだが、いつまで経っても繋がらん。何かが緋祭組で起こってるの可能性がある」
女医の言葉を聞いて、俺とミカは同時に顔を合わせる。
さっきまで悩んでいたミカの顔から躊躇いはなくなった。今の彼女はただの女の子でなく、組織を束ねるリーダーとしての顔つきをしている。
「先生、オワリ、オレは本部に戻る」
「ミカ、分かってるのかい。下手をすれば命に係わるんだよ。いくら私でも、死んだ人間は治せないんだからね」
「分かってます。でも、オレは緋祭組の組長だから」
ミカの決意は鉄よりも硬い。きっと、今は何を言っても折れる事は無い。
「まったく、誰に似たんだか」
さっきと同じ言葉。けれど、今のは少しだけ嬉しそうだった。
「分かったよ。でも、行くならソイツも連れてきな」
「俺?」
「オワリを、ですか?」
「あぁ、きっと役に立つはずさ。私の勘がそういっている」
なんとなくだが、この女医は俺がただの人間でないと当たりをつけている。今まで沢山の人を診てきた中に、ダークマターの関係者もいたんだろう。もしくは、怪人自体を診た事もあるのかもしれない。
あるいは、本当にただの勘なのか。
どちらにせよ、この女医はただものではない。
「先生の事は信用してますけど、オワリを連れていくのは流石に厳しいんじゃ……」
帰ってきたミカの隣に急に見知らぬ男がくっついてきたら、いらぬ警戒を抱かせてしまう。
「そこんところは大丈夫。おい、持ってきな」
「は~い、ただいま~」
部屋に入ってきたナースが俺に黒い何かを差し出す。
両手に持って広げてみると、緋祭組のメンバーが良く着ている黒いスーツだ。
「こちらもどうぞ~」
次いでサングラスも渡される。この一式を着てしまえば、俺も恰好だけは緋祭組の一員に見える。
「こいつを着てれば誤魔化せるだろうさ」
「いやいや、流石にバレるでしょ。ミカもそう思うよな?」
「……いや、多分大丈夫だ。最近右龍の影響で新人が結構増えたから、一日ぐらいならバレない筈」
「えぇ……?」
「でも、バレないとは言っても、危険は危険だ。やっぱり、連れて行くわけには」
「この兄ちゃんなら大丈夫大丈夫。きっとなんとかするさ。なあ兄ちゃん」
「……まあ、不本意ながらこの人の言う通りだ。俺なら大丈夫。」
ここまで来て、ミカを一人を危険な場所に放り投げられるわけがない。
「本当に、良いのか?」
「もちろん、約束したろ?最後まで付き合うさ」
あの夜にミカを助けると約束したんだ。自分の言葉には責任を持つ。彼女が結末を迎える最後の最後まで手伝うつもりだ。
絶対に見捨ててやるものか。
「話はまとまったかい?なら、さっさと準備しな」
「うっす」
女医に促され、奥の部屋で着替える。ネクタイなんて付ける機会がなかった為、上手く結べない。
綺麗に結ぶことを諦めて、どうにか不格好ながらに誤魔化してミカ達の部屋に戻る。
「へえ、案外似合ってるじゃないか兄ちゃん」
「なんか、あんま褒められてる気はしないです」
スーツ姿が似合っているなら嬉しいが、今回着ているのはあくまで緋祭組の服装。これが似合っていると言われても正直微妙な気持ちだ。
「おい、オワリ」
「どうした?」
「ちょっとこっち向け」
「いきなりなん……!!」
言われた通りにミカの方を向くと、いきなりネクタイを掴まれ引っ張られた。
近い。ミカの顔がとても近い。長いまつ毛や綺麗な瞳がはっきりと見える距離だ。
「たく、ヘタクソだな。ちょっと貸してみろ」
ミカは大きくため息を吐くと、ネクタイを解いて結び直し始める。
「変装でも緋祭組の恰好をするんだ。ネクタイぐらいビシっと決めろ」
「しょうがないだろ。ネクタイなんてつける機会ないんだから」
「……ねえ、やっぱり二人で駆け落ち――」
「「しません」」
途中女医の茶々が入ったが、改めてミカがネクタイを結んでくれたことで変装が完了。これで誰がどう見ても完璧な緋祭組の一員だ。
変装した俺とミカは女医と別れ、緋祭組本部を目指す。




