第13話
changeの一言で、アリスの周りに罅が入る。
鏡が砕けるような音と共に、罅は粉々に砕け散ると、アリスの姿が全く別の物に変わっていた。
「この年で名乗るのは恥ずかしんだけどね」
スーツに白衣と地味目な姿から一転。黒に彩った艶やかな衣装に白色のタイツで足を包む。頭の上にはこれでもかと目立つ機械仕掛けの兎耳。
魔法少女と呼ぶにはいささか妖艶な衣装は、燕尾服とバニーガールを融合したかのような衣装だ。
「魔法少女フェアリー、現着」
鋼に覆われた肉体で暴れまわる怪人の前に、御伽の兎が立ち塞がる。
「aaaaaaaaaaaa!!!!」
鋼の怪人はアリスを標的に選ぶと、まっすぐに突進する。
ただの体当たりだが、鋼の肉体はそれだけで人を殺すだけの脅威となる。怪人の筋力も加われば、建物すらぶち抜く威力だ。
「なるほど、鋼鉄怪人アイアーンか」
大柄な肉体を鋼が覆った怪人。過去に倒された内の一体であり、怪人の様子からして怪人ゲノムを使った何者かだろうとアリスは予測する。
「aaaaaaaaaaaa!!!!」
怪人を事細かに観察しているアリスに、アイアーンが迫る。もはや鋼の肉体は目と鼻の先。ここまでくれば回避も間に合わない。
「ワンダー」
不思議な事が起こった。
アイアーンの攻撃がする直撃する寸前、アリスが呪文を唱えると、彼女の姿が溶けるように消えた。目の錯覚などではない。アイアーンの突進はアリスがいるはずだった場所を通り抜けた。
「こっちだよ」
「aaaaaaaaaaaa!?」
アイアーンが声に反応して振り返ると、先程まで目の前にいたはずのアリスがいるではないか。
「ワンダー」
アリスが再び呪文を唱える。
さっきまで瓦礫しかなかったアイアーンの足元に、沢山のリンゴの形をした物体が現れた。
「BOM」
合図を送るようにアリスが指を鳴らすと、リンゴの形をした物が青い光を放ちながら爆発した。
「aaaaaaaaaaaa!?」
鋼鉄の体を持ってしても無効化できないダメージに、怪人が苦悶の声をあげる。
これが魔法少女フェアリー/アリスの魔法。
御伽話や童話を魔法として具現化する。いかにもメルヘンで魔法少女らしく、科学者たるアリスが持つには似合わない異能。
「ワンダー」
無数の幻想が怪人に襲いかかる。
多くのヒーローが所属するSSCにおいて、アリスはソラに次ぐ実力者。協会No.2の実力は伊達ではない。
アイアーンは子供が夢見たような無邪気で残酷な魔法の数々に翻弄される。
「こっちは大丈夫か」
流石はプロのヒーロー。突如現れた怪人にも完璧な対処をしている。何かあれば参戦するつもりだったが、これなら心配はいらない。
俺は視線をアリスとは逆サイドに立ち、怪力の怪人と戦っている緋祭ミカに移す。
「aaaaaaaaaaaa!!!!」
こちらには2メートルほどの巨体を持つ鎧武者が、手に持つ大太刀を見境なく振るって破壊を撒き散らす。
「なんつー馬鹿力だ!!」
怪人の筋力で力任せに振り回される大太刀。
一撃でも当たれば致命傷は確実。ミカはなんとか受け流しているが、攻めるだけの隙が見えない。
「チッ!!しょうがねえ……!!」
大振りの一撃を後ろに下がって避けたミカは、持っている刀をゆっくりと構えると、深く息を吸う。
「抜刀、鬼神楽」
空気が沈む。気温が急激に下がったと錯覚するほどの寒気と共に、ミカの背後からゆらりと何かが現れた。
桜を彩った着物が風に靡く。袖を通す両手はあるが、地面を歩く足はない。
右手にはミカと同じ刀を握り、宙を浮くのは鬼の面。和服姿の異形が重力に縛られる事なく、ゆらりゆらりと空を舞う。
「やれ」
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」
「aaaaaaaaaaaa!!」
鎧武者の怪人と鬼の異形が激突する。
振るわれる二つの斬撃がぶつかり、大きな火花を散らす。
「aaaaaaaaaaaa!!」
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」
一撃、また一撃と刃がぶつかり合う度に怪人が一歩後ろに下がる。力は完全に鬼の異形が怪人を上回っている。
「ぶっ飛ばせ、鬼神楽!!」
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」
鬼の異形が放つ渾身の一撃が、怪人の持つ刀を大きく弾き飛ばした。これで怪人の図体はガラ空き。
「決めろ、鬼神楽!!」
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」
武器はないといえ相手は怪人。肉体の上から鎧を纏って防御力もある。
だが、鬼の異形は全てを上回っている。怪人の刀を弾いた返しの攻撃で、鋼鉄の鎧ごと怪人を簡単に斬って見せた。
「aa、aaa」
今の一撃で怪人は完全に許容値を超えた。
怪人の肉体は萎み、元の人間の姿に戻ると意識を手放して地面に倒れる。
「なんだあれ」
空に浮き、刀を持った鬼の仮面の異形。
おそらく異能なのだろうが、初めて見るタイプだ。
「あれは鬼神楽。先代緋祭カグラの残した異能だ」
鬼の異形を見ていると、背後から声が聞こえた。振り返ると、変身した姿のアリスが後ろに立ち、俺を見て軽くため息を吐く。
どうやら、あちらの戦いは終わったようで、回りのヒーロー達の手によって機械兵達も無力化されている。
「まったく、逃げろと言っただろう」
「すいません、つい心配になってしまって」
「まあ、今日の所は無事だったから良い。だが、次からはちゃんと逃げるんだよ」
「すいません、気をつけます」
何かあったらまずいと遠くから見守っていたが、アリスにバレてしまった。
逃げていない事をアリスに叱られつつ、これ以上の追求を避ける為に話を鬼の異形に無理矢理戻す。
「それで、鬼神楽ってなんですか?先代の異能って」
「先代緋色カグラは物を媒介に傀儡を生み出す異能を持っていた。本人は付喪神と呼んでいたけどね」
先代緋色カグラの異能。物を媒介に傀儡を生み出して操る力。長い年月が過ぎていれば過ぎているほど強力な傀儡を生み出せる。
出せるのは一体だけで、カグラは普段から代々受け継がれてきた家宝である日本刀、鬼神楽を元に傀儡を生み出していた。
「あれ、でも先代はもう亡くなったって」
「そう、それが一番の問題点。カグラは亡くなってしまったけど、カグラが残した日本刀には、未だにカグラの異能が残り続けている」
更に厄介な事に、残された力は刀を握る事さえできれば誰だって扱えてしまう。
今のミカのように。
「良いかい、私が緋祭組に関わらない方が良いと言ったのは、今の緋祭組が良くない組織だからってだけじゃない」
刀の所持者であれば、例え無能力者だろうが他に異能を持ってようが誰でも使えてしまう。しかも効果は先代によって実証済みと来た。
「今、あの刀をどうにか手に入れようと色々な勢力が水面下で動いている。関係ない人間は近づくべきじゃない。下手に関わってしまうと火傷では済まされないからね」
この異能犯罪が頻発するご時世において、誰でも即戦力になれるあの刀はどの組織も手が出るほど欲しい。
同時に、あの刀は緋祭組の組長を示す物でもある。あの刀さえ手に入れられれば、ミカを蹴り落として緋祭組のトップになる事も夢じゃない。
「アリスさんの所も?」
「うちは違うよ。強いて言うなら、ミカが心配って所かな」
アリスはそう言い残すと、ミカの方に歩いて行く。
ミカの方では、周りの機械兵を掃討した黒服達が集まって何やら話していた。
「お嬢、こんな人目のつく場所でソイツを抜くべきじゃないと、何度も言ってる筈ですが」
「良いじゃないですか左虎さん。こう言う場で活躍すれば、俺たちに対するイメージも上がるって
もんです」
「右龍の言う通りだ。今は一体でも多く敵を倒して、オレ達緋祭組の活躍をアピールしねえと」
「だから、今は力を振りかざす時じゃないって言ってんです!!」
ミカの側には二人の男がいた。
ミカに意見を言う強面で年も二回りほど離れている左虎と呼ばれた男と、ミカを庇っている若くて優男のような顔をした右龍と呼ばれた男。
二人とも緋祭組の側近で、古株でミカと対立気味な左虎と、若く最近側近に上り詰めミカを擁護ふる右龍。
ここ最近において、最も組織内で対立が激しいのがこの二人だ。
「オレに怪人を放置しろってのか」
「この場にはヒーローも沢山いた。怪人はヒーローに任せれば良い!!俺達にゃあもっとやるべき事があるでしょう!!」
「お話中の所済まない。少し良いかな」
ヒートアップする話し合いの中、アリスは躊躇なく話に割って入る。
「あっ?ヒーローが何のようだ」
「そこの怪人の身柄を渡してくれたまえ」
アリスが指したのは、先程まで暴れ回っていた元怪人。
だが、アリスの要求に対して右龍が噛み付く。
「断る。こいつには色々と情報を吐いてもらわにゃならんからな」
「黙ってろ右龍!!良いぜヒーロー。こいつの身柄はあんた達に引き渡す」
「はぁ!?何勝手に決めてるんすか左虎さん!!」
「だから黙ってろ!!良いですねお嬢」
「…………好きにしろ」
グダグダと二転三転する意見。組織内で力のある派閥が互いに攻撃し合い、まるで統制が取れていない。
纏まらない軍団を抱えて帰ろうとするミカを、アリスが呼び止める。
「緋祭ミカ」
「……なんだ」
「何度も言ったが、やはり君はそこにいるべきじゃない」
「何度も言ったが、ここがオレのいるべき場所だ」
「君では緋祭組を纏められない。現に今も—」
「うるせえ!!!!あんたには関係ないだろ!!行くぞお前ら!!!!」
アリスの言葉を無理矢理遮って、ミカはこの場から去っていった。
取り残されたアリスの元に一人のヒーローが近寄り何かを話すと、アリスが俺がいる場所まで戻ってきた。
「オワリ君、今日の作業は中止だそうだ」
「もしかして、さっきの襲撃が原因ですか?」
「うん。何か狙いがあるかもしれないから、ここら一帯を調査する必要があってね。他にもヒーローを呼んでパトロールを強化してるから大丈夫たと思うけど、一応気をつけて帰るように」
何かあったら連絡してと、連絡先を交換した俺は予定よりも早く帰路に着く事になった。
帰り道でチラチラとヒーローや黒スーツの男達がパトロールするように街を練り歩いていたのを横目にしながら、俺は何事もなく家にたどり着いたのだった。
俺が家に帰った頃、襲撃現場で報告を聞いたアリスは、眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
「襲撃犯は二人とも後遺症で意識が回復しないほどに適性のない人物。だが、周りにいた機械兵から結社が絡んでいるのは確実。何が狙いだったんだ」
狙われたのはこの場所か、人か、ヒーローか、それとも……。




